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第11話 男女7人春物語

「ハルヒト、この頃ホンマに付き合い悪ない?」


深夜シフトのバイト明け、上がってそのまま客になり、モーニングを食べているときタツヤが言った。


「そう言えばそうやな、ここ2ヶ月ほど。」


マサキが言う。

マサキは、佛教大学の学生で、店から近いこともあって週に3回くらいこの店にバイトに入っている。

ただしここに入るのは平日だけ。

三条にあるブリティッシュパブと掛け持ちで、週末はそちらがメインだ。

オーティス・レディングを崇拝しているらしく、短く切りそろえた髪に口ひげを蓄えた姿は、なるほどブラックミュージックの歌手のようで、ちょっと日本人離れして見える。


「そういや最近、OBチームの練習にも来てへんやんけ。三品先輩が『中田はどうしてん!?』って怒ってたぞ」


ヒロくんも続ける。

ヒロくんは高校時代のチームメイトで、一緒にスクラムを組んだ仲だ。

高校ラグビー部のOBでチームを組んで地元の社会人リーグ(といってもBリーグだが)に参加し、年に何回かの大会にも参加している。

もちろん僕も。

金毘羅さんでは不覚を取った僕だが、なぜだかラグビーボールを持っているときだけはいくらでも走れるという妙な体力を持っている。


「女か?女やな?」


「そうなんか?でも、確か外大のユリカとは去年の秋に別れたはずやし」


「そうそう。その後のお嬢様、えっと誰やったっけ?秋から付き合ってたホラ」


「薫子な。あの子も、正月に串本でタクシーで帰ってしもてから連絡も取ってへんって言うてたよな?」


3人が口々に勝手なことを言う。


「新しい女でもできたんか!?言え!?」


とタツヤが詰めてくる。

こいつはこういう事になると異様にしつこい。しかも勘がいい。

どう答えたものかと思い、僕はとっさに


「ペット。そう、ペット飼い始めたねん、2ヶ月くらい前から。ほやから世話せんとあかんし。」


と答えてしまった。


「ペットぉ!?お前そんな趣味あったか?」


「何の動物や?夜遊びもずっと来られへんペットて?」


更に尋問が続く。


「あ、うん。えーっと…」


僕は一瞬考える。


「ハムスター。そう!ハムスター飼い始めたねん。知ってる?ハムスターって油断したらすぐ死んでまうねんで?」


「ハムスター!?」


「でもお前、そう言いながら先週ずっとおらんかったやん」


「そうやん!先週、店の高校生の子らがマハラ連れてって言うからハルも誘おうとしたのに、電話しても出えへんし。」


そう。先週僕は、舞子と讃岐うどんツアーで香川にいた。


◇    ◇    ◇    ◇


高松港から、再び宇高連絡船に乗ったのは、そろそろ日が西に傾き始めた頃だった。

舞子は骨付鳥とおむすびでお腹いっぱいでもう何も入らないと言うが、僕はせっかくなので、「さよなら」の挨拶に甲板のうどんを食べた。

やはり、香川に上陸して食べたうどんとに比べたら格落ち感は否めないが、それでも、旅の締めくくりとして、しみじみと心にしみた。


「ハルくん、よくそんなに食べられるねー」


舞子が笑う。


やがてフェリーは宇野港に着いた。

国道30号線、早島インター、真新しい山陽道、来たときとは逆の道のりを、東に向かって走る。

京都まで、大きな渋滞や事故がなければだいたい5時間から6時間ちょっと。

上手くいけば夜10時台には帰れるだろう。


♪あなたは素敵なDOWNTOWN BOY

♪不良のフリしている


カーステではユーミンが歌っている。

一緒に歌いながら、ご機嫌なドライブ。


舞子も、来る時には見られなかった車窓の風景を楽しんでいる。


しかし。


宇野港を出発して3時間ほども経った頃から、猛烈な眠気が襲ってきた。

まだ夜の8時だと言うのに。


「舞子ごめん、ちょっと次のパーキングで停まる。このままじゃ事故る」


「え?大丈夫?」


「あと3キロちょっとやから」


「うん。私、なんかしようか?


