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田舎の古家につきものの

※ ハエ、油虫、蜘蛛などに関する描写、また、食事時に適さない描写が出てまいります。 ご注意願います。


 私たち一家は私が高校生の時に新築した家に転居したのだが、それまで住んでいた我が家は最近よく見かける所謂ハウスメーカーが建てた気密性に優れたものとは対極をなす、とでも言えるようなものであった。

 

 家の柱は天然の束石の上に乗せられており、床下は規模こそ異なるがお寺と同様にコンクリートの基礎などなく入り放題。隙間風の入る木造、中二階建て。

 玄関の土間から上を見ると、梯子を立て掛けて登る「つし」があり ~このつしという言葉にしても当然のように使っているが、今はご存知の方も少ないのではなかろうか。屋根裏の物置のこと、である~ 通り庭になっており。玄関の手前には井戸やかたがあり、昔の家に付き物の汲み取り式のトイレ、いや、トイレとはとても言えまい。厠、が玄関脇から側面に入ったところにあった。


 戦後の生活様式の移り変わりには目を見張るものがある。昔は汲み取り式の厠が当たり前で、それを畑の肥やしとして使っていた。私がまだ幼い頃は、近所の家庭ではそれが時代遅れではけしてなく、あちらこちらの畑からは実にかぐわしいその臭いが漂ってきたものだ。

(余談ではあるが、当然寄生虫と共存している子供が学校での蟯虫ぎょうちゅう検査の度にちらほらと見られた。)

 そしてもう一つ、汲み取り式であるがゆえにつきものの存在が「ハエ」。ブンブン飛び回るアレである。今となっては信じられないくらいの数のハエが飛び回っており、食べ物を 蠅帳(食卓傘)無しで出しておくなどできようはずも無く。そして運の悪いハエたちが照明の笠からぶら下がっているベタベタしたハエ取り紙の餌食になっていた。また上がり框横の柱にはハエ叩きがぶら下がっており、机にとまったハエを叩かんと度々手に取りはするのだが、何分ドンくさい私である。手を擦り足を擦るハエの頼みを聞くまでも無く、毎回といってよいほど机のみを叩いて終わっていた。


 祖母はハエに関しては私たちに

「ハエがたからんように はよ網しときや。」

と言っていたしハエ叩きで見事に叩き潰してくれていた。

 また油虫などの害虫に関しても汚く不快に思うことはあれども怖がることも無く、ハエ同様にいとも簡単にぷちっと退治するか、逃がしたとしても目に見える範囲からは追いやってくれていたように記憶している。


 ある晩、お風呂場から出たときのこと。こちらに背中を向けて座っていた母の背中にぶぅんと飛んできた油虫が張り付き、かささささとその背中を這い回った。

 その頃はまだ自然も豊かで、夏場にスイカを食べた後の皮を庭先に置いておくといつの間にかカブトムシやクワガタムシが食べにきており、それらが飛ぶ様子を見ても何とも思わなかったのだが、油虫は駄目であった。

 それまで以上に油虫が苦手になった私にとって、留守勝ちの両親ではなく始終家にいてくれる祖母は頼みの綱。正に困ったときの祖母頼みであった。


 そんな祖母であったのだが、いくら私たちが嫌がってもそうそう退治してくれなかった虫がいた。

 

 蜘蛛である。


 私も姉も、小さな草蜘蛛なら嫌いではなかった。田舎の子でもあり、それくらいなら手に乗せて家の外に逃がしたりもしていた。

 だが、しかし。私たちが大嫌いなもの、その頂点にたっていたものは、いや、未だそのままたっているものは、巨大な脚高蜘蛛である。

 

 その名前を大人になってからもなかなか知ることがなかった、というより調べることも気持ち悪くて出来なかったのであるが、、とにかく驚くほど大きなそれとちょくちょく遭遇してしまうのだ。


 そして家中出ない場所はないというくらいあちこちでみかけたそれが、特によく出没したのが厠である。


 いくら行きたくなくとも行かなければならない場所であるので。


 戸を開ける前に外側をチェック。

 次にそっと開いた扉の内側をチェック。

 それから内部を恐る恐る覗き込んでチェック。


 こうしてやっと入るのだが。


 残念ながら用をたしていると、前方に立て掛けてある怖くて触れなかった和式トイレの便器の木の蓋の裏から。またはちり紙の入れてある箱の隅から。しばしば。


 音も無く巨大なお方がご尊顔を覗かせてくださったものである。


 

 本当に怖いときは声は出ないものだ。


 そんなであったので、私も姉も手遅れになってから発見した時を除いて見つけた瞬間、祖母を呼んだものなのだが。


 油虫や蚊、ハエとは違い。


 祖母は蜘蛛は虫を食べてくれるからと追い払うだけで(それも偶には手で!)、決して殺めることは無かった。


 それどころか。


 「朝蜘蛛は縁起が良いねんで。懐入れたろか。」


 などと笑いながら冗談を言っていたものである。


 逞しい祖母であった。

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