離別 11
王宮の庭で、マディラから花をもらって数日後。
パトリックは、これまで家庭教師のもとでいろいろ学んできた。
だが、”学院”での教育に切り替える事になり、ジュリアンの王宮通いは急に終わりを告げた。
それからまもなく。
自分も学院に入学する事になり、二人とも学業等で忙しい日々を過ごしていたので、休日も王宮で私的に会うことはほとんどなかった。
結果、ジュリアンは、あれ以来マディラの姿を見かけることすらなかった。
数年経って、ジュリアンは人間界に追放された姫を無事にニーベルに帰還させるという密命を受ける。
ニーベルでは彼女が今どこにいるか把握しておらず、手がかりは追放時に別れたおおよその場所と、年齢のみ。
能力を封印するという特殊事情により、2歳ほど若返らせて人間界に送ったと聞いていた。
当然、姿は人間界風なので、幼い頃に会った記憶の風貌は手掛かりにならない。
情報収集は難航するも、ある小学校に通っているのではないかというところまで絞り込み、ジュリアンは笹薙彬としてその学校に潜り込むことに成功する。
そこで見つけた、ひどく薄汚い、高貴とは程遠い、正直一生関わらない下層民のような少女が、まさか自分の探し求めている姫だと、誰が思うであろうか。
火事での一件で、真唯佳がマディラ姫だと確信してもなお、再会の喜びよりも、憐みの感情が強かった。
そんな状況だったので、再会した当初は、彼女と最低限の関わりにして早くこの任務を片付けようと思っていた。
また、滅多にないチャンスである異世界の現地情報の収集を主目的として、彼女の警護はその代償とさえ割り切っていた時期もあった。
しかし——。
初対面での決して良くはない印象は、彼女の置かれた環境のせいだということがすぐにわかった。
冴えない印象の顔は、体が傷つけられていて身だしなみが整えられないだけではなく、飲食も不自由な時があったからではないか。
ニーベルの貴族家庭が口にするものと違いはあるものの、叉夜が作る、3食栄養バランスに気をつけた程々の量を毎日食べはじめると、それだけで血行が良くなったのか、真唯佳は野暮ったい印象から、むくみが取れた整った本来の表情になった。
部屋に篭っているものの、傷のない体で毎日過ごしているだけで、本来の彼女のあるべき見た目に変化していった。
華やかさはないが、どちらかといえば清楚な雰囲気で、昔の面影もなくはない。むしろ美しい少女と言ってもいい。
正直全くの別人で、本来あるべき姿の真唯佳に出会っていたら、彬は初めからニーベルの姫だと認識していたかもしれない。
そんな彼女と一つ屋根の下に暮らすようになり、時に彼女の世間知らずで無邪気な発言に、お説教とも取れる指摘をした事も度々ある。
しかし、共に笑い自然体でいられる自分を、彬は自覚する瞬間もあった。
――――――――――
王家の姫だから、護衛が任務だからという理由では片付けられないほど、彼女の行方がわからないと知って強烈に狼狽する自分がいるなんて——。
まさか、恋愛感情が芽生え出しているというのか。
受け入れ難いがしかし、客観的かつ冷静に分析をすると、そうでないとこの動揺は説明ができない。
彬は激しく混乱をしていた。
その時、ドアが二度、コンコンと叩かれた。
扉に近づき開けようと彬がノブに手をかけたところ、真唯佳がドア越しに話し出す。
「このままでいいから。あの……迷惑をかけてごめんなさい。
それから……、心配してくれてありがとう。それだけ。夜遅くにごめんなさい。おやすみ」
真唯佳は立ち去ろうとしたが、彬が扉を開けたので立ち止まり、こちらを見る。
「さっきは強く言いすぎた。ごめん。怒っていないから、気にしないで。そして、何事もなくてよかった」
彬は、穏やかにそう言いながら、彼女の頭をそっと撫でる。
「おやすみ」
そう言って彬は扉を閉め、そのまま足早にベッドに向かい、仰向けに倒れ込む。
真唯佳の足音が遠ざかり、彼女の部屋の扉が閉まる音がする。
——危ないところだった。
きっと自分の怒りを解いておこうと、勇気を振り絞って彼女はわざわざ彬の部屋に立ち寄ったのだろう。
そう想像すると、その健気さに心が動かされてしまい、思わず抱き寄せそうになったのを、頭を撫でて誤魔化したのだ。
先ほど、彼女に触れた右手のひらを見つめながら、これはまずいな……と彼は思い、ばたりとその手を下ろして目を瞑った。
――――――――――
彬は、真唯佳がすやすや眠っている横で過去を振り返り、自分はいつまで報われない思いを胸に抱いているのだろうと自問する。
マディラ姫自身が、全てを理解した上で、”これ以上自分に関わるな”と言っているのだ。
彼女の言う通り、国家を敵に回してまで彼女の側にいるなんて無謀すぎる。
ましてや、マディラの内なる狂気を抑えるなんて、自分では完全に力不足だ。
それは、先日のマディラの能力を見ても明らかだった。
自分では、あんな風に全てを一瞬にして無力化にすることも、最強クラスの翁を容易く抑えるのも無理だ。
数年間目を背けていた問題に、終止符を打つ時が来たと、彬は感じていた。
そして、隣ですやすやと眠る真唯佳をみつめ、つぶやく。
「さようなら、愛しき人」
そうして、彼女の部屋から、彬は静かに立ち去った。




