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第13話 京極舞太郎

「ハ~ルくん♡」


学食でサービスセットBのアジフライを食べていた僕の横に、気持ちの悪い声で座ってきたのはもちろんタツヤだ。


「やめろ、気色悪い」


「え?なんでや?だって”ハルくん”なんやろ?」


「うるさい」


「そんな邪険にすんなよ。にしてもこの前の親戚の…名前何やったっけ?大人しくてよそよそしいかわい子ちゃん」


「舞子?」


「そうそう、マイコちゃんやマイコちゃん」


「舞子がどうした?一緒に飯食うたのに、まだ名前覚えてへんのんか?」


「それ、いつまで言い張るん?」


タツヤがニヤリと笑いながら言う。


「お前な、俺と何年の付き合いやと思てるん?保育園からやで?ハタチにして、もう15年来の付き合いなんやで?」


「それがどうした?」


「しかも、ウチの親父とお前んとこの親父も同級生の幼馴染や。お互いの友達から親戚から、みんな知ってる仲やわな?」


「で?」


タツヤが何を言いたいのか図りかねて、僕はイライラした声を出してしまった。


「ほやからな、こないだ実家で親父と会うたとき、きいたんや。『ハルヒトんとこの親戚に、中学生くらいの可愛い女の子のいる家知ってるか?』てな。」


何でこいつは、そんなしなくていい裏取りをわざわざ実家までしに行ってるんだ。


「そしたらな、親父が『知らん』て。『あそこの親戚はもうみんな成人しとる』て」


「あー、舞子は母方の親戚やから」


動揺を悟られないように、何でもないみたいな風に僕は答えた。


「いや、もうええって。俺、あの後な、女と会うたときに、その女がゴールデンウイークに軽井沢連れてけ言い出してなあ、それでやっと思い出してん」


あ、嫌な予感がする。


「マイコちゃん。ペンギンのマイコちゃん。お前が箸袋に住所書いて渡してたあの子やんけ!」


「あ、いや、その、」


「いや、何かな、初めて会うたときから、なんかどっかで見たことある気はしててん。ほんで、マイコて名前聞いた時も、なんか覚えがある気がしてん。それが、やっと分かった。軽井沢の蕎麦屋の子やんけお前!」


万事休すだ。何でこいつは、バカのくせにこんなことだけ熱心に暴いてくるんだ。


「やろ?もう正直に吐けや。」


もはやこれまで。

僕は観念して、タツヤの追求を認めた。


「うん……せやねん。」


「やっぱり!」

「どういうことか、聞かせてもらおか」


それから僕は、ある日アパートの前に突然舞子が座ってたこと、その日コタツに泊めてやったら、そのまま押し入れに住み着いたこと、本当はあんなに大人しくて引っ込み思案じゃなくて、好奇心いっぱいでいつも元気なこと、美味しいものを食べさせると面白いこと、この前しばらく京都にいなかったのは舞子と香川に旅行に行ってたこと、そんなこんなを正直に話した。


「やっぱりかー。このロリコン!」


「いや、そういう関係ちゃう!こればかりは伏見のお稲荷さんに誓って、お稲荷さんで不足やったら鞍馬の天狗に誓ってもええ!」


「やんな?それは信じるわ。だってお前の付き合ってた女、ユリカも薫子も、あと、あれ誰やったっけ?あのヨルノオトモダチ」


「香織?」


「そうそうそれ!どれもこれも、みんなシュッとして気が強そうな女ばっかりやもんな。ああいう、ほわーんとした小動物系は、お前のターゲットとはちゃうしな。マイコちゃん、怖わないもん」


正直どう答えたものかと困っていると、タツヤが続ける。


「でもあの子、正味いくつなん?まさか中学生ちゃうやろな?さすがにそれは未成年者略取誘拐やで?」


「16って言ってた。」


「ほな高校生か?」


「いや、高校は辞めて、大検取って、今はフリーターや言うてた。」


「んー、何やワケアリなんか?まさか家出少女か?」


「いや、そう言うわけやないみたいやけど。親とも連絡取ってて仲ええみたいやし」


「そうかー。何やまた、違うタイプやけどややこしそうなんと関わっとるなー。何でお前の関わる女、いちいちややこしいねん」


「いや、舞子は別にややこしくは…」


いや、充分ややこしいだろ、とセルフ突っ込みを心の中でしながら、僕はこれからどうしたもんだと考えていた。

いくらそういう関係ではないと言ったところで、16歳の女の子、しかも舞子みたいな子供っぽいけど可愛い女の子と一緒に暮らしてるなんて皆に知れたら…


「ま、ええわ。正直に認めたお前に免じて、これは俺の胸の中だけで置いといて、もし他の奴らにマイコちゃんの存在知られたら、親戚の子で通したる。」

「幼馴染の俺が親戚や言うたら信ぴょう性もあるやろしな。」


タツヤ、おおタツヤ、バカだけどいいやつ!


