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死んでもいいからキスがしたい  作者: Anzsake
エリンジウム
9/50

1.8

愛里ちゃんに告白をしよう。地は固まった、何も恐れることはない。そんなわけはない。緊張はするし、失敗するのは怖いのだ。

花とか用意するべきだろうか?どのタイミングがベストだろうか?休み時間の空き教室で期末試験の勉強をしている彼女の顔を見ながらいつも以上に頭を悩ませている。

こういう時、普通ならどうするのだろう。不思議そうにこちらを見てくる彼女の顔を見てる時、「そういえば小説」と思い出す。彼女は恋愛小説を読んでいた。そういうものにヒントが隠されてるのでは無いだろうか。


その日の放課後、一人本屋に立ち寄った。漫画などもあまり買わないから一人で来るのは久しぶりかもしれない。棚の上に書いてある「恋愛」のコーナーに立ってそれとなくタイトルを見ていく。

周りに男性は居ない。その疎外感が何となく鬱屈でタイトルを探す視線がブレる。

ふと目に止まったタイトルを一冊手に取り足早にレジに向かう。買う時もなにかやましい物を買ってる気がして気が気でない。店員と目は合わせられないし、もちろんブックカバーもしてもらった。

帰り道にある花屋の前で一瞬立ち止まる。さすがに花は邪魔かな?と思って素通りしようと思ったが、興味本位で覗いてみる事にする。殺風景な空き教室に何か置くのも悪くないのではと思ったのだ。

店内の草花の匂いがこの店の世界を確立している。花屋とかパン屋とか、そういう店特有のその部屋の世界観は惹かれるものがあるなと思う。

店員のお姉さんが笑顔で近寄ってきて

「何かお探しですか?」

と聞いてくる。決まっているのならスラスラと言えるのだが、こういう時咄嗟になにか言えないのが難儀なものだ。

「えっと、その…好きな子との部屋に、なにか置きたくて」

ありのままで話したつもりだったが、店員の明らかなニヤケ顔に、この言い方では同棲カップルの話にならないかと言う疑惑が出てきて咄嗟に付け足す。

「…部室に置きたいんです!」

まぁ結局、僕が好きな子との空間に花を置きたいと思う可愛らしい男の子である事には変わらないので、楽しそうな女性店員にそれとなく聞きながら、「エキナセア」という花の小さな鉢を買う。数本のピンク色の花の鉢だ。

それともうひとつ、個人的に目に止まった「エリンジウム」という紫の花を小さな鉢で購入する。

女性店員の暖かい目に見送られて店を後にする。なんだか恥ずかしいが、不思議と悪い気はしない。


家に帰って本を開く。小説は普段読まないし、恋愛小説なんて…と思ったが意外とサクサク読める。なにより、主人公の男の子の恋愛模様に共感を覚えてからはページをめくるのが止まらず、気づいたら夜だった。だが肝心の告白シーンはなんというか曖昧で、「好きだ好きだ」という間にゴール。と言った具合だった。それで良いのならそうなのだが、僕は何となくソワソワしてしまうので、自分なりになにか言葉を捻り出そうとする。紀章先輩の力は使いたくなかったし、多分本人も「そこはお前の言葉で言わないとな」とか言いそうだ。いや言う。


翌朝の登校はいつもより早めだ。最近は部活の朝練にも顔を出していない。(休み時間に汗かきなのが嫌なので)片手にビニール袋を下げて、そそくさと空き教室に入る。空き教室は誰かが掃除している感じはしていないが、あまり派手に置くのは良くないので教室後ろのロッカーの上にふたつ並べる。朝日が当たり色がより綺麗に見える。こういうのも悪くないなと思う。水は専用にペットボトルで貯めてきてやるつもりだ。

別に空き教室が殺風景すぎて嫌だった訳では無い。だが何かあるとそれだけで愛着が湧くものだ。自分のゲームと制服しかない部屋にも何か置こうかなと浮き足立って空き教室を出る。


休み時間になり空き教室に戻ると、早速愛里ちゃんが花を不思議そうに眺めている。

「あの…これ」

と不思議そうに花を指さす。

「僕が置いたんだ。綺麗かなって思って」

「そうなんだ。うん、綺麗。」

そう言ってまた花を見つめる。これたけでも買ってきてよかったと思える。花のために窓を開けて、土が乾いているので水をあげる。真剣にそれを見てる彼女が「私もなにか手伝いたい」と言うので調べたふたつの花の育て方を教える。彼女が小さなメモ帳に熱心に教えたことを写す。

久しぶりに風通しの良い空き教室で、二人ぼんやりと外を見る。まだ梅雨が明けた訳じゃないけど、もう目の前に迫る夏に心躍らせている。

ふと横を見ると、涼しい風に揺れながら彼女がウトウトしている。触って起こしてあげられないもどかしさはあるが、そんな彼女を見ていられる僕はやっぱり幸福だなと彼女を観る。

大きく揺れて慌てて目を覚ます彼女と目が合い、バツの悪そうに目を逸らす彼女の癖。風に乗せられ花の香りが微かに僕にやってきた。

浮かれて告白のことをすっかり忘れていたことは言うまでもない。

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