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物語は甘くない  作者: 空一
1/5

日常から、白銀の世界へ

初めまして、空一と申します。

主人公を虐めたくて書き始めたお話です(笑)

主人公がとにかく酷い目にあう物語ですので、主人公には幸せになって欲しいと思っている方には受け入れられないかもしれません。ちくしょうなんでこうなるんだよ、と思って読んでいただけるようにのんびり頑張りたいと思いますので宜しくお願い致します。

 高里(タカサト) 黒羽(クロウ)は悩んでいた。

 ――果たしてこれはどうしたものか。

 十五歳、学生。

 黒目黒髪、中肉中背。

 やや吊り目の二重の目、薄くて高すぎず、低過ぎない鼻、あまり骨ばっていない輪郭は少しばかり女の子の様な顔立ちで、本人には不満だった。

 髪は一ヶ月前に切ったきりで少し伸びてきているが、友達の哲哉に今度良い美容室を紹介するから髪型変えてみようぜ、と言われているからまだ切るつもりは無い。と、また他の友達に話していた。

 問題は今日の放課後、……つまり今。

 黒羽は自分の靴箱の前で固まっていた。

「お、クロじゃん。何やってんの? まだ帰ってなかったんだ。何々? 俺の事待っててくれたりしちゃったりして?」

 突然後ろから声が掛かる。

 黒羽は軽く驚いて振り返った。

「テツ」

 そこには栗色の長い髪を後ろで適当に括っている少年が居た。

 中肉中背な黒羽と違い背も高く、同い年でありながらも妙に『男』っぽい。

 と言ってもがっしりとした体型と言う訳ではなく、スラッとした、モデル体型と言えるだろう。

 彼――テツ――哲哉は、ニヤニヤと笑いながら黒羽の肩に腕を乗せた。

「いやあ嬉しいねえ。友達の修羅場に呆れて先に帰ったんだと思ったぜ」

 修羅場。

 確かに少し前まであの教室内は修羅場だったろう。

 何故なら哲哉の彼女“達”がビンタ合戦を繰り広げていたのだから。

 はっきり言ってクラスメイトは引いていた。放課後で、殆どのクラスメイトは帰っていたが、何人かはまだ残っていた。

 哲哉はとてもモテる。

 今まで何人と付き合ったのか黒羽は知らない。

 本人も覚えてないなどと言っている。

 黒羽からして見ればなんともうらやま……いやいや、けしからん事だった。

 まあ、そんな哲哉だから二股なども日常茶飯事。

 放課後になりいきなり始まった彼女達の言い争い。徐々にヒートアップしてきたのか段々と高くなる声。

 あ、と思った時にはもう二人は手が出ていた。

 そこから先は目も当てられぬビンタ合戦。

 今回哲哉が二股していたのはクラスでも大人しくて可愛いと人気の二人だった。

 片方の子は黒羽も少しばかり気になっていた子で、哲哉と付き合っていた事に軽く衝撃を受けた。

 しかし、それより何より、大人しくていつもふわふわと笑っていた彼女が鬼の様な形相で相手をひっぱたいていた事に相当な衝撃を受けていた。

 ちょっとしたトラウマだ。

 気が滅入り、さっさと帰ろうと靴箱まで来たは良いが……。

「あれ? 何それ。手紙? …………手紙っ?! お前それ、ラブレターじゃん!」