「ひとつそれで頼む」


「てことで、今日の昼メシごっそさん!」


タツヤが笑う。

お安いご用だ。

スペシャルセットでも何でも食べてくれ。


◇    ◇     ◇    ◇


「あ、中田さん!やっと見つけた!」


スペシャルスタミナ定食を食べ終わったタツヤと、食後の一服に火を点けた時だ。

声の主は、広研の一つ下の後輩の織田だった。


「おう!織田!久しぶり!」


僕がそう言うと、織田はちょっと唇を尖らせて捲し立てた。


「久しぶり!じゃないですよ!ええ加減顔出して下さいよ!新入生向けのミニコミ誌、あれ、新入生獲得のための大事なやつなんですから!企画部長いはらへんかったら、編集会議も進みませんわ!」


そうか。もうそんな時期か。


広研では毎年、4月に入ってくる新入生向けに、B5サイズのミニコミ誌を作っている。

ページ数は16ページ、または20ページ。

流行ってる雑誌をパロディにして自分たちでデザイン・撮影し、中は編集記事と学校周辺の商店や飲食店に協力してもらった協賛広告だ。

キャンパス案内、学食の案内、ちょっとふざけた「同志社の掟」、広告研究会の紹介なんかは毎年定番だが、それ以外の企画記事ってやつがある。


このミニコミ誌を作ること自体で、広研メンバーが出版の流れや、デザイン、編集、ライティングなどの実制作作業の他、媒体は広告で成り立っていることを実体験として学ぶと同時に、

新入生に「こんなにお洒落で楽しいことやっています」とアピールすることで新入会員を増やそうという、年に一度の大事な行事だ。

実際僕も、元々広告業界志望ということもあったが、入学式の後に「JJ」のロゴと表紙そっくりに作られた「DD」というミニコミ誌を手渡された事がきっかけで興味を持って広研に入ったのだ。


更にこの時期、就職活動で半引退する4回生に変わって、新3回生が新執行部となり、会長はじめ役職に任ぜられる。

まあ、言ってみれば学生のマスコミごっこなのだが、そういうわけで僕の手元には「企画部長」という名刺の箱がやってきた。


例年3月になるとこのミニコミ誌の企画から編集会議がはじまるのだが、呑気に舞子とうどんなんか食べてた僕は、すっかり忘れていて、ボックスに顔すら出していなかった。


「あー、ごめんごめん。申し訳ない!ちょっと色々忙しくてな」


「色々ねぇ…」


横からタツヤがニヤニヤした顔でチャチャを入れる。


「で、どうするんですか?もう明日くらいには企画決定して走り出さんと間に合いませんよ?」


織田の言う事はもっともだ。


「分かった分かった!よし、明日編集会議招集や。俺はお詫びに、皆が納得する面白い企画持って行く!」


「ホンマですよ!?また逃げはったら、それが大原越えて途中まででも追いかけますよ?」


「そしたら琵琶湖まで逃げ切るわ」


「やめて下さい」

「とにかく、頼みましたよ!」


織田はプンプンしながら去っていった。

はてさて、どうしたものか。

明日までか…。

舞子と遊んでる間に、春はしっかり動いてたらしい。


◇    ◇     ◇    ◇


「ハルくん!噴いてる!」


舞子の言葉で我に返った。

晩ごはんに、これまた舞子が 「美味しいの食べたことないし、好きじゃない」 という肉じゃがを、某グルメ漫画の主人公のごとく「かわいそうに、本物の肉じゃがを食べたことがないんだ。今度うちに来て下さい、本物の肉じゃがをご馳走しますよ」とばかりに作っていたんだった。

ミニコミ誌の企画を考えて入り込んでしまっていた僕は、すっかり上の空だった。


改めて、僕は肉じゃがの製作にかかった。


噴いてしまった分だけ水を足した手鍋を再沸騰させ、水で丁寧に洗った昆布と、どっさりの鰹節を放り込む。

煮込みすぎないように気をつけて、別の手鍋に出汁を濾して、日本酒を少々。

さっきの手鍋を軽く洗い、ごま油を熱して牛肉を炒めて、色が変わったらじゃがいもと人参、薄く切った玉ねぎを投入して一緒に炒める。油が回ったら出汁を注ぎ、時間差でと結びしらたきも入れる。

