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かりんとうが怖い

作者: 水守中也

「やばっ……」

 先ほどまでの快感はどこにやら、あたしはかってないピンチに襲われていた。

 恐怖にも似た感情が駆け巡る。

 自宅だったら、何の問題はなかった。

 友人の家でも良い。まだ笑い話にできる。

 だがここは違う。彼氏の家なのだ。

 あぁ彼もここに生尻を乗っけて………と変に興奮していたのがいけなかったのか。

 会心だった。

 一本ぐそ。

 かりんとうでもここまで立派なものを見たことはない。

 便秘のうっぷんを見事にはらしたと言えよう。

 ぜひ写真でとって保存しておきたい一品だった。

 だが携帯は彼の部屋に置きっぱなしだ。

 やましいところはない。勝手にメモリーを見られても問題ない。

 だが今取りに行って、またすぐトイレに戻るのは不自然だ。

 なにかやましいことをしているように思われる。

 だから仕方なく、脳内メモリーにそれを焼き付けて、レバーを引いた「大」。

 ところが、流れなかったのだ。その「かりんとう」は。

 見事な根性である。

 草食系な彼にふさわしく、水洗が弱く、流れる部分も小さいのが原因か。

 もいっかい、レバーを引く。水が流れる。

 水の流れを受けても、形が崩れない。

 流れに対して縦の形を取っているところが、ミソなのだろう。

 やつは生き残った。

 もう一回と、レバーに手をかけて、止まった。

 これ以上水を流すと彼にしかられそうだ。

 エコにはまっている彼なのだ。

 だが、このまま放置して戻るわけにはいかない。

 一応、あたしは、かわいらしい女の子なのだ。

 けれど、トイレにこれ以上長いするのも不自然だ。

 あと一回が限度。

 かりんとうがふやけてきた瞬間をねらってレバーを引く。

 タイミングの問題だ。

 残された時間は、長くはない。

 

 この一回にすべてをかける――っ!




 どうだった? 怖かったでしょ。……え、駄目? これじゃコメディだって。

 うーん、ある意味恐怖だと思ったんだけどなぁ。ちょっと狙いすぎたかな。

 仕方ないね。それじゃ今度は真面目な恐怖体験の話をしようか。彼……って別に便宜上だから彼女でもいいんだよね。どうせならかわいい女の子の方がいいかな。萌えだし。

 彼女はお風呂上りに、暑いからって、いつも廊下に出て、体を拭いているんだ。見られたらどうするんだって? 彼女は一人暮らしだから別に気にしないよ。身体を拭くときは、床にタオルを敷いて、壁を背もたれに座っているんだ。ちなみに、背もたれの壁は一般的な白い壁紙で、叩くとコンクリートみたいな硬さなんだ。

 ある日、彼女は気付いたんだ。背もたれにしていた白い壁に、見慣れない赤茶色の染みがついていることに。

 烏龍茶のしみじゃないよ。お風呂上りに飲むものと言ったら牛乳に決まっているからね。もちろん片手は腰――って、話がそれたね。それたといえば、その染みの場所も、彼女がいつも背もたれにしているところからは離れているんだ。彼女はそこで牛乳を飲んだことはあっても、紅茶とか烏龍茶を飲んだことは一切なかった。それに良く見ると、その染みは茶色と言うより、赤っぽくって少し黒ずんだ感じなんだな。……そう、まるで血痕のように。

 ――だれかがそこで吐血しただけじゃないかって?

 それはそれで怖いって。

 彼女は放っておけばそのうち消えるだろうと思って、何もしなかったんだ。意外とずぼらな性格なんだ。ただ、お風呂上りにいつも寄りかかる場所のすぐ隣だから、自然とその染みを観察するのが日課となった。そして彼女は……

 染みマスターになったんだ!



 あれ? 怖くなかったかな。「染みマスター」。そんなものが存在していたら、ちょっとは怖いと思わない?

 まぁともかく、染みマスターとなった彼女は気付いたんだ。

 ……もともとは小指の爪ほどの大きさだったその染みが、少しずつ大きくなっていることに。お風呂の湿気のせいで滲んでいるだけじゃないかって? ところが、手で触れてみても、肌に付いたりしないんだ。しかも壁の近くでにおいをかいで見ると、ほのかに鉄臭いんだよ。それって、血と同じだよね。

 初めは気のせいだと思ったんだけど、確実にその染みは成長して、彼女がその事実を認めざるを得なくなったときには、それは徐々に、下に向けて垂れはじめた。……まぁ、上に上がっていったらもっと怖いけれどね。

 まるで、染みが意思を持っているかのように、恨みを晴らさんとばかりに、毎日毎日確実に床に向けて伸びてゆくんだ。それが成長するたびに、彼女の恐怖も増す。もしかすると昔この部屋で殺人事件があったんじゃないか、とか。もしくは壁の中に死体が埋まっているんじゃないかとか。この染みはこのままだと床に流れ落ちて、自分が座っているところまで進出してくるのではないだろうか。もしかして、染みは何かを伝えようとしているのか? 