 そう。靴箱に入っていたのは一通のラブレター。

 何時もは貰う哲哉の様子を羨ましそうに眺めているだけだった黒羽にとって、それは開けるのに苦労するものだった。

「…………開けねえの?」

 全く開ける様子の無い黒羽に哲哉はきょとんとして顔を覗いてくる。

「う……いや、今までこんなの貰ったことないし……その、心構えってもんが…………」

 顔を真っ赤にさせそんな事を言う黒羽に、哲哉はニヤリと口元を歪めた。

 黒羽の手元からぱっと手紙を奪い取る。

「じゃあ俺が読んでやるよっ」

「あっ?!」

 いきなり奪い取った手紙を開け、キチンと折り畳んである中身を開いた哲哉。

「こっ、こらっ、返せ! 止めろって!!」

「えーと、何々……」

 取り返そうと手を伸ばすが背の高い哲哉に上まで持ち上げられたら黒羽ではどんなに手を伸ばしても届かない。

 気恥ずかしさと、多少の苛立ちで顔を赤くさせ怒鳴る。

「哲哉!!」

「…………………………」

 其処で黒羽は哲哉の様子がおかしい事に気が付いた。口元に手を当て、眉を寄せながら手紙を見ている。

「えと…………テツ?」

 呼ぶと哲哉は苦笑いを浮かべながら手紙をあっさりと返した。

「あー……何か……その、な? …………頑張れよ?」

「は?」

 渡された手紙に恐る恐る目を通す黒羽。

 そして見た瞬間、固まった。

 確かに、確かにこの手紙はラブレターではある。

ではあるのだが。

「…………………………」

 黒羽の手から手紙が滑り落ちた。

「その、な? あー……落ち込むなよ、好かれるだけ良いじゃん? だから……」

 必死に励まそうとする哲哉。しかし黒羽は肩を震わせ彼を睨む。

「…………それ、本気で言ってる?」

「あー…………あはは。俺は無理だわ……いくら好かれるったって此処までくるとなあ……」

 苦笑いと共に黒羽の肩を叩く哲哉。


 黒羽が貰ったのは確かにラブレター。

しかしその中身は。


“大好きです大好きです大好きです大好きです大好きです大好きです大好きです大好きです大好きです大好きです大好きです大好きです大好きです大好きです大好きです大好きです大好きです”


 はっきり言って、やばい。

「どうすんの?」

「まあ断るけど」

「そりゃそだな」

 そう言いつつも手紙を鞄に入れる黒羽。

「あれ、捨てないんだ」

「……一応、好意のものだから」

「お優しいこって」

 結局の所黒羽は度胸が無いだけなのだ。

 自分に言い訳して嫌われる様な行動を取りたくないだけ。

 一番の親友である筈の哲哉も知らない黒羽の内面。

 知らなくて良い。

 知らないから軽口を叩いて笑いあえる。

 普通だろ?

 黒羽は軽く自嘲した。



 なかなかにのんびり出来る八畳の自室。

 机には自分専用のパーソナルコンピューター、所謂パソコン。

 最新型のゲーム機が乱雑に床に置かれ、コントローラーのコードが絡まっている。

 昔からベッドは体に合わず、部屋にあるのは薄っぺらな布団だ。今朝はしまい忘れ、床にぐしゃぐしゃになっていた筈だが、そんな様子はない。どうやら母親が部屋に入り、片付けていったらしい。

