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タイムカードは異世界で  作者: サバトラ
1/1

【01】

中途半端。

こんな感じの話を書きたかったなというだけのこと。

「ぶほっ」

 俺はそれを見て危うく飲んでいたお茶を噴き出すところだった。いや、正直に言おう、噴き出すところではなく噴き出してしまった。それも鼻からとか痛すぎる。

 あぁ、マジ痛ぇ、つんとする。

 周囲にちらほらいる俺と同じ学生から迷惑そうな視線を貰い、俺は恥ずかしい思いをしながら口を拭う振りをして鼻を拭った。きちんと誤魔化せただろうか? 牛乳じゃなくて良かったと心底思う。顔が熱いので、きっと赤くなっているに違いない。

 まったくタイミングが悪いと、俺は噴き出す原因となったそれを八つ当たり気味に見た。それもあらゆる角度から。

「うーん、見間違いじゃないな……」

 どこからどう見ても「魔法使い募集」としか読めない。誤字・脱字でこうなったんじゃないよな? いくらなんでも。

 俺は次の講義まで時間があったので、何とはなしに大学の掲示板、それもアルバイト関連の広告が張り出されているそこで時間を潰していたのだが、まさか「魔法使い募集」などという求人を見る羽目になるとは思わなかった。何処かの馬鹿がウケ狙いか何かのネタで張り出したのかとも思ったが、きちんと学生課の承認印が押されているのでそれはないだろう。

 それにしても、何だよこの求人は。

「魔法使いって……、遠回しに三十歳以上の童貞でも募ってるのかよ」

 一部の人間が暴動でも起こしそうだな。

 しかし、大学構内でその偉大な方達は集め難いんじゃなかろうか。学ぶのに年齢制限はないとはいえ、それでもそう多くはないはずだ。自分が受講している講義を思い返してみても、三十歳以上と思しき人はいない。

 まぁ、わざわざ三十歳以上の童貞を集める意味が分からないので、それはないだろうが……。

「えーっと? 時給が八百円で、レベルや活躍による昇給制度あり。経験により賢者や勇者へのクラスチェンジも可。楽しく明るい、生と死が隣り合ったハラハラドキドキの職場です? おいおい、生と死が隣り合っていて時給が八百円とか安くね?」

 ハラハラドキドキはいいから、命の保障をしてくれ。

 未経験でも大丈夫、研修期間有りとなっているが、寧ろこんなもの未経験者しかいないだろう。「俺は経験者だ!」何て奴が現れたら、生温かい眼差しと共にそっと病院をお勧めしたい。

 それにしても、いまいち仕事内容が分からないな。

「何かのイベントにでも借り出されるのか?」

 ヒーローショーの類だろうか。

 俺の脳裏では、五色のヒーローが必殺技を叫んで百貨店でポーズをとっていた。

「まぁ、忍者の講師をパートで募集する世の中だしな。こんなのがあっても不思議はないか」

 何処の県だったか。ネットでそんなニュースがあったよな、確か。

 一人暮らしと大学生活にも慣れ、そろそろバイトでもするかなぁと思っていたのだが、さすがにこれはない。役者志望ならともかく俺にはハードルが高すぎる。子供達とにこやかに握手も出来そうにない。

 面接に行くだけで話のネタになりそうだが、そんな面倒なことを当然実行に移す訳もなく、やるとしても最終手段だなと俺は思った――。



「思ったんだけどねぇ……」

 世の中って何時の間にこんなに厳しくなったんだ?