 彼女はインターネットを使ったり、同じマンションに住む人に聞いたりしたんだ。けれど血痕に繋がるような事実は見つからなかった。壁の向こう側は外だしね。言い忘れたけど、彼女の部屋は角部屋。

 それで……彼女はどうなったって?

 うん。最初のうちは怖かったんだけど、調べているうちに、なんか飽きちゃってね。

 んで、消しちゃったんだ。濡れたタオルで壁を拭いね。

 うん。それだけだよ。タオルはどうなったかって? うーん。ゴミ箱に捨てたのか、どっかに放置したのか、それとも洗って再び普通に使っているのか……良く分かんないや。

 あ、もちろん、壁のしみの方が消えたまんまだよ。消しても消してもまた染み出してくるなら凄いけど……消したまんま、何の変化もなかったんだっ!



 え? 駄目だった。

 一般的な怖い話をしたんだけどなぁ。どういう展開だったら良かったの。ちょっと教えてよ。ねぇ。ねぇったら。批判ならだれでもできるよね。生意気だけど。どうせどんな展開にしても文句言うんでしょ。死ねばいいのに。ねぇどうしてそうなの。ゴミくず。君ならもっと怖い話が作れるんでしょ。あぶるったぁ。ほら、言ってみなよ。どうせつまらない話だろうけどね。はははははhhh……


 ――なんて、ね。

 狂った感じにしてみたんだけど、たいして怖くなかったね。えへっ。

 ただ、あんまり文句言うと……口ん中に突っ込んじゃうからね。

 はい。じゃおしまいっ





 え? 僕は誰かって?

 そんなこと別にいいじゃないか。

 でも隠すことでもないから、教えてあげるよ。


 ――そう、君がさっき『かりんとう』と呼んでいた者だよ☆




「だぁぁぁぁぁ!」

 あたしは叫んだ。

 この気合いがあったら、もっと立派な「かりんとう」が生まれたかもしれない。

 幸い新たなかりんとうは生まれなかった。

 現実逃避をしていたら、いつの間にか無機物と意思疎通をしてしまったようだ。

 新たなる能力の覚醒である。

 どうせなら、目の前で微笑んでいる、かりんとうを消し去る能力が欲しかった。

 もしくは、今の叫びをなかったことにする力。

「大丈夫っ?、どうしたのっ?」

 彼の声だ。すぐ扉の向こう側から聞こえる。

 不自然な長居に加え、今の悲鳴(?)である。

 なにもないと思える方が不思議だ。

 あたしは冷静を装って答えた。「平気」

「――虫が出ただけ」




 すごいずぼらな青年がいたんだ。あ、前回は彼女だったから、今回は男にするね。彼も同様にワンルームのマンションに一人暮らし。

 彼って視力が弱くてね。つまり普通の人より部屋の汚れが見えない、気にならないんだ。だから掃除も適当。それを放置していたらどうなるかな? そう、虫が出始めたんだ。蠅より少し小さいんだけど、丸い羽をもっていて、飛んでいるより、白い壁に留まっていることが多いんだ。チョウバエっていうやつさ。

 さっきも言ったけど、掃除も適当だから壁のしみなんて珍しくない。視力も弱いから、よく見えない。でも目を凝らして見ると、染みだと思っていた黒い点、それは蠅なんだよ。それが、毎日のように場所を変えて点々と、どんどん増えていったんだ。

 ずぼらな性格だけど虫は嫌いな彼は、やがてティッシュを持って歩くことが当たり前になった。素手じゃつぶせないからね。ティッシュを指先でつまんで、それを壁に押し当ててギュッとね。帯じゃないよ。

 でもいくらつぶしてもきりがないんだ。適当にテレビやパソコンから目を離すと、必ずどこかに黒い点があるんだ。そしてそれはやっぱり蠅なわけで。コバエホイホイみたいなもの買ったけれど、効果なくて。むしろ、氷で薄まったカルピスをコップに少量残して一晩放置しておくと、蠅が浮かんで溺死してるんだ。彼は大発明だって喜んで採用したけど、たぶん溺死したのはほんの一部。残りの捕まっていない蠅にとっては立派な栄養源だよね。お馬鹿なんだ。

 話は変わるけど、彼の部屋は、ユニット式バスなんだ。水をいちいちためるのめんどくさいから、次第にシャワーだけあびるだけになっていった。それに加え、お風呂じゃ眼鏡を外すから、多少の汚れは目に入らない。

 そんな状態で何年も過ごしたらどうなると思う? 