 ゲーム機がそのままなのは黒羽が普段から“触んな”と言っていたからだろう。

「あー………………つまんね……」

 机に座り、携帯電話をぱかりぱかりと開いたり閉じたりしながら見てもいない画面を見つめ続ける。

 ――退屈、だ。

 画面に焦点を合わせれば、黒羽の好きなゲームの待ち受けと、右上に申し訳程度に表示されている数字。

「まだ六時半か……」

 まだクリアしていないハンターゲームのモンスターでも狩るか。宿題は無かった筈だし時間にも余裕がある。素材を集めて新しい武器も作りたい。

「よし、――っ」

 途端、手に持っていた青緑色の物体から黒羽の好きな女性シンガーの曲が流れてきた。

 タイミングが悪いな、とじとりと目を細めて青緑色の物体を睨むと、開きっぱなしにしていた携帯電話の画面には“メール一件”との表示。

 誰だよ迷惑な……と理不尽なぼやきを口にしながら黒羽はメールを開いた。

「…………は?」

 見ればそれは哲哉からのもので、内容は“今からちょっと出てこい”という命令文。まるでこれから決闘でもするかの様に見えるこの文は哲哉にとってはただのお誘い。

 絵文字もなく、シンプルなのが“らしい”と言える。

 まあ、だからこそ喧嘩腰に見える訳だが。

 立ち上がり、窓に近付き開ける。すると黒羽の部屋の窓から見て右斜め下にある家の門の前に長身が見えた。

 ジーンズの右ポケットから黒い塊を取り出し、かぱりと開くのが確認出来る。

 黒羽の電話番号を発信しようとしてるのを見て黒羽はそれを止めた。

「テツ!」

 呼び声に気付いた哲哉はふっと顔を上げると黒羽の方を見上げた。

「今行く」

 そう言って窓を離れた。

 まだ学生服だった黒羽は手早く外行きの服に着替え、部屋を出る。もう直ぐ衣替えの時期だというのにまだまだ暑い。なので必然的に薄着になった。

 結構な角度の階段を駆け下りながら、何でこんなに高い角度で作ったのかなどと余計な事を考えつつ玄関に辿り着いた。

 扉を開けるとにやけた面をした親友。よくこんなんで女の子にモテるな、と考えたのは秘密。

「よ、行こうぜ?」

 そして何故こいつは何故当たり前の様に黒羽も同行するような口振りなのか。

 黒羽は考えても仕方ない、いつもの事だと軽く溜め息を吐き、はいはいと返した。

 哲哉に連れられ行くのはいつものゲームセンター。最近ハマった合成音声ソフトのキャラクターのアーケードゲームでもやろうか。

 ふと見上げると、もう空は暗くなっていた。まだまだ暑い癖に太陽が隠れるのは早いなと思って歩いていたら、徐々に気温が下がってきたのか肌寒くなってきた。

「っくし」

 思わずくしゃみが出た黒羽に哲哉は振り向くと笑った。

「そんな薄着してくるからだろ」

 そう言う哲哉はちゃっかり長袖の上着を着ていた。

「うるせー、だってさっきまで暑かったじゃん。分かんないって」

 天気予報でやってたろ、と言う哲哉に眉を寄せる。

 確かに見ていなかった黒羽が悪い、しかし家を出る前に言ってくれれば良かったのに。

 ふと、音が途切れた。

 此処は車通りも激しいし、人も多い。話し声だってそこら中から聞こえる……筈だ。それに周りにあるのは様々な店。中からは最新のアイドルの曲などが流れていてもおかしくない――いや、流れていたのだ。さっきまでは。

 急激な無音状態に、騒音に馴れた現代人である黒羽は酷い耳鳴りに襲われた。

「――っ……?」

 哲哉を見るとどうやら同じ状態らしく、耳を押さえ、顔を歪めていた。

 《何だこれ》

「?!」

 声も聞こえない。

 喋っている筈なのに、正しく発音出来ているかも分からない。いや、そもそも声が出ているのか。

“音が聞こえない”のか、“周りから音が消えた”のか。

 一人ならば自分の耳がイカレたのだと分かるのに。それが哲哉も、となると“周りから音が消えた”のが正解なのかとも思ったが、それならば周りにいる人間達が普通にしているのはおかしい。