 俺はとあるビルの前で溜め息を吐いた。気分と比例して足はおろか身体も重い。

「まさかあの魔法使い募集の求人に応募する事態になるとは……」

 最終手段だったのに。

 テナントの入った、五階建てのビルの階段を上りながら俺はぐすりと鼻を鳴らす。

 まさかこうもバイトの面接で落ちるとは思わなかった。一体何が悪かったんだ? コンビにとかスーパーとか書店とか、とにかく大学の掲示板に張り出されていた求人は片っ端から電話して面接に出向いたのだが、一つも採用して貰えなかった。

 こんなことってあるか? バイトの求人サイトや雑誌にチラシまで活用したというのに、尽く落とされる。自分で言うのもなんだが、俺はそこまで常識から逸脱した外見でも性格でもないってのに、絶対何か呪いが掛かってるっての。

 カンカンカンと、俺の心を代弁するように寂しげな足音が響く。

 魔法使いの求人。学生課の承認はあるといえどもあれは見るからに怪しいのだが、もう贅沢は言っていられない状況。とにかく何かしらのバイトをしないと、親からの仕送りにも限度がある。

 悲しい状況が続き、ほぼ毎日のようにバイトの求人が張り出されている掲示板を確認していたのだが、俺と同じで向こう側も結構切羽詰っているらしい。魔法使いなど聞いただけで怪しげだからそれも当然か。

 誰も応募する者がいないらしく、時給は徐々に上がり、「魔法使いが嫌なら剣士でもいいよ」などと日が経つにつれて内容が変更されていた。魔法使い、剣士、盗賊、武道家などと様々な職種が追加され、最早何を募集しているのか分からない。仕舞いには、「君は何ならいいのさっ!」と、逆切れ的なコメントが備考欄に踊っていた。

 人が来ないからといって、結構乱暴だ。「そこのお前、見ているんだろう? さっさと連絡寄越せ」などの脅し的なコメントの次の日には、「すみません言い過ぎました、お願いだから連絡下さい」と泣いている顔文字付きで謝罪までしている。

 顔文字を見て俺まで少し悲しくなった。

 まぁ、それは一旦置いておいて、色々と不安を掻き立てられる求人なのだが、果たして俺はこの面接を受けてしまってもいいのだろうか? 今更とはいえ後悔が押し寄せてきた。

 五階建てのビルの五階。

 何処となく錆び付いた雰囲気のドアを前に、俺は開けるべきか開けざるべきか真剣に悩んでいた。

 時給は今や、千円にまで上がっていた。昇給やクラスチェンジに、研修期間有りの明るく楽しい職場だそうだが、生と死が隣り合ったハラハラドキドキ感も付いてくる。「うーん」と喉の奥で唸り声が上がる。

「えぇい、どうせ妙な呪いで落ちるんだ! 行くぞ!」

 確かに怪しいは怪しいが、大学の掲示板にあったんだ。きちんと学生課も許可を出している。俺はその事実に一欠けらの勇気を得て、ギィと重い音を立てるドアを開けた。



 ある意味決死の思いでドアを開けたら魚人に突進された。いや、マジで。

「遅いでちよっ! 何時までボクを待たせるのねんっ! ――ぷぎゃ!」

 何だろう、ぞわっとした。とにかくぞわっとして、俺は本能のままに自分の腰に引っ付く魚人を引っ叩いていた。引っ叩かれた場所、恐らく頬と思われる場所に手を当てて「何するのねん!」とか言われたが、謝る気には到底なれなかった。寧ろこっちが「何するのねん!」って話だ。

 ぬめっとしたぬめっと。ぷつぷつと鳥肌が立つのが自分でも分かる。

「……すみません、間違いました。俺、帰ります」

 バイトの面接に来た筈なのだがどうやら間違えたらしい。

 俺は素早く回れ右をする。

「何を言ってるでちかっ! 間違ってないのねん! 君、嘉川弘樹でちね、魔法使い募集の求人に電話くれたのねん」

「いえ、人違いです」

 再度魚人が突進してこようとしたので、さっと身を翻してそこを出て行こうとしたのだが、何故だか俺が入ってきたドアが消えていた。綺麗さっぱりと。

「は? 何だこれ?」

「ふふふ、ようやく来てくれた人をそう簡単に逃がす筈ないのねん」

「おい、てめぇ魚人、何しやがった! 何だこれは、夢か幻か!? それとも手品の一種かエイプリルフールか!?」

「魚人じゃないでちよ、ボクは立派な人魚ね」

「てめぇは魚人だ!」

 “魚”と“人”の文字をひっくり返しただけだが、魚人と人魚では受けるイメージが大分違う。

 目の前にいるとにかく人間ではない生き物は、赤い出目金のような形をした魚で、そこからにょっきりと手足が生えていた。どう見ても人魚ではなく魚人だろう。人よりも魚よりの生き物。ひらひらと尾が揺れる。

