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第9話 しょうゆ豆ラプソディ

「ね、今日はこんぴらさん?だっけ?登りたい!」


舞子は目を覚ますと、「おはよう」より先にそう言った。

顔色はすっかり良くなり、おでこに手を当てても熱くない。


「ええよ。でもその前に、まずはエネルギー補給しやんと。」


僕がそう言うと、舞子は元気に布団から飛び出し、そのまま食堂に向かった。

今日は舞子のトレーナーのお腹で、蝶ネクタイをしたペンギンがテニスをしている。

下はいつものドルフィンパンツだ。


食堂には僕達の他に一組、春休みの旅行だろうか、小学生くらいの男の子のいる3人家族が既に食べ始めていた。

舞子の脚に視線を持っていかれたお父さんの顔を、お母さんが両手で掴んで息子さんの方に向けた。


「おはよございます」


女将さんに挨拶をして、席に座る。

舞子は、食卓に並べられた朝ごはんの皿をひとつひとつ確かめるように見まわした。


「わあ……朝からこんなに、ちゃんとしてるんだ……」


声のトーンに、ほんの少しだけ驚きと喜びが混じっている。

民宿といえど、こういうとこは朝食も手抜きがない。

湯気の立つ味噌汁、玉子焼き、焼き鮭、浅漬け、炊きたての白いごはん。

その端っこに、小鉢に盛られた例の豆がちょこんと控えている。


「あ、これ……夕ごはんにもあったやつ」

舞子が小鉢を見つめて、うれしそうに笑う。

「朝にも出るんだ……しょうゆ豆って、朝ごはんにも食べるんだね」


その笑顔は、なんというか、“豆に再会した”みたいな顔だった。

そのまま口に運び、もぐもぐと噛みしめる。

唇の端が、ほんの少しだけ持ち上がった。


「うん。やっぱり美味しい……ちょっとしょっぱくて、でも香ばしくて……」


そのあと、ゆっくりとごはんに箸を伸ばし、ひと口。

しょうゆ豆との相性が良かったのか、思いのほかすすんでいる。


焼き鮭を半分食べ、玉子焼きをひと切れ、ごはんをもう一口。

時折、僕のほうをちらりと見ては、同じテンポで食べ進めていく。


「なんか……こういう朝ごはんって、落ち着くね」


「せやな。旅の朝って感じや」


僕がそう返すと、舞子はお茶をすすりながら目を細めた。


「こういうの……わたし、覚えておきたいなって思った」


「しょうゆ豆のこと?」


「んー……それもあるけど、うん、全部」


気取った言い方でもなく、誰かに伝えるためのセリフでもなく。

ただ、自分の中にしまっておきたい、そんな響きだった。


しばらくして、最後に残ったしょうゆ豆を名残惜しそうに食べ終えると、舞子はお椀を両手で持って、味噌汁を静かに飲み干した。


「ごちそうさまでした」


声は小さかったけれど、その顔には満足がにじんでいた。

しょうゆ豆は、ちゃんと記憶に残ったらしい。

たぶんこれから先、何かの拍子にこの味を思い出す日がくるだろう。


朝食を終えて部屋に戻ると、舞子は何のためらいもなくドルフィンパンツに手をかけ、つるりと脱ぎ始めた。


「わー!待て!やめろって言うたやろ!」


思わず声が裏返る。

僕は慌てて目を逸らしながら叫んだ。


「あっ、ごめんなさい!いつものハルくんの部屋じゃないから、つい……えっと、後ろ向いてて!」


言われるまでもなく、もう向いている。壁の木目がやたらと細かく見える。


「はい、もういいよ」


振り向くと、舞子はデニムの短パンに履き替えていた。


が、トレーナーはさっきのままだ。


「今日はそれ?」


「うん!好きなんだ、タキシードサム。可愛いでしょ?」


確かに、咥えタバコのに~ちゃんよりずっといい。

可愛くて、ちょっとだけ子どもっぽくて、それでいて妙に……舞子らしい。


◇    ◇    ◇    ◇


「お世話になりました。飛び込みなのに、ありがとうございました。」


