1.6
デートのお誘いはもう勝ち確なのでは?いやいや調子に乗ってはいけない。彼女が見定める為だろうし、何よりまだ確定してない。
「じゃあえっと…今度の日曜日、とかどうですか?」
勿論速攻OKだ。ぼくもそれまでに自分磨きをしなくては。自分磨きって何するんだ?迷ったら聞けばいい。幸い僕には丁度良い先輩が居る。
その日の部活終わりに紀章先輩に声を掛ける。
「なんだと!デート!?こうしちゃいられない。どこに行くんだ」
「秘密らしいです」
「まじ?尊いな」
とはいえ絞ることはできる。
「でも、食事は多分ないです」
先輩が着替えながら考える。むむむ、とかわざとらしく声を出す。
「僕は、自分磨きがしたいです。そのためにまず何をすればいいでしょうか。」
「素晴らしい心構えだ。流石は俺の後輩だ」
そう言って僕の背中を軽く叩く。昭和くさい動きだが、確かな信頼を感じるので悪くない。
「だが、正直言って俺から何か言うことはないかもな。見た目や性格は俺じゃなくその子がどう思うかだし」
「それはそうですけど…」
「だからお前がやるべき自分磨きは、いかにうまくエスコートするかだ。服や見た目はそのあとでいい。」
エスコートか、とはいえどこに行くかもわからないのにどうしようか。僕の思考を読むかの如く先輩が答える。
「基礎的なことでいい。車道側を歩くだとか、サッとハンカチを渡すだとか、そういうことの積み重ねだ。普段のお前を見るに、そういうのは大丈夫そうだが」
「そうだといいんですけど」
だが僕には自信がない。せめて何かこうはっきりと、一つ大丈夫といえる何かが欲しかった。そんなことを先輩に言うと
「贅沢なやつめ、そもそも自分を磨く理由はなんだ?その子に好きになってもらうためならどう磨くかはその子が決めるってもんだ。お前は磨かれる覚悟を持って挑めばいいんだよ」
磨かれる覚悟か。あまり実感が湧かないがその意見には納得している。僕がどうしたいかより、彼女がどうして欲しいかの方が大切なのは当たり前だ。
「先輩って意外と思いやりな恋愛思考ですよね」
「意外ってなんだよ」
声はムッとしているが、笑いながら先輩が答える。こういう所が、後輩から慕われる所以なのだろう。僕もこんなふうになれるだろうか。
「俺も初心の時はドキドキしっぱなしだったな。でもそういうのが恋愛の醍醐味だろ?完璧になるのはその後からでいい。そうだな、せめてお守り程度にでも」
と言うと鞄から汗ふきシートの箱を渡してきた。
「使いかけだがやるよ、今度は無臭だ」
「あ、ありがとうございます」
愛里0.2
「イマジナリーフレンド」という言葉を知ったのは中学の頃、その時にはもうお友達のことなんて顔も覚えてなかったから、大して気にもしていなかった。
だから彼を見た時、最初はお友達が戻ってきたのだと思った。冷静に「あぁ私は今寂しいのか」と自分の腹の中を見られた感覚だった。空き教室の中をふわふわと漂い、こちらをじっと見つめている。人と目線を合わせるのが苦手で、後ろめたくて目を逸らすと彼は興味津々でこちらに近づいてきた。
「なぁ?今目を逸らしたな?視えるのか?なぁ?」
怖くはなかった。でも返事をする勇気もなかった。
「…あんた、[純潔]か?めんどくさいものをつけてる」
「…え?」
再び目が合うと、彼はニコニコ笑い教室を飛びまわる。
「やっぱり聞こえてんじゃん!久しぶりの人間だ!」
「あの…めんどくさいものって?」
彼は教卓の上に座るように浮きながら、楽しそうに話した。
「あんた、何と契約させられたんだ?」
…なんの話かピンと来ないが、契約などをした記憶は無い。母は生まれつきこうだと私に説明してくれた。唯一母のみが私の発作が起きない相手だが、最近は1人で生きていくために食事は全て分けている。仕事で家に居ないことが多い母の役割を少しでも減らせるならそれで良かった。
「…してない」
「まぁお前の親かその辺だろうな。その刻印はどう見たって契約だ」
慌てて顔を触るが、彼は腹を抱えて笑う
「別に視えるものじゃねぇよ!しかしこんな世の中なのに珍しい事だね」
床に座り込んでしまった。私がやったのだろうか?それとも母?居なくなった父が?それなら父が居ないことの説明にもなるかもしれない。理由はずっと聞けてない。病気じゃないの?
「…呪い。ってやつですか?」
「まぁそんな所かもな」
「…その契約。解くことって」
「無理だな。」
キッパリと答えられると、もう何も言えない。俯くしか無かった。都合が悪くなると俯いてしまう私の癖。こんな事をしているから誰も近寄ってこない。でも今はそれでよかった。
「…私、人の体液とか、組織なんかが身体に入ると、発作を起こしちゃって…だから、人とキスだとか、抱きしめるとか。そういう事が出来ないんです。」
「…なるほど、純潔の呪いってそういうロジカルなのか」
「あの…もしキスしたら、その契約はどうなるんですか?」
「あんたは死ぬ。それで契約は終わり。契約した本人が受け取った力もそこで終わり」
「…力?」
似たようなお話の本を読んだことがあった。代償の代わりに人ならざる力を持った男の子が、それを使って好きな子のために頑張るお話。でも私にはそんな力はなくって、ただ大きな枷が付いているだけ。
「…なんで私が」
そう力なく呟いた。