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死んでもいいからキスがしたい  作者: Anzsake
エリンジウム
5/50

1.4

 雨は好きだ。窓の外が突然世界の外に思えてきて、そうすると僕は世界の全てを知った気になれる。本当は目の前の女の子のその暗雲立ち込める運命の暗闇もよく分かっていない癖に。

つられて窓の外を見る、雨は好きだ。うちの陸上部は雨の日は自由だから。放課後にこうして彼女に会いに来れる。嵐とまでは行かない大雨。これで注意報かとクラスメイトは嘆いていたが。会いたい人が居る僕にとって、休校はすなわち退屈を意味する。

「やまない雨はないんじゃない。曇らない晴れが無いだけだ。」

そう、誰かが歌ってたのを思い出す。なんて残酷な歌詞なんだろうと後になって思う。

ふと彼女と目が合う。昨日の涙を思い出しては気恥ずくなる。


「歌とかって聞くの?」


「歌は聞かないです。けど…」


そう言って彼女は携帯を取りだし、音楽をかけ始める。「ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番ハ短調 op18」と言う名前らしい。3度聞き直しても覚えられなかったので、「ラフマニノフ」だけ覚えておく。

広い空き教室に大雨に負けないように携帯のスピーカーから音が鳴る。クラシック音楽を聴いているこの時間は余計な会話を考える必要が無い。

雨は好きだ。普段は気にしない「音」を意識するから。屋根に当たる粒の音、窓にぶつかる風の音、遠い地面を流れる水の音、そんな中に静かに聞こえる2人の服の擦れる音や。ほんの微かに聞こえる呼吸音に耳を澄ます。

音楽が盛り上がる。雨音も強くなる。2人同時に外を見る。それに気づいて顔を見合う。

音を楽しむこの場所で、今日はお互いマスクを外しているから。僅かな光に写る彼女の顔がなんだか秘匿感を増していく。

雨は好きだ。空想に浸れるから。隣の美術部は今日は1人だけ絵を描いていた。この雨の中、彼は何を思い筆を走らせるのだろうか。それとももう絵の世界の中なのだろうか。そんな空想をいつか彼女と語り合ってみたいなと、そう思う。

あまりにもゆっくりな時間の中でまた彼女と目が合う。

「…この空き教室ってさ、お化けが出るって言われてるよね」

「…みたいですね」

音楽が落ち着く。雨足は強まる。

「愛里ちゃんは、そういうの信じる?」

「お化け、ですか?」

彼女が思案する素振りを見せる。意識し始めると窓を叩く風の音にも少しビクリとするが、彼女は思案を止めない。

「…お化けとなら…触れ合うことが出来ますかね。」

「悔しい」

「え?」

ふと思う。お化け同士で触れ合うことは出来るのだろうか?そうでないなら、彼らはずっとひとりぼっちだ。なんだか可哀想だが、今の僕は猛烈にお化けになりたかった。

「…他の人から見たら、僕らがお化けに見えるかもね」

彼女が小さく笑う「そうかもしれません。」


雨は好きだ。晴れを望めるから。

「…止んできましたね」

「そうだね」

音楽が最後の盛り上がりに入る。隣の部屋でガタリと音がする。マズイ、気づかれたか。

「…どうする?隠れる?」

彼女は小さく頷いて廊下側の壁にゆっくりと近寄る。あとからゆっくりと立ち上がる僕と、ドア越しに彼と目が合う。美術部の彼が驚いた顔をして走り出した。

…今この瞬間は、僕はお化けだろうか。これなら、彼女の手を取れるだろうか。それを試す気にはならなかった。

「…大丈夫、でした?」

彼女が静かに立ち上がる。僕は親指を上に立てる。

「…良かった」

彼女が携帯を手に取り停止した音楽アプリを落とす。短い公演が終わり、後片付けをする。

廊下に出て美術室を見る。彼の描きかけの絵が雨上がりの光に照らされる。その絵の中の女性と、彼はどんな会話をするのだろう。

雨は好きだ。また来るから。曇らない晴れは無いのだ。またいつか、きっと雨が降る。その時にまたこうして音楽を聴こう。それまでに、僕もお気に入りのクラシック音楽を探しておこうと、そう思った。

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