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かりんとうが怖い

作者: 水守中也
掲載日:2010/07/24

「やばっ……」

 先ほどまでの快感はどこにやら、あたしはかってないピンチに襲われていた。

 恐怖にも似た感情が駆け巡る。

 自宅だったら、何の問題はなかった。

 友人の家でも良い。まだ笑い話にできる。

 だがここは違う。彼氏の家なのだ。

 あぁ彼もここに生尻を乗っけて………と変に興奮していたのがいけなかったのか。

 会心だった。

 一本ぐそ。

 かりんとうでもここまで立派なものを見たことはない。

 便秘のうっぷんを見事にはらしたと言えよう。

 ぜひ写真でとって保存しておきたい一品だった。

 だが携帯は彼の部屋に置きっぱなしだ。

 やましいところはない。勝手にメモリーを見られても問題ない。

 だが今取りに行って、またすぐトイレに戻るのは不自然だ。

 なにかやましいことをしているように思われる。

 だから仕方なく、脳内メモリーにそれを焼き付けて、レバーを引いた「大」。

 ところが、流れなかったのだ。その「かりんとう」は。

 見事な根性である。

 草食系な彼にふさわしく、水洗が弱く、流れる部分も小さいのが原因か。

 もいっかい、レバーを引く。水が流れる。

 水の流れを受けても、形が崩れない。

 流れに対して縦の形を取っているところが、ミソなのだろう。

 やつは生き残った。

 もう一回と、レバーに手をかけて、止まった。

 これ以上水を流すと彼にしかられそうだ。

 エコにはまっている彼なのだ。

 だが、このまま放置して戻るわけにはいかない。

 一応、あたしは、かわいらしい女の子なのだ。

 けれど、トイレにこれ以上長いするのも不自然だ。

 あと一回が限度。

 かりんとうがふやけてきた瞬間をねらってレバーを引く。

 タイミングの問題だ。

 残された時間は、長くはない。

 

 この一回にすべてをかける――っ!




 どうだった? 怖かったでしょ。……え、駄目? これじゃコメディだって。

 うーん、ある意味恐怖だと思ったんだけどなぁ。ちょっと狙いすぎたかな。

 仕方ないね。それじゃ今度は真面目な恐怖体験の話をしようか。彼……って別に便宜上だから彼女でもいいんだよね。どうせならかわいい女の子の方がいいかな。萌えだし。

 彼女はお風呂上りに、暑いからって、いつも廊下に出て、体を拭いているんだ。見られたらどうするんだって? 彼女は一人暮らしだから別に気にしないよ。身体を拭くときは、床にタオルを敷いて、壁を背もたれに座っているんだ。ちなみに、背もたれの壁は一般的な白い壁紙で、叩くとコンクリートみたいな硬さなんだ。

 ある日、彼女は気付いたんだ。背もたれにしていた白い壁に、見慣れない赤茶色の染みがついていることに。

 烏龍茶のしみじゃないよ。お風呂上りに飲むものと言ったら牛乳に決まっているからね。もちろん片手は腰――って、話がそれたね。それたといえば、その染みの場所も、彼女がいつも背もたれにしているところからは離れているんだ。彼女はそこで牛乳を飲んだことはあっても、紅茶とか烏龍茶を飲んだことは一切なかった。それに良く見ると、その染みは茶色と言うより、赤っぽくって少し黒ずんだ感じなんだな。……そう、まるで血痕のように。

 ――だれかがそこで吐血しただけじゃないかって?

 それはそれで怖いって。

 彼女は放っておけばそのうち消えるだろうと思って、何もしなかったんだ。意外とずぼらな性格なんだ。ただ、お風呂上りにいつも寄りかかる場所のすぐ隣だから、自然とその染みを観察するのが日課となった。そして彼女は……

 染みマスターになったんだ!



 あれ? 怖くなかったかな。「染みマスター」。そんなものが存在していたら、ちょっとは怖いと思わない?

 まぁともかく、染みマスターとなった彼女は気付いたんだ。

 ……もともとは小指の爪ほどの大きさだったその染みが、少しずつ大きくなっていることに。お風呂の湿気のせいで滲んでいるだけじゃないかって? ところが、手で触れてみても、肌に付いたりしないんだ。しかも壁の近くでにおいをかいで見ると、ほのかに鉄臭いんだよ。それって、血と同じだよね。

 初めは気のせいだと思ったんだけど、確実にその染みは成長して、彼女がその事実を認めざるを得なくなったときには、それは徐々に、下に向けて垂れはじめた。……まぁ、上に上がっていったらもっと怖いけれどね。

 まるで、染みが意思を持っているかのように、恨みを晴らさんとばかりに、毎日毎日確実に床に向けて伸びてゆくんだ。それが成長するたびに、彼女の恐怖も増す。もしかすると昔この部屋で殺人事件があったんじゃないか、とか。もしくは壁の中に死体が埋まっているんじゃないかとか。この染みはこのままだと床に流れ落ちて、自分が座っているところまで進出してくるのではないだろうか。もしかして、染みは何かを伝えようとしているのか? 

