12日目 埼玉四菱工場
ほぼ不眠不休に近い形で各地工場との連絡をこなしていた春樹であったが
先日妻と連絡が取る事が出来 息子直樹の無事を聞かされるも
名古屋襲撃移行は連絡が全く取れないが
学校関係者によると岐阜方面に生徒全員無事で避難しているとの情報を得ていた
ハワイ侵攻の連絡以降 内陸地である八王子にも民間人避難誘導が始まった 避難先は山梨県になる予定との事だった
軍事産業のノウハウも持つ四菱であったが
現在の難点も出ている
まず原料の金属が不足している
製鉄所が海岸線に多い為 襲撃により多くの製鉄所を失っていたためである
千葉の溶鉱炉は襲撃により使えなくなってしまったが
川崎の溶鉱炉は何とか生き延びたので
急遽人員を総動員してさいたまの熱処理施設を改造し製鉄所を移転した
また 政府指令から 埼玉 群馬 栃木の既存工場で98式小銃の生産ラインの確保
山梨県で軍事車両の生産ラインを作った
相模原工場の生産ラインを栃木に移転し戦車の量産を開始する目処も付いた
順調に運べば 1週間で戦車が完成する
しかし 製鉄所の移転は成功したものの 鉄鉱石が入らない
そこで都市鉱山と呼ばれる東京の瓦礫から金属を夜間輸送しそれを再生し
使用することとなった
最低でも数ヶ月はかかる作業を1週間で終わらせるよう命ぜられている為
幹部社員の睡眠は1日2時間無い状態であった
そんな中で10日目の敵襲無しは大変ありがたい物であった