宿代を精算して、玄関で女将さんに深く頭を下げる。

女将さんはにこにこと笑って、「また来まいよ〜」と言ってくれた。


外に出ると、空気はもう春の気配を帯びている。

瓦屋根が光って、どこかの家の庭から沈丁花の香りがふわりと流れてきた。


このまま一日が、いい一日になりますように──

舞子の背中を追いながら、僕はそんなことを思っていた。


僕達は車に乗り込むと、すぐそこの金毘羅さんの門前町へと向かった。


「んー、どこも高いなぁ」


と僕が道沿いにあるいくつかの駐車場を通り過ぎながら呟くと、舞子が一軒のお土産屋さんの前の駐車場を指さした。


「ね、あそこ、無料って書いてるよ!」


「あー、その下の小さい字見て。『当店で2000円以上お買い物のお客様』ってなってるやろ?買い物せえへんかったら普通に料金かかるねん」


僕が説明すると、そんなこと知ってたとばかりの顔で舞子がこちらを見た。

前髪がぴょこんと跳ねている。


「おみやげ買えば良いんでしょ?私、お父さんとお母さんにお土産買おうと思ってるし、どうせ買うんだからついでに駐車場ただになるなら良いじゃん」


もっともだ。

どうも僕は、「観光地の一見客相手のぼったくり商売にやられてたまるか」と、変に身構えていたようだ。

舞子はもっと自由に、自然体で、眼の前の門前町を受け入れていた。


「すみませーん、帰りに買うんで、車停めていっていいですか?」


そう声をかけると、店のおじさんが


「かまんで。よっけええとこあるけんね。ゆっくり見て来てな。」


と返事してくれた。

僕はその店の駐車場に車を停めて降りた。

少し先から、長い階段が続いているのが見える。


「ね、それ何かな?」


舞子の視線の先を見ると、木でできた杖が、陶器の傘立てにたくさん立てられている。

お店のおじさんが出てきて、


「その杖はサービスやけん、好きに使うてかまんで~。帰りに返してくれたらええけんね。

あれなしじゃ、階段のぼるんち、けっこうしんどいけんな~」


そう言って渡してくれた杖は、年季の入ったものだった。

舞子は「やったー!」とでも言い出しそうな勢いで受け取って、すぐに手に構えた。

どう見ても昨日までインフルで寝てた人間じゃない。

去年新作が出たドラゴンクエストの勇者みたいだった。


僕も一本。

「では、行ってきます」とおじさんに会釈して、石段に向かう。


序盤は余裕だった。

僕は高校時代、花園一歩手前まで行ったラグビー部のレギュラー。

体力には、まあまあ自信がある。


……はずだった。


百段も登らないうちに、太ももの裏がピキピキと鳴りはじめる。

息が、少しずつ上がってきた。


一方、舞子はというと──


「お~い!こっちこっちー!」


先をひょいひょい登っては、くるりと振り返って手を振る。

その軽快さたるや、牛若丸もびっくりである。


「こっちだって……分かっとるわ……!」

ぜえぜえ言いながら返す声は、もはや自分のものではなかった。


百段目の鳥居をくぐり、大門に着く頃には、僕は汗だく、息も絶え絶え。

シャツの背中は湿っていて、杖がなければ本当に膝から崩れ落ちていたかもしれない。


「こんなに……なまってたんか……」


高校時代の筋肉たちに、心の中で謝った。


「すまん、みんな……オレが悪かった……」


でも、何とか──本宮まではたどり着いた。

舞子は元気そのもので、境内をくるくる歩き回ったあと、振り返って言った。


「ねえ、奥の院まで行こうよ!」


げえ。


奥の院はさらに583段、トータル1368段。

体力よりもまず、精神が「NO」と叫んでいる。


「……舞子、行くんなら行ってきていいよ。僕は、ここで待ってる」


舞子は不服そうに口をとがらせた。


「え?……」


「ごめん。もう……たぶん、途中で寝転ぶ」