 つまり“この現象”は黒羽と哲哉、二人だけに起きている事だと理解出来た。

 無駄だと知りつつ、もう一度哲哉に呼び掛けようとしたその時、更に非現実的な事が起こった。

「―――――――――――――っ!」

 今までの無音が嘘のように耳に、頭に、体に音が流れ込んで来た。

 それはいっそ犯されているような。

 無理矢理細胞と言う細胞に直接浸食され、染められる。

 もう既にそれは音と言う認識を外れ、振動と言っても良いだろう。いや、音は元々振動であるのだからこの表現は音の本質を現しているのだろうか。

 回らない頭で普段考えもしないような事を考え、あれ、考えていると言う事は頭は回っているのかと混乱する。

 気付くと周りは真っ暗な闇だった。

 街の明かりが消えた訳じゃない。さっきまで居た場所とは違う。何故だか黒羽はそう感じた。

 真の闇。

 何も無い。

 いや、居た。哲哉だ。

 真っ暗な空間の中、不思議と二人の姿だけは浮き上がっている。

 闇なのに、はっきりとお互いの姿は確認出来た。

 今度は哲哉から黒羽に声を掛けようとしたようだ。

 哲哉が一歩を踏み出し、黒羽に近付こうとしたその時、またしても異変が起きた。

「っ!?」

 落下。


 ――――――――――落ちる。


 ――――――――――落ちる。


 ――――――――――落ちる。


 そうして辿り着いたのは真っ白な床。

 周りが闇であるのにその床は自分と同じようにはっきりと視覚出来る。

 黒羽は周りの闇に自分がどの位の速度で落ちていたのか分からなかった。

 しかし遙か下に見えたその真っ白な塊を見つけ、それがぐんぐんと近づいて来ているのを理解すると結構な速度で落ちていることが分かった。

 こんなスピードであそこに激突でもしたら、死ぬだろうな。黒羽はまるで他人事のごとく考える。

 何故こんなにも落ち着いていられるのか。

 それは分からないが、“死ぬだろうな”と考えてはいても、黒羽は“死ぬことは無い”と感じていた。

 それが無意識に思考に影響を与えている、とまでは気付かない黒羽は不自然に余裕のある思考回路で考える。

 ――一体全体何が起こっている?

 いつの間にか、落ちている間にか、哲哉とははぐれてしまった。

 周りを見渡しても人の姿を確認出来ない。

 その合間に真っ白な床はもう目前に迫っており、視線を下に向ける。

 まるで夢の中に居る様な感覚でふわりと着地するとしゃがみ込んだまま辺りを見渡す。

 その床は円を描き闇の中に存在を浮かび上がらせ、黒羽はその丁度真ん中に居るのだと分かる。

 痛い程の無音は続く。がしかし自分の息づかいは聞こえた。

 普段より少し速い鼓動に浅い息づかいは、自分が緊張している事を伝えてくる。

 ごくり、と唾を飲み込むと立ち上がった。

 足元をよく見ればその白い床は大きな扉が描かれており、黒羽は丁度開く隙間に立っている。

 何となく、何となくその絵の上から退こうと足を踏み出した黒羽は思わず目を見開いた。

 絵が、開く。

 その表現はどうかともおもうが、他にどう表現しろと言うのか。

 現に開いているのだ、絵であった筈の扉が。

 ゆっくりではあるが確実に開いている。しかし少しずつ見えて来る向こう側からは光が溢れ、先が全く見えない。

 光が強くなり、空間を飲み込んでいく。

 そうして同じ様に飲み込まれた黒羽は意識を薄れさせていった。







 びくりと体が跳ね、意識が浮上した。

 その際、足が机に当たってしまったらしく大きな音が教室に響いた。

「おーい、高里……寝るなら寝るで静かに寝てろなー」

 担任の先生が黄色いチョークを片手に呆れた様に注意と言えるか分からない注意する。

 クラスメイト達はクスクスと笑い声を漏らし黒羽を横目に口元を押さえていたり、指を差したりしていた。

 恥ずかしくなり縮こまっていると担任の先生は授業を再開。先程までの緩んだ空気は消え、皆黒板に注視している。

 ――あれ、授業中?

 それにしてもいつも授業中でもうるさいクラスが何故こんなにも集中して授業を受けているのか。

 いや、違う。授業中というのがおかしいのだ。

 先程まで自分は何をしていた?