 というか、何なんだこれは? 出目金のコスプレじゃないよな? 俺は本気で夢でも見ているのだろうか?

 ちょっと怪しげなバイトの面接に来たはいいが、指定された場所のドアを開けると、中身簡素なオフィスに魚人がいるってどんな夢だ? せめて海か川とかの水辺にいろよ。陸に上がってくんなと言いたい。

「君、失礼なのねん。ボクは人魚でちよ。まだ幼魚でちけど、これから立派に成長するのねん」

「知るかっ」

「ま、いいのねん。とにかく君、採用でちよ」

「いや、こんな訳分からんとこ俺からお断りなんだが」

 履歴書も出していなけりゃ面接もなし。

 相手が面接官だとかそんなのは最早どうでもいい。ぶっきらぼうに言い放ち拒絶するが、魚人は何を思ったのかにんまりとした笑みを浮かべて俺の手を握った。

「無駄なのねん。ようやく才能のある人を見付けたのねん。逃がさないでちよ」

「あ゛?」

 不吉なことを魚人が言い放てば、俺の周囲に――正確に言えば魚人を中心に妙な光が現れ視界が白に染まった。視界を塞がれる前に足元に見えたのは、もしかしなくても魔方陣と呼ばれる類のものだろうか。

 ぞっとした。

「おい、魚人! てめぇは何をっ……」

「今、ボクの世界が大変なのねん。魔物の襲撃を受けて、魔法使いを筆頭に、戦える人が不足しちゃってるでち。わざわざ異世界で人材補給しなくちゃいけないくらい、皆死んじゃったのねん」

 真白な光に包まれ、何かにぐいぐいと引き込まれるような感覚を受ける。

「あの求人は、才能のある人にしか見えない特別なものね。君が連絡くれて良かったでち。最低でも連絡を貰わないと、連れて来られなかったのねん。――はい、無事着いたでちよ」

「は?」

 いや、やる気なんて微塵もねぇよ。砂粒ほどにあったとしても、魚人に突撃された時点でそんなもんは鼻息で既に吹き飛んでいる。

 ごちゃごちゃとどうでもいい説明を魚人がする中、ひやりとした空気が肌を撫でる。

 俺は妙な光で視界を塞がれていたのだが、ゆっくりと瞼を持ち上げてみると、地平線が見えるほどの草原に佇んでいた。

「なっ、なっ……!」

「此処が今日から君の職場なのねん。地球の一時間が此処での一日だから、がんがん修行して魔物を倒して欲しいでち。目指せ賢者、勇者! なのねん」

 簡素なオフィスにいたというのに何時の間に外に出たのか。

 横でこの世界の仕組みだの何だのをむにゃむにゃ説明し、実際に魔物なる存在と魔法なるものを魚人が見せてくれたが、俺の頭は混乱していて上手く物事を呑み込み考える事が出来なかった。

 呆然としているのをいいことに、勝手に人の指先を傷付け妙な書類に血判させ、一通りの説明が終われば魚人が杖を支給と称して押し付けてきた。

「さ、頑張るのねん。こっちの世界に異常をきたすと、隣り合った位置にある地球も影響を受けかねないのねん。だからしっかりやるでちよ」

 そんな一言を付け加えられ、よく分からない状況で俺が最初に思ったことは唯一つ。


「時給って勿論異世界換算なんだろうな?」


 ただそれだけだった。

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