マチガイ
その小さな女の子は花澤に向かって笑顔を見せた。花澤はそれに反応するように引き吊った笑顔で返す。
「つくし、お前は新人にどんな教育してる?」
女の子は笑ったまま悪魔のような声色を発した。花澤は冷や汗をかき始める。
「教育ゆうても…。まださっき教育係になったばっかりやし…。」
花澤は目を反らす。この子どもの何がそんなに怖いのか、俺には理解できない。どこからどう見ても普通の子どもだ。先程は中学生に見えたが、近くで良く見れば小学生にも見えなくない。
「良く聞こえないわね。一回痛い目に合わせないとわからないのかな?」
女の子がパキパキと拳を鳴らすと、その背後から40代ぐらいの筋肉質な男が近づいてくる。鍛え上げられた肉体は服の上からでも見てとれる。俺はようやく理解した。
「すみませんでした!お父さんの付き添いでここに来ているんですよね?遊びたい年頃でしょうに、お察しします。」
超反応。俺は二人に頭を下げる。これが最善策だ。花澤の焦り具合からして、あの筋肉質な男はかなりの実力者なのだろう。つまりあの子どもを怒らせることそれ即ち、あの男を怒らせることになるという訳だ。
「ふーん。姉弟揃って私を侮辱するのが好きみたいね。……余程死にたいらしいな!!」
女の子は俺に飛びかかるが、直前で後ろに居たあの男によって抱き抱えられる。花澤はすでに半泣き状態だ。
「里穂、いい加減にしろ。新人が来る度毎回これをやる俺の身にもなってくれ。」
男は暴れる女の子を脇に抱える。
「離せ!はーなーせー!!あいつ絶対殺す!」
女の子は手足をいっぱいに動かしながらジタバタと抵抗するが、地面に足が届かない。
「すまないな。俺は朝霧玄太郎という。第三小隊の隊長をやっているものだ。俺の妻が迷惑をかけた。あまり気にしないでくれ。」
そう言って玄太郎は里穂を肩に抱えると、部屋から出ていった。廊下に響き渡る里穂の怒号はしばらくの間聞こえた。
「…へ?」
俺はさっきの玄太郎の言葉を思い返す。そしてハッとして花澤を見た。花澤は半泣き状態のままこちらを見る。
「もう、ばかっ。あれはタブーやから。」
この反応から察するに、さっきの言葉は嘘偽りではないのか?本当だとしたら犯罪の域に達している。確かにそれはタブーだ。
俺の神妙な面持ちに、花澤は呆れて言葉を付け足す。
「言っておくけど、里穂さんはナツキよりもうちよりも全然歳上や。あれは若く見えてるだけなの。……ちょっとだけね。」
今再びの驚愕。そして後悔、懺悔。俺の顔が真っ青になる。花澤も顔が青い。
「ああなると一週間は口聞いてくれないぞ?」
未熟な果実のような俺たちに追い討ちをかけるように、風間が後ろから声をかける。
「まあ、新人が来れば毎度のことだ。通過儀礼の様なものだからあまり気にするな。」
風間はそう言って俺の肩に手を置いた。
「今日はこんなもんで解散だ。明日の起床は6時。先に言っておくが、つくしは朝が弱いから起こしてもらう期待はするな。皆で揃って朝のトレーニングの後に朝食、それからは午後1時まではフリーの予定だ。」
「わかりました。じゃあこの後もフリーでいいんですか?」
時刻は既に夕方の6時を回っていた。俺の沈んだ気持ちはそう簡単には浮いてこそうにないが、聞くことは聞いておかなければ。
「ああ、フリーだ。もし調べものをするなら、つくしに資料室の場所を聞くといい。」
どうやら風間は全てお見通しのようだ。この人は思った通り勘が鋭い。人の思考の裏や隙間を良く見ている。それを理解した上で核心には触れず、一番欲しいアドバイスをくれる。
「花澤先輩、お願いしてもいいですか?」
未だ里穂の件を引きずっている花澤の袖を引っ張る。すると花澤は項垂れながらフラフラと歩き出した。
「案内する言うたやろ…。約束は守るわ。」
俺は同じくフラフラと花澤に付いて部屋を後にした。