 黒羽はもう一度、周りを見ようと顔を上げた。

「――――――っ」

 目に映ったのはクラス全員の目、目、目。

 全員黒羽を見詰めていた。じっとりと、頭の先から足の先まで観察する様に。

 黒羽は視線で息が詰まる、と言う現象を始めて体感した。

「な……なん、だよ…………?」

 そうだ、哲哉は。

 いつもなら授業中は寝ている哲哉。黒羽の左後ろの席に居る筈と思い、振り返ろうとした。その刹那。

「っう、あ……あ…………」

 何かに絡み付かれたかの様に体が動かない。声も出せない。あとほんの数ミリ角度が変われば哲哉の姿が見える筈なのに。

 ふと目線を下げると、体中に纏わりつく…………………………………………………………………蟲。

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」






「――――――っあ…………」

 黒羽は目を開いた。

 心臓がばくばくと早鐘を打つ。まるで耳を直接叩かれているかの様に鼓動の音しか聞こえない。

 体は嫌な汗でびっしょりと濡れていて気持ちが悪い。

 ――夢、か。

 はああ、と深く息を吐き目を瞑ると先程まで見ていたらしいおぞましい夢の断片が閉じた瞼の裏にちらついた。

 すぐさま目を見開き、腕に這い回る蟲の錯覚を消す為に掻きむしった。

 ミミズ張れになった腕を抱き締めて体育座りで暫く荒れた息を整える。

 ひゅう、と冷たい風が体を掠め、疑問に思う。秋にしては風が冷た過ぎはしないかと。

 なんとか落ち着いた黒羽はまともな思考力が戻ってきたのかそんな事を考えた。

 ゆっくりと顔を上げると一面の、白銀。

 地面に付いている尻はあまりの冷たさに感覚が無い。吐く息は白く、身を切るような冷たい空気が自分を包んでいる事に漸く気付いた。

「雪……? 何で…………」

 空は厚い雪雲に覆われ、ちらりほらりと降り続く雪のせいで太陽が見えなく、時間が分からない。

 寒さに凍えながら立ち上がると、辺りを見回した。記憶では街中に居たと思ったのだが、此処はどう見ても街ではない。

 雪、雪、雪――どこを見ても雪ばかり。

 夏向けの薄着しか着ていなかった黒羽にはこの寒さはきつい。先程までと違う自身への抱擁。更に身体は、少しでも体温を上げようと小刻みに震えだした。

 これは、まずくはないか。体温は凄い勢いで奪われていく。周りには建物は見えない。

 近くに街でも無いのかと黒羽はゆっくりと歩き出した。

 まだ新しい雪を踏みしめるとギュ、ギュ、と片栗粉を踏んだかのような音が鳴る。いつの間に冬になったんだと不思議に思いながらも足を進めると前方から煙が上がっているのが見えた。