 彼女はインターネットを使ったり、同じマンションに住む人に聞いたりしたんだ。けれど血痕に繋がるような事実は見つからなかった。壁の向こう側は外だしね。言い忘れたけど、彼女の部屋は角部屋。

 それで……彼女はどうなったって?

 うん。最初のうちは怖かったんだけど、調べているうちに、なんか飽きちゃってね。

 んで、消しちゃったんだ。濡れたタオルで壁を拭いね。

 うん。それだけだよ。タオルはどうなったかって? うーん。ゴミ箱に捨てたのか、どっかに放置したのか、それとも洗って再び普通に使っているのか……良く分かんないや。

 あ、もちろん、壁のしみの方が消えたまんまだよ。消しても消してもまた染み出してくるなら凄いけど……消したまんま、何の変化もなかったんだっ!



 え? 駄目だった。

 一般的な怖い話をしたんだけどなぁ。どういう展開だったら良かったの。ちょっと教えてよ。ねぇ。ねぇったら。批判ならだれでもできるよね。生意気だけど。どうせどんな展開にしても文句言うんでしょ。死ねばいいのに。ねぇどうしてそうなの。ゴミくず。君ならもっと怖い話が作れるんでしょ。あぶるったぁ。ほら、言ってみなよ。どうせつまらない話だろうけどね。はははははhhh……


 ――なんて、ね。

 狂った感じにしてみたんだけど、たいして怖くなかったね。えへっ。

 ただ、あんまり文句言うと……口ん中に突っ込んじゃうからね。

 はい。じゃおしまいっ





 え? 僕は誰かって?

 そんなこと別にいいじゃないか。

 でも隠すことでもないから、教えてあげるよ。


 ――そう、君がさっき『かりんとう』と呼んでいた者だよ☆




「だぁぁぁぁぁ!」

 あたしは叫んだ。

 この気合いがあったら、もっと立派な「かりんとう」が生まれたかもしれない。

 幸い新たなかりんとうは生まれなかった。

 現実逃避をしていたら、いつの間にか無機物と意思疎通をしてしまったようだ。

 新たなる能力の覚醒である。

 どうせなら、目の前で微笑んでいる、かりんとうを消し去る能力が欲しかった。

 もしくは、今の叫びをなかったことにする力。

「大丈夫っ?、どうしたのっ?」

 彼の声だ。すぐ扉の向こう側から聞こえる。

 不自然な長居に加え、今の悲鳴(?)である。

 なにもないと思える方が不思議だ。

 あたしは冷静を装って答えた。「平気」

「――虫が出ただけ」




 すごいずぼらな青年がいたんだ。あ、前回は彼女だったから、今回は男にするね。彼も同様にワンルームのマンションに一人暮らし。

 彼って視力が弱くてね。つまり普通の人より部屋の汚れが見えない、気にならないんだ。だから掃除も適当。それを放置していたらどうなるかな? そう、虫が出始めたんだ。蠅より少し小さいんだけど、丸い羽をもっていて、飛んでいるより、白い壁に留まっていることが多いんだ。チョウバエっていうやつさ。

 さっきも言ったけど、掃除も適当だから壁のしみなんて珍しくない。視力も弱いから、よく見えない。でも目を凝らして見ると、染みだと思っていた黒い点、それは蠅なんだよ。それが、毎日のように場所を変えて点々と、どんどん増えていったんだ。

 ずぼらな性格だけど虫は嫌いな彼は、やがてティッシュを持って歩くことが当たり前になった。素手じゃつぶせないからね。ティッシュを指先でつまんで、それを壁に押し当ててギュッとね。帯じゃないよ。

 でもいくらつぶしてもきりがないんだ。適当にテレビやパソコンから目を離すと、必ずどこかに黒い点があるんだ。そしてそれはやっぱり蠅なわけで。コバエホイホイみたいなもの買ったけれど、効果なくて。むしろ、氷で薄まったカルピスをコップに少量残して一晩放置しておくと、蠅が浮かんで溺死してるんだ。彼は大発明だって喜んで採用したけど、たぶん溺死したのはほんの一部。残りの捕まっていない蠅にとっては立派な栄養源だよね。お馬鹿なんだ。

 話は変わるけど、彼の部屋は、ユニット式バスなんだ。水をいちいちためるのめんどくさいから、次第にシャワーだけあびるだけになっていった。それに加え、お風呂じゃ眼鏡を外すから、多少の汚れは目に入らない。

 そんな状態で何年も過ごしたらどうなると思う? 