しばしの沈黙。

やがて舞子は、小さく「わかった」とだけ言って、駆け出していった。


舞子の小さな背中が、ぐんぐん小さくなっていく。

タキシードサムも笑っているだろう。

杖を振りながら走る姿は、もはや勇者というより魔王だった。


僕は、石段の端に腰を下ろしながら思う。

回復力が化け物みたいな女の子と、

なまった元ラガーマンとで、旅をしているのだ。


たぶん、これはそういう物語なんだ。


舞子は、奥の院へ駆け出してから30分も経たないうちに、杖を振りながら戻ってきた。

少しくらい疲れているのかと思ったら、やけに爽やかな顔をしてる。


「登ってる途中で、猫いたよ!あと、なんか景色すごかった!」


僕は黙って頷いた。体力も、感性も、どうやらもう追いつけそうにない。

やっと息が整ってきた僕の横に舞子がぺたんと腰を下ろす。


「ふう~、やっぱり上まで行くと気持ちいいね。景色、やばかったよ!」


僕たちは本宮の正面に立ち、まずはお参りをすることにした。

二礼、二拍手、一礼。

旅の無事と、ちょっとだけ、それ以上のことも願った。


「おみくじ引いていい?」


舞子がすでに賽銭箱の横の売り場に向かっている。

ああ、これくらい元気ならもう心配ないなと安心した。


「よし、大吉!」


舞子がぴょんと小さく跳ねて、にこにこしている。


「旅行:たのしい。恋愛:進んでよし、だって」


「……ふうん」


「ふうんてなに、ふうんて」


僕はごまかすように視線を外した。

階段を下りは、登りのときとはうって変わって脚が軽い。


「うわ、なにこれ、降りるって楽勝?!」


先を歩く舞子のトレーナーがふわりと揺れている。

途中、「石段や」の暖簾が目に入った舞子が、ぴたりと足を止めた。


「ねえ、あれ、甘酒って書いてある。飲んでみたい」


今の僕も、甘い飲み物は大歓迎だ。

小さな木の椅子に腰かけて、紙カップを両手で包む。

米麹の甘酒はほんのり温かくて、甘さの奥に、やさしい香りがした。


「ん?……これ、なんかほっとする……でも、お酒なんだよね?大丈夫かな?」


「アルコールは入ってないよ、米麹の甘酒だから」


「え、そうなの? じゃあお子様でも飲めるやつなんだ」


「……まあ、そういうことやな」


僕の声は少し鼻にかかっていた。生き返った感じだった。


すっかり足取りも軽くなり、残りの石段も軽快に下り、ふもとの駐車場まで戻った。

杖を借りていた土産物屋さんで「ありがとうございました」と言って返すと、店のおじさんが「お疲れさん、ゆっくりしてってな」と笑ってくれた。


店の中には、定番の金刀比羅みやげ──

灸まん、しょうゆ豆、木彫りの犬、そしてなぜか小さな金色のスズが鈴なりに並んでいた。


「わ!なにこれ可愛い!」


舞子が声を上げる。

ぽかんと口を開けた台形のおまんじゅうが並んでこちらを見上げていた。

一般教養の民俗学の教科書で見た、カリビアンブードゥーの交差点と扉の神を可愛くデフォルメしたようだ。


「名物 かまど」


と札が出ている。


「……なんか、“話しかけてきそうで話しかけてこない顔”してない?」


舞子が真顔で言う。


「夜中の廊下にこれ置いてあったら、めっちゃ怖いな」


舞子は笑いながら


「これ、お父さんとお母さんとおばあちゃんのお土産にする!」


と言って3箱買った。


駐車場代はこれでチャラだな、とかせこいことを考えながら、


「あ、そうや。僕も嵯峨のおばちゃんにお土産買ってくわ。この前ぶぶ漬けで世話なったし。」


僕は和三盆の干菓子の箱を手に取った。


「わさんぼん?それ何?」


「讃岐地方でとれる高級砂糖菓子やねん。砂糖やのに、口に入れたら涼しくなる、不思議なやつや」


と言って、試食用にプラスチックケースに入っていた小さなかけらをつまんで、舞子の口に入れた。