 近くに人気があるらしい。黒羽は感覚の無い足を無理矢理動かした。

 曇天の中、上がる煙に向かい進み続けていると、遠くに建物の影が見えてきた。

 あと少し、と震える体に鞭打って足を動かす黒羽。あと数百メートルで辿り着くという段階になって気が抜けたのか、体から力が抜けた。

 ああやばい、と思った時には既に遅く、ふわふわとした雪に膝を着き、そのまま倒れ込んだ。

 視界の端に人影が見えたのは気のせいか。声が聞こえた気がするが、意味が理解出来無い。

 揺さぶられたのを微かに感じながら、黒羽は意識を飛ばした。







 その日は朝から吹雪いていた。

あまりの雪に学校は休み。雪が家に叩き付けられる音を聞きながら、ナミナは家でのんびりと過ごしていた。

 昼頃になると吹雪も落ち着いてきて、外の様子が分かるようになった。

 かなり積もった様子に、後で待つ雪かきを思い少しうんざりするも、その後弟と雪合戦でもして遊ぼうと気を取り直す。

「よしっ」

 そうと決まれば早速行動に移るかと勢い良く立ち上がった。

 母に言われる前にやれば誉められる。もしかするとお駄賃なんかも貰えるかもしれない、という打算もあった。

 防寒具を身に着け外に出ると、雪はちらついているだけで、雪かきには丁度良い。

 自分の背丈より少しだけ小さいスコップをえいやと持ち上げ、肩に担いだ。

 街から少し外れた所にあるナミナの家は、父親が外の魔物の生態調査を趣味としている事から建てられた。勿論、魔物と言っても数十センチ程の小型ばかりだが。

 それでも魔物は魔物。研究する部屋は頑丈に出来ており、鍵も厳重に掛けている。

 そして妻も子供達も理解があった。

 人懐っこい魔物も居るには居る。可愛げのある魔物などは子供達の良い遊び相手。

 つまりは家族揃っての変人一家。それが彼等を知る人達の認識だった。

 そんな訳で街から少し外れた場所にあるナミナの家からは街の外の様子が良く分かる。

 そして雪かきの為、外に出たナミナは、ふらつきながらこちらに向かってくる人影にすぐに気が付けたのだ。

 人影はふらりふらりとよろめきながら向かってきていた。遠目から見てもその人影は細身だ。

 つまり、着膨れていない。

「え……こんな寒い日にあの格好? ちょっと…………大丈夫ですかーー!?」

 ナミナが大声で呼び掛けると、その人物はふらりと倒れた。

 積もったばかりの雪の中へ沈み込む体。慌てたナミナは持っていたスコップを放り出し、走りだした。

 足を取られながら倒れた人に駆け寄ると、その人物は少年と分かる。それもナミナと歳もそう離れていない様に見えた。

 一見普通の少年に見えるが、積もり積もった雪の中、外に出る姿では無い。

 何の生地かは分からないが、全体的にとても薄い。ズボンなどは、青い色の細い糸が複雑に絡み合っている見た事も無い様な物だった。

 もしや身ぐるみでも剥がされたのかと周りを警戒する。

 しかし盗賊などが現れる気配が無いので気を緩め、少年を肩に担ぐと足に力を入れた。

「ぅい、しょぉおおお!」

 果たして女の子としてどうかと考えざるを得ない雄叫びをあげ、少年の足を引きずりながら歩き出す。

 深い雪は只でさえ歩きにくく、ナミナは何度も転びながらも家まで辿り着いた。

 どさりと言う大きな音を立て、玄関先に倒れ込んで入ってきたナミナに、両親は驚いた。

 説明するまでもなく少年の様子を見た両親は、手早く行動に移った。

 雪が溶けて濡れきった衣服を脱がせ、父親の服を着せ、寝台に寝かせて暖を取らせる。すっかり冷え切った体は小刻みに震えていた。

 寝室に少年を一人置き、ナミナ達は部屋を後にする。両親に先程の状況を説明した。

 二人共不思議そうに首を傾げていたが、詳しい話は少年が目を覚ましたら聞く事にした。







 ――暖かい。

 薄ぼんやりとそんな事を考えながら、ゆっくりと覚醒していく。

 パチリと瞼を開くと、見覚えの無い天井。そして少し右を向けば中学生程の少女が覗き込んでいた。

「……誰? 此処は……?」

 しっかりと考えて出た言葉では無い。思わず、反射的にポロリと洩れた言葉。先程までの自分の状況を忘れ、ただ今の疑問に素直に出た言葉だったのだ。

 きっとその答えが返ってくるだろうとぼんやりとした頭で少女を眺めていたが、何故か少女は眉を寄せ、どこか困惑した様に黒羽を見ているだけ。

 そんな様子に、徐々に寝ぼけていた頭が冴えていった。

 街中でいきなり起こった異変。

 真っ暗な空間に絵の扉。

 そして、白銀の世界。

 何とも言えない嫌な予感がした。果たして此処の場所を聞いて黒羽が知っている地名が出るのだろうか。

 困惑の表情を浮かべたまま視線をさ迷わす少女にも不安を覚えた。よく見れば髪色は薄い茶色で、瞳は灰色。はっきりとした顔立ちの少女はどう見ても日本人では無い。そうなると……