 赤かび青カビ黒いカビは当たり前。放置されたタオルには、黄色い物体がこびりついてね。黄色っていうくらいだから、なぜか硫黄のにおいがするんだよ。温泉ってそういうものなのかな。

 そんなカビだらけだから気づくのが遅れたんだ。浴室に散らばる「黒い点」が、部屋やキッチンよりも多いってことにね。まぁチョウバエってもともと水気のある場所を好むみたいだけど、ちょっとこの量は異常。きっとここが発生源に違いない、と彼は思った。気付くの遅すぎだけど。

 彼が発生源として注目したのは、さっき話した黄色いタオルだったんだ。

 もう良く覚えていない。たぶん床にこぼした牛乳か煮汁を、首にかけていたスポーツタオルで拭いて、それをそのまま浴槽に放りこんだんだものだと思われる。シャワー浴びていれば、洗濯になるからね。でもそれを、乾かすことをせず、浴槽の中に入れっぱなしで。シャワーを浴びるたびに濡れて、換気が悪いから十分乾き切らないまま、また垢にまみれた汚水を浴びて……それが一年以上、繰り返され、放置されていたんだ。

 どうなったと思う? たまに足の指先で踏むとね、ぐちゅってなるんだ。にゅるっていうほうが正しいかな。ぬるぬる、ぬめぬめ。もう手で触りたくなんてないよね。負のスパイラル。そんなわけで、ずっと放置されていた物体。

 彼は意を決して、それに触れたんだ。詳しく見たくないから眼鏡をはずしてね。にゅちゅってしたよ。もちろん、とたんに無数のチョウバエが飛び上がったよ。彼が手にするその物体Xは、なぜか穴だらけで、チョウバエより明らかに小さい黒い粒粒がたくさん付いていた。とにかく反対の手で持っていたビニール袋に、それを押し込み、ぎゅっと封を閉じた。お風呂場の「黒い点」は一気に倍増したけれど、彼をぞっとさせたのは、それじゃなかったんだ。

 だって、袋の中の、もとタオルだった物体。眼鏡をかけてじっくり見ると、そこには黒い小さなウジ虫が無数に這っていたんだ!



 どうだった? 夏のホラーだけに、虫の話はありがちだったかな。でも「G」を出さなかったことは評価してもらいたいな。――どうでもいいけど、某雑誌「Gファンタジー」の「G」をゴキに替えると、面白いよね。ゴキファンタジー。内容が気にならない? 

 そうそう、「G」でちょっとした小話。

 彼らってさ、一匹見たら何百匹とか言われてるよね。でも一日でそんなに見かけないよね。どうしてだか分かる。それは彼らが夜行性だから。君たちが寝ているときに家中を這っているんだよ。そう、布団で眠っている君の身体の上もね。もちろん、口を開けて寝ていたら、口の中にもね。

 ほら、夏の朝って食欲ないじゃない? 当たり前だよね。あんな油の塊を食べていたら、カロリー過多になっちゃうもん。彼らが家中に溢れかえらないのも、ちゃんと君たちが食べるからなんだよ。知ってた?




「あ、美味しそうだね」

 背後からの一言で、あたしの身長は一センチ弱伸びたに違いない。

 彼である。手には殺虫剤が握られていた。

 気配を感じなかった。忍者の末裔かもしれない。

 トイレのカギをかけ忘れたようだ。

 だがそれより大きな問題がある。

 この場に「G」は見当たらない。美味しそうというのは、あたしか、もしくは……

 彼の視線の先は、便器の中。

「ちょっと待って。美味しそうというのは、まさか……かりんとうなの?」

「そうだけど?」

 ショックだ。彼にこんな趣味があったなんて。

 自給自足。

 ある意味、究極のエコかもしれない。

「えっと……かりんとうはどうやって食べるのかな?」

「何言ってるの? かりんとうといったら、そのまま食べるに決まっているじゃん」

 彼はいつの間に持ってきたのか、箸を一膳、あたしに手渡した。

 彼は言った。「レディファーストって言うからね」


「君からどうぞ」





  ☆☆☆


「やばっ……」

 一瞬で脳をすべて持って行かれかねなかった。

 なんつー想像をしてしまったのか。

 現実逃避するつもりが逆効果になってしまった。

 彼が心配げに、あたしの顔を覗き込んだ。

「どうしたの? 大丈夫」

「うん。平気。ありがとう」

 答えたものも平気ではなかった。

 ウエストは数センチ膨張している。

 せっかく彼の家にお邪魔するというのに、お気に入りのスカートがはけなかった。

 便秘などするものではない。


 だが。

 こんな惨事を起こさないためにも……

 あたしは、便意に耐える!







「良かったぁ。トイレのドアを半開きにしたままぼーっとしていたから心配したよ」

 確かに、同じ立場ならあたしも心配す――

「……へ?」

 周りを見る。

 彼の家のトイレだ。

 自らのお腹を確認する。

 やけにすっきりしている。快腸だ。

 彼を見る。

 なぜか箸を持っていた。

 あたしは、恐る恐る振り返る。

 便器の中で、ウインクしている「かりんとう」と目が合った。

下ネタで失礼しました。

なんかフツーの作品を書けなくなってきたなぁと思う今日この頃です。


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― 新着の感想 ―
[一言] ぶちこぇー。冒頭からすみません。読み終わってから出た感想です。 いや、本当に怖いです。特に後半。現実にありそうな話で、本当に怖かったです。今の季節、カビるんは、ちょっと気を抜いたら、すぐ発生…
[一言] 非常に恐ろしい話でした。
[良い点] コメディーたっちで面白かったです。 ホラーの中では、異色の作品だと思いました。 [気になる点] ホラーですよね(笑)
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