「わ!美味しい!本当に口の中がすーっとする!私、おばあちゃんにはこっちにする!」


ということで、「名物 かまど」と、和三盆のお干菓子を2箱ずつ手にして、改めて土産物屋のおじさんにお礼を言って車を出した。


◇    ◇    ◇    ◇


「あ~楽しかった!そんで、お腹すいた!」


舞子が元気に叫ぶ。

もちろん僕も、朝ご飯はとっくに消化し尽くしてお腹はペコペコだ。

今日行くうどん屋はもう決めてある。


「舞子、今日もまた地図見てくれる?」


そう言って道路地図を舞子に渡す。


「行き先はね、まんのう町大口、いちぜろいちぜろ。あ、ただ、一つだけ気をつけて。山の反対側に行っちゃうと道ないから。たしか最後は左に山に上がっていったと思うから、その道があるとこに案内して」


「任せて。じゃ、まずはここ出たら右に曲がって、県道208号線をずーっと走って。」


「この先で国道319号線に自然に合流するから、そのまま道なりで。」


相変わらず舞子の案内は的確だ。


「次の、『追上橋西』っていう信号を左折。」


「あ、ちょっとスピード落として。うん。そこで右入って。そしたら踏切渡って、ちょっと行ったらすぐに、さっきハルくんが言ってた、山の上に上る道がある」


目的地には15分程で着いた。

突き当りに大きな駐車場があり、奥に、煙突のついた古い工場のようなスレートの屋根の建物がある。

脇の屋根の下には、これでもかと薪が積み上がっている。

入口の前には懐かしい海の家みたいなテーブルと椅子。

その上に、「うどん やまうち」と書かれた、年季の入った白い看板が掲げられている。


店の中に入ると、厨房にある薪のかまどと、その上でグラグラと沸き立つ大釜が目に入る。


「かけの特大、ひやひやで」


金毘羅さんの階段で全てのカロリーを消費した僕が注文すると、舞子は不思議そうに


「あれ?昨日のお店と同じ?あそこだけって言ってなかった?」


と訊いてきた。


「この店は、昨日の宮武さんで修行した人が独立して作った店なんやって。だからほら、そこの天ぷらも」


「あー!私の顔より大きいゲソ天!」


「同じお店から仕入れてるらしいよ」


「じゃあ、私も今日は──んー……かけの大!あつひやで!」


「あと、ゲソ天も貰いますね」


丼によそってくれたうどんと、皿にゲソ天を2本乗せて、会計カウンターでお金を払う。


「はい、全部で590円ね」


またもやの値段に、思わず財布を二度見した。祇園のうどん屋なら、ひやかしの客扱いされる金額だ。


「いただきます!」


生姜を自分で摺り、一味を少し振って、舞子と同時に割り箸を割る。


「わ!柔らかい!」


舞子が声を上げる。

ここのうどんは、麺が少し細くて柔らかい。

それでいて、噛むとしっかりと押し返してくる腰は、やはり讃岐うどん。

火力の強い薪の大釜の威力だろう。


昨日と違う柔らかいうどんに感動しているのか、気がつくと舞子はまた喋らなくなっていた。

ほっぺたがパンパンに丸く膨らんでいる。


うどんをすする、つゆを少し飲む、ゲソ天をかじる、うどんをすする、…無限ループだ。


「は~!!!」


大盛りを一気に食べ終え、舞子が息をついた。


「美味しい!美味しい!こんなのが、ここの人たちの“ふつう”なんだ……」


ぽつりとつぶやいた舞子の声に、ちょっとだけ羨ましさが混じっていた。


「しかも、麺を暖かくしてつゆは冷たくとかできるって、猫舌なのに冷たすぎるのも苦手な私のためにあるようなうどんじゃん!」


舞子の大きな目が一段とキラキラと輝いていた。


◇    ◇    ◇    ◇



「あ~美味しかった!」


と舞子が満足げにシートベルトを締めた時、車の時計はまだ午後三時を少し回ったところだった。お昼にしては遅いが、夕飯にはまだ早すぎる。僕はハンドルに手をかけたまま少し考えて、こう言った。