 恐る恐る、と言ったように少女は口を開いた。

「――――――」

「……え?」

 聞いた事の無い、言葉。

 何となく予想はしていた。が、聞いた限りでは英語には聞こえない。

 無駄だとは悟りつつ、もう一度話し掛けて見るも首を傾げられるだけ。

 一体此処は何処なのだろうか。

 ――答えは直ぐ分かった。

 近くにあった棚の上に置いてある電気スタンド。

 薄暗かった部屋を明るくするために、彼女はそれに手を添えたかと思うと、ふわりと柔らかな明かりが灯された。

「え?」

 目を丸くしてその様子を見ていた黒羽に気付き、少女はまた首を傾げた。

 電気スタンドには確かにスイッチに手を触れれば明かりが灯るタイプの物がある。しかし今少女が触れた部分は“笠”の部分。本体には触れていない。

 更に驚くことに、電気スタンドにはコードが付いていなかった。

 これは本当に電気スタンドなのだろうか。

 まるで“魔法”の様な現象に、嫌な汗が背中を伝った。

「なあ、此処は……地球………アース?」

 話している言葉は英語ではないが、この部屋の文明レベルを見て、単語くらいは知っているだろうと聞いてみた。

 学校に通えるくらいには発展している国の筈。いや、そうでなくともこの少女は通える環境にある筈。

 きっと“何馬鹿な事を確認してるの”なんて思っている筈だ。

 嫌な予感を振り払い、希望を込めて少女の反応を待つ。

 きょとんとした顔で黒羽を見つめ、少女は口を開いた。

「……なーここ? ……ちきゅ? …………あーす?」

 希望は無惨にも打ち砕かれた。

 首を傾げたまま暫く不思議そうにしていた少女は不意に立ち上がると、手のひらを黒羽に見せ付ける様に両手を突き出してきた。

 何回か同じ様な動作をすると、軽く小走りで部屋から出て行った。

「…………ああ、“ちょっと待ってて”か」

 言葉が違っても身振り手振りで意志を伝えようとすれば、皆似た様な動作をするんだなと妙に感心した。

 因みに突っ込みの“何でやねん”の動作は此処では通じないだろうな、等と余計な事まで考えた自分に、少し呆れた黒羽であった。

 待っている間、手持ち無沙汰で先程のスタンドを手に取り、上から下から観察している所で扉が開いた。

 入って来たのは少女と初めてみる中年の男女、そして少女より幼い顔つきの少年。

 いきなりの大人数に驚き、狼狽えていると、少女がにこりと笑った。

「なみな」

 自分の胸に手を当て、微笑んでいる。

「なみな?」

 思わず言葉を反復する黒羽。

 それに頷き、もう一度言葉を紡ぐ。

「なみな!」

 あ、と気が付く。失礼とは思いながらも少女を指差し、「なみな?」と聞いた。

 少女は嬉しそうに大きく頷く。

 何だか黒羽も嬉しくなり、自分も胸に手を当て自己紹介する。

「黒羽」

「くろー?」

「ううん、く・ろ・う」

「くろう?」

「うん、黒羽!」

「クロウ!」

 話は通じないが、意志は何とか伝わる。それが嬉しくて、黒羽の“う”の方のアクセントが強いという細かい事は見逃した。

 お陰で、響きからはまるでカラスのような名前になってしまったが。

 昔から漢字からも“カラス、カラス”とからかわれていた事があったのを思い出し少々落ち込んだが、“う”の方よりも“く”や、“ろ”のアクセントを強く発音した方が呼びやすいのは確かではある。

 取り敢えず名前が分かった事で、多少の不安から解放される。

 今の状況を見る限り、どうやらこの人達は雪の中倒れていた自分を助けてくれたと見て間違い無いだろう。

「ありがとうございました」

 言葉が通じなくとも、お礼位なら行動で伝わる。

 黒羽は寝台の上で頭を下げた。

 やはり言葉は通じないが、雰囲気で何を言いたいのか分かったのだろう。ナミナの父親だと思われる男性が頷いた。

 恐らくは“気にするな”と言っているのだろう、彼の手は黒羽の頭を強く撫でた。

「クロウ!」

「ぐふあっ?!」

 何だか子供扱いされているとくすぐったい様な気持ちで戸惑っていると、突然黒羽の腹に衝撃が走った。

 子供らしい元気な声で突撃してきたのは、ナミナの弟だと思われる少年。

 彼はにこにこと楽しそうに笑いながら、黒羽の懐から見上げて来た。

「とと!」

「え?」

 いきなりの台詞に軽く目を見開く。

 少年は自分を指差し、もう一度言った。

「ああ……トト、宜しく」

 遅れながらも理解した黒羽は微笑みながら呼んでやった。

まだ主人公は無事です(笑)

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