 赤かび青カビ黒いカビは当たり前。放置されたタオルには、黄色い物体がこびりついてね。黄色っていうくらいだから、なぜか硫黄のにおいがするんだよ。温泉ってそういうものなのかな。

 そんなカビだらけだから気づくのが遅れたんだ。浴室に散らばる「黒い点」が、部屋やキッチンよりも多いってことにね。まぁチョウバエってもともと水気のある場所を好むみたいだけど、ちょっとこの量は異常。きっとここが発生源に違いない、と彼は思った。気付くの遅すぎだけど。

 彼が発生源として注目したのは、さっき話した黄色いタオルだったんだ。

 もう良く覚えていない。たぶん床にこぼした牛乳か煮汁を、首にかけていたスポーツタオルで拭いて、それをそのまま浴槽に放りこんだんだものだと思われる。シャワー浴びていれば、洗濯になるからね。でもそれを、乾かすことをせず、浴槽の中に入れっぱなしで。シャワーを浴びるたびに濡れて、換気が悪いから十分乾き切らないまま、また垢にまみれた汚水を浴びて……それが一年以上、繰り返され、放置されていたんだ。

 どうなったと思う? たまに足の指先で踏むとね、ぐちゅってなるんだ。にゅるっていうほうが正しいかな。ぬるぬる、ぬめぬめ。もう手で触りたくなんてないよね。負のスパイラル。そんなわけで、ずっと放置されていた物体。

 彼は意を決して、それに触れたんだ。詳しく見たくないから眼鏡をはずしてね。にゅちゅってしたよ。もちろん、とたんに無数のチョウバエが飛び上がったよ。彼が手にするその物体Xは、なぜか穴だらけで、チョウバエより明らかに小さい黒い粒粒がたくさん付いていた。とにかく反対の手で持っていたビニール袋に、それを押し込み、ぎゅっと封を閉じた。お風呂場の「黒い点」は一気に倍増したけれど、彼をぞっとさせたのは、それじゃなかったんだ。

 だって、袋の中の、もとタオルだった物体。眼鏡をかけてじっくり見ると、そこには黒い小さなウジ虫が無数に這っていたんだ!



 どうだった? 夏のホラーだけに、虫の話はありがちだったかな。でも「G」を出さなかったことは評価してもらいたいな。――どうでもいいけど、某雑誌「Gファンタジー」の「G」をゴキに替えると、面白いよね。ゴキファンタジー。内容が気にならない? 

 そうそう、「G」でちょっとした小話。

 彼らってさ、一匹見たら何百匹とか言われてるよね。でも一日でそんなに見かけないよね。どうしてだか分かる。それは彼らが夜行性だから。君たちが寝ているときに家中を這っているんだよ。そう、布団で眠っている君の身体の上もね。もちろん、口を開けて寝ていたら、口の中にもね。

 ほら、夏の朝って食欲ないじゃない? 当たり前だよね。あんな油の塊を食べていたら、カロリー過多になっちゃうもん。彼らが家中に溢れかえらないのも、ちゃんと君たちが食べるからなんだよ。知ってた?




「あ、美味しそうだね」

 背後からの一言で、あたしの身長は一センチ弱伸びたに違いない。

 彼である。手には殺虫剤が握られていた。

 気配を感じなかった。忍者の末裔かもしれない。

 トイレのカギをかけ忘れたようだ。

 だがそれより大きな問題がある。

 この場に「G」は見当たらない。美味しそうというのは、あたしか、もしくは……

 彼の視線の先は、便器の中。

「ちょっと待って。美味しそうというのは、まさか……かりんとうなの?」

「そうだけど?」

 ショックだ。彼にこんな趣味があったなんて。

 自給自足。

 ある意味、究極のエコかもしれない。

「えっと……かりんとうはどうやって食べるのかな?」

「何言ってるの? かりんとうといったら、そのまま食べるに決まっているじゃん」

 彼はいつの間に持ってきたのか、箸を一膳、あたしに手渡した。

 彼は言った。「レディファーストって言うからね」


「君からどうぞ」





  ☆☆☆


「やばっ……」

 一瞬で脳をすべて持って行かれかねなかった。

 なんつー想像をしてしまったのか。

 現実逃避するつもりが逆効果になってしまった。

 彼が心配げに、あたしの顔を覗き込んだ。

「どうしたの? 大丈夫」

「うん。平気。ありがとう」

 答えたものも平気ではなかった。

 ウエストは数センチ膨張している。

 せっかく彼の家にお邪魔するというのに、お気に入りのスカートがはけなかった。

 便秘などするものではない。


 だが。

 こんな惨事を起こさないためにも……

 あたしは、便意に耐える!







「良かったぁ。トイレのドアを半開きにしたままぼーっとしていたから心配したよ」

 確かに、同じ立場ならあたしも心配す――

「……へ?」

 周りを見る。

 彼の家のトイレだ。

 自らのお腹を確認する。

 やけにすっきりしている。快腸だ。

 彼を見る。

 なぜか箸を持っていた。

 あたしは、恐る恐る振り返る。

 便器の中で、ウインクしている「かりんとう」と目が合った。

下ネタで失礼しました。

なんかフツーの作品を書けなくなってきたなぁと思う今日この頃です。


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― 新着の感想 ―
[一言] ぶちこぇー。冒頭からすみません。読み終わってから出た感想です。 いや、本当に怖いです。特に後半。現実にありそうな話で、本当に怖かったです。今の季節、カビるんは、ちょっと気を抜いたら、すぐ発生…
[一言] 非常に恐ろしい話でした。
[良い点] コメディーたっちで面白かったです。 ホラーの中では、異色の作品だと思いました。 [気になる点] ホラーですよね(笑)
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