そう言って舞子が、左手の親指と中指で自分の頬を下に引っ張り、その間から入れた右手の薬指で鼻を押し上げて豚鼻にしているのが、横目で見えた。


「ぶ。」


「あ、ウケた!」


「ありがとう。眠気ちょっと覚めたわ。パーキングまで頑張れる」


やがて「加西」というサービスエリアの看板が出てきた。

減速しながら進入路を進み、小型車用の駐車場へ。

トイレに行って、コーヒーでも飲めば、眠気も覚めるはずだ。


「ねえ、ちょっとお腹空いてきた」


舞子が言った。

僕は、フェリーでうどんを食べたのだが、別に食べろと言われたら普通に食べられる。


「じゃ、ここで食べようか。休憩がてら。」


「うん!」


白い壁に赤い装飾が、オレンジ色のライトで浮かんでいる。

僕達は建物の中に入り、フードコーナーの券売機を探した。


「あ、あったよ。なにする?」


舞子が言う。


「う~ん…」


どうしようかと思った時、券売機の横の安っぽい手づくりのポスターが目に入った。


「名物!かつめし」マジックの文字の下には、皿にご飯、その上にビフカツ、そして茶色いデミソースのかかった写真が貼られている。


「舞子、これにせえへん?美味そうやん」


「ハルくん、さっきうどん食べてたけど、こんなガッツリした感じなの入るの?」


「大丈夫!ラグビー部!」


「じゃあ私もそうしよ!」


僕は「かつめしダブル」舞子は「かつめし」のボタンを押す。

こんなときでもついダブルにしてしまうのが、体育会系の性である。


「128番、129番のかつめしの方~!」


カウンターから声がする。

トレイを受け取り、スプーンとフォークを取り、席に戻る途中の給水機ですっかり表面の曇ったプラスチックコップに水を入れる。


「いただきます!」


2人で手を合わせる。


名物だというかつめしは、まあ何と言うか、可もなく不可もなくという味だった。

高速のパーキングだからまあこんなものか、街なかのお店で食べたらもっと感動するようなかつめしに出会えるんだろうか、などと考えながらも、僕はダブルをあっさりと胃に収めた。

舞子も同じような感想らしく、今回は「うま!」も「なにこれ!?」も出てこなかった。

それでも、普通に美味しくはあったので、2人共完食し、「ごちそうさまでした」と手を合わせる。


ただ、やはりダブルはやりすぎだった。

お腹がいっぱいだ。


そして、これが良くなかった。

コーヒーを買って車に戻ると、パーキングに入る前以上の睡魔が襲ってきたのだ。


「舞子、ごめん。せっかく休憩取ったのに、お腹がいっぱいになりすぎてものすごい眠気が…」


「えー!」


「このまま運転したら、多分居眠りで事故って2人で仲良くあの世行きかも」


「それはダメだよ!」


「やんな」


「じゃ、今日はここで寝る?後ろの私のスペースで」


いつから僕の車の後部がお前のスペースになったんだ?と思いながら、僕は「うん」と答えた。

もう限界だった。


シートを乗り越え、クッションの海にダイブする。

横たわった瞬間、ビッグ・ウェンズデーみたいな眠気の波が襲ってきて、あっという間に僕は眠りの底まで沈んでいった。


次に僕が目を開けたのは、車の外がすっかり明るくなった朝だった。

どうしたんだっけ?あ、車で寝たのか。

舞子のスペース占領しちゃったけど、舞子は…


と、僕の胸のあたりに、舞子が鼻先をちょこんと付けてすーすーと寝息を立てていることに気づいた。

いつの間にか抱き合うような形で寝ていたようだ。


僕は舞子を起こさないようにゆっくりと、左腕を舞子の首の下から抜く。


「ん…んにゃ…あ、ハルくん、おはよ」


やはり起こしてしまった。

それがなんだかおかしくて、2人で笑いあった。


◇    ◇    ◇    ◇


あの、パーキングの朝の舞子は可愛かったな、等と考えていると、


「おい!ハルヒト!何ニヤニヤしながらボーッとしとんねん!そろそろ眠いし帰るぞ!」


というマサキの声がする。

僕はワタワタと用意をして席を立ち、会計をした。


「今度、俺にも見せてくれや、そのハムスター!ほなな!」


タツヤが意味ありげな顔を見せて、ソアラに乗り込む。

僕は自転車で東へ、出町柳のアパートに向かった。


◇    ◇    ◇    ◇


「ハッルヒットくん、あっそぼー!」


そんな声が僕のアパートの扉の外から響いたのは、その週の土曜日のお昼前だった。

小学生の夏休みに、クワガタ捕りに誘いに来た時のタツヤと全く同じ口調だ。

コーヒーを飲みながら、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の世界に没入していた僕は、軽く舌打ちをして本にしおりを挟み玄関を開けた。

案の定タツヤだ。


「どうしたん?急に?」


「ハムスター見せて!」


「え?」


「ほやから、ハムスター見せてや!」


そう言いながら、無遠慮に部屋に上がり込んでくる。

こいつは昔からこうだ。

こっちの都合なんかお構いなしに家にやってきては、自分の興味を優先する。

しかし今はそんな状況じゃない。

もちろんハムスターなんかいない。

猫もモルモットもカピバラもいない。

どうしたもんか?


と、そこに


「ただいまー!今日も忙しかったー!」


と舞子がホテルのモーニングのバイトから帰ってきた。タツヤがニヤリと笑う。


「あ、え、えっと、はじめまして…」


舞子は、予想外の来客が室内にいることにとまどいを隠せず、しどろもどろで挨拶をした。


「は・じ・め・ま・し・て!ハムスターちゃん」


タツヤは不敵な笑みを浮かべてそう言った。

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