砂糖は最初からたっぷり目に入れて、少し煮立ったら塩も追加して味見して調整。

醤油をいれる前のこの時点で、「うま」という味にしておくのが大事だ。

絹さやは、別でさっと茹でて置いておくのが僕の流儀だ。

じゃがいもよりも固い人参に竹串を刺して火の通りを確認し、醤油、仕上げにみりん。

味見をして塩で整えたら、器に盛って上に絹さやを芸術的に配すればできあがりだ。


「山岡はん…なんちゅうもんを…」


いつの間にか京都の豪商になっていた舞子が器を覗き込んで声を掛ける。

そう言えば、僕の本棚の漫画をよく押し入れに持ち込んでいる。

どうやら最近8巻を読んだようだ。


「さ、どうぞ召し上がって下さい。本物の肉じゃがです。」


テーブルに、肉じゃが、わかめと豆腐の味噌汁、きゅうりの酢の物、そして真っ白に輝くご飯を並べる。

ちなみにコタツは最近暖かくなってきたので片付けて箱に入れて実家に送った。

押し入れが舞子の巣になっているから片付けられないのだ。


舞子は疑わしげに肉じゃがを見つめている。


「ええから食べてみ?」


そう促すと、おずおずと箸を伸ばす。

さあ、さっさと食え。

そしてあのセリフを言え。


「え!?うま!なにこれ!?」


よし。

僕は心のなかでガッツポーズをした。

勝った。


そこからはハムスターモード発動、

肉じゃが、ご飯、酢の物、ご飯、お味噌汁、ご飯、肉じゃが…

「なんちゅうもんを食わせてくれたんや!」と涙を流す余裕もないようだ。

ほっぺたが真ん丸に膨らんでいる。


僕も舞子と一緒に肉じゃがの大皿をつつきながら、頭の中ではずーっとなにか面白い企画はないか考えていた。

でもダメだった。ありきたりな企画しか浮かばない。


「ふぅ~!ごちそうさま!美味しかった!これなら至高の肉じゃがにも勝てるよ!」


食べ終わった舞子にほうじ茶を出しながら、どうやら僕は上の空だったらしい。


「ハルくん、どうしたの?今日、なんかずっとボーっとしてない?さっきもお湯噴きこぼしてたし」


そういう舞子に、僕は簡単にミニコミ誌の話を説明した。


「ふ~ん。面白そうだね。」


ほうじ茶を口に運ぶ。


「あ、こういうのどう?京都の学生向けの定食屋紹介するの」


「う~ん、それもう去年やったしなあ…『烏丸今出川定食めぐり』ってタイトルで。」


「ううん、学校の周りだけじゃなくて、京都のあちこちの定食を紹介するんだよ。」


「え?でも学校の周り以外需要なくない?」


「多分ある。私もそうだけど、京都に初めて来て住み始めた人って、京都のことあちこち知りたいんだよね。そしたら、自転車でもバスでも乗って出かけるし、美味しいものあったら食べたいし、新入生でもそういう人多くない?」


確かに舞子の言うことに一理ある。

舞子も、僕が学校やバイトでいない時には、1人で自転車に乗ってあちこち探検してるみたいだし。


「名付けて、『京の定食いただきます!』、どう?」


「うん、ええなそれ。ありがとう!明日編集会議で言うてみるわ」


「やったー!ハルくんの役に立った?」


「うん。めっちゃ立った。ご褒美にこれをあげよう」


僕は冷凍庫から、この前高島屋の催事で売ってた、大阪の「北極のアイスキャンディ」を出してきて、舞子に1本渡した。


「あ、これ、子供の頃欲しかったのに買って貰えなかったやつ!」


大喜びだ。

よかった。


◇    ◇     ◇    ◇


舞子の考えた『京の定食いただきます!』企画は、編集会議で好評だった。


「ほな、そのページ、中田、お願いするな!」


新幹事長になった高木が言う。


「え?俺ひとり?」


「おう。お前がサボってたおかげで進行遅れてて、みんなカツカツやねん。協賛広告の枠もまだ売れ残ってるし」


どうしたものか。

特集ページは見開き必要だ。

レイアウトで誤魔化すにしても、見栄えを考えると少なくとも10軒くらいは店が必要だろう。


「分かった。ただ、ロケハンするのに、試食する予算、この雑誌単体の予算やなくて広研の運営費から出るか?あと、ひとりやとさすがにキツいから、学外の友達に手伝ってもらおうと思うけど、そいつの分も。」


高木は最初難色を示したが、背に腹はかえられない事を説明して、何とか「上限1万2000円、あとは自腹で」という条件で認めてくれた。

学生のごっこ遊びにだって、納期厳守は守られなければならない。

ひとつ業界の勉強になった。


そして、当分の僕と舞子のメシ代がタダになった事も密かに喜ばしい事だ。


「やったー!」


ことの顛末を説明すると舞子は踊り出した。

膝を叩き、胸を叩き、天を仰ぐ。

オールブラックスのハカみたいだ。


「何その踊り?」


「この前、ハルくんがいない夜に、深夜にKBS京都見てたらラグビー始まって、ハルくんラグビーやってたって言ってたから見てみたら、黒い服のチームの人が試合前に踊ってたの。これ。」


まさかのハカだった。


◇    ◇     ◇    ◇


こうして、舞子と僕の京都定食屋巡りが始まった。

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