「今日はもう、宿に入ってのんびりしよっか」


「え、もう?でもいいね。温泉とかあったら嬉しいな~」


そんな都合のいい話があるわけ……と思いつつ車を出すと、すぐに小さな手書きの看板が目に入った。


「一泊二食付 ひとり2500円」


「えっ、うそ……今の見た?!」


「見た!泊まろ!」


まるで駄菓子屋を見つけた子どものようなノリで、僕たちはその矢印に従って脇道へと入っていった。すぐに、昔ながらの瓦屋根の平屋が見えてきた。玄関には「民宿 川西」の小さな表札があるだけ。どう見ても、個人宅だ。


「こんにちはー!」


声をかけると、縁側から日焼けした優しそうなおばあさんが顔を出した。事情を話すと、空いてるからいいですよとのこと。しかも、本当にふたりで五千円ぽっきり。


「安すぎて、逆に怖い……」


と舞子が小声で言ったが、建物も庭もきちんと手入れされており、逆にホッとするような雰囲気だった。

部屋に通されてびっくり。襖で区切られた畳の間が四つ並んでいて、僕たちはそのうちの一つをあてがわれた。まさに僕が思い描いていた“田舎の民宿”そのもの。


「わあ、なんか合宿みたい!」


舞子がはしゃぐ。

畳の上でごろりと寝そべると、小学生の頃の春休みを思い出した。


「うどん、今日も美味しかったね~」


等と舞子とだらけていると、お風呂が沸いたと声がする。


宿の奥さんが何気なくこう言った。


「お風呂は家族風呂やけん、ご一緒に入ってもろうても、かまんですよ~?」


「い、いや、順番で大丈夫ですっ!」


僕は思わず声が裏返った。舞子はくすくす笑っている。

先に入った舞子は、風呂上がりにいつものドルフィンパンツに加え、今日はモコモコしたピンクの羊が描かれた長袖Tシャツを着ていた。


「あらまあ、可愛らしいお嬢さんやねえ」


奥さんのひとことに、舞子は少し照れくさそうに笑っていた。



夕食は居間でいただいた。食卓には、大皿に盛られた焼き魚、煮物、味噌汁、漬物、そしてまたしても、しょうゆ豆。


「おいおい……」


僕が思わず声をもらすと、舞子も苦笑いしながら箸で一粒つまんだ。


「しょうゆ豆、また出たね……」


「朝も出たし、昨日の晩も出たし……しょうゆ豆、皆勤賞やん……」


味は甘じょっぱくて、やっぱり不思議な存在感がある。

絶品ってわけじゃないけど、気がつくと手が伸びてる。不思議な存在感だ。


食事を終えて部屋に戻ると、茶菓子と急須を持ってきてくれた。ありがたい。


お茶請けは、なんとあのカリブの神だった。


「しかし……金刀比羅宮、なめてたわ……」


僕は茶をすすりながら苦笑した。


「うん。ハルくん、もうちょいで倒れるかと思った」


「倒れてへんし。高校のときは花園一歩手前まで行ったラグビー部やで?」


「それ、何年前?」


「うるさいわ……」


そんなふうに他愛もない話をしているうちに、舞子が大きなあくびをした。


「あー、眠い~」


「まだ8時やぞ」


「でも眠い~……」


部屋の隅には布団が積んであったので、僕がせっせと敷いていると、舞子はもう畳の上に寝転がっていた。


「おい!舞子!布団で寝ろ!」


反応がない。


「寝るな!寝たら死ぬぞ!」


「……んむぅ……」


仕方なく、彼女の軽い身体を抱え起こして布団に突っ込み、掛け布団をかけた。


「まったくもう……」


僕も、急にふっと眠気に襲われ、そのまま隣の布団に倒れ込む。


――今日も、楽しかった。


春の夜の静かな闇が、僕たちの上にそっと降りてきた。

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