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死んでもいいからキスがしたい  作者: Anzsake
エリンジウム
4/50

1.3

放課後の校門近くで立っている愛里ちゃんに手を振る。こちらに気づいた彼女が小さく頭を下げる。


「…いいよ」

「…え?」


自分で誘っておいてなんという情けない返事だったのだろう。適当に拾い上げたカードがジョーカーだった様な気分だ。これがババ抜きじゃなくて良かった。

「じゃあ…行こっか」

色々考えた結果、高校近くの神社に行くことにした。紀章先輩の教えでもあるが、愛里ちゃんが行ったことがない、かつ近くでそんなに時間をかけない所。

「初デートは長引かせずにサッと済ませろ。長くても会話に困るし、疲れるとボロが出るだろ?自分の見せ場をしっかり作って、相手にまた会いたいと思わせるんだ。」

そう早口で言いながら、紀章先輩は僕の背中をビシビシと叩いた。

「そうだ、制汗剤、要らないか?」

        「要りません。」


いつもの空き教室じゃない場所で、愛里ちゃんと歩く。僕が前を歩いて愛里ちゃんが後ろを着いてくる。本来ならば横に並んで歩くのだろうが、彼女の体質故の配慮だ。これなら手が触れる心配も、僕の唾が飛ぶこともない。もちろんマスクはお互い付けておく。

「普段から、神社やお寺に行かれるんですか?」

「いいや、初詣とかでしか行かないかも」

「私もです。なんかちょっとドキドキします…」

初詣か、そのうち一緒に行けるんだろうか。初詣デート。楽しみだな。

街中に突然木が生い茂る場所がある。分かりやすく神社だ。調べた所、神社の周りに木がある理由は「神の宿る神聖な場所は結界を引く必要があるから」とか何とか。そんな寄せ集めのうんちくを彼女に話すと、目を輝かやかせて木を見上げる。

「…神様は、みんなと一緒は嫌なのかな」

僕の中のイメージでは人の上に神様が居たが、今そのイメージの神様が人間と一緒になるため下に降りてきた。神の降臨である。

「神様を見たら、みんなびっくりしちゃうからかもね」

「…確かにそうですね」

彼女が下を見る、少し照れているのが分かる。可愛い。

鳥居をくぐる前に一礼。彼女がつられて頭を下げる。

よく思うが、神社参拝は結構堅苦しいなと思う。ましてやこれをデートスポットに選んでいいのかと思ったりするが、先輩曰く「さりげなく作法のできる男はモテるぞ、お前も覚えろ」と言われたのでそうなのだろう。言われた通りに頭に叩き込んできた。

参道は中央を歩かない。僕たちは前後に並んで歩くので僕が気にしていれば問題ないだろう。愛里ちゃんが上を見あげながら歩く。

「凄い…」

梅雨入りの少しジメッとした空気も、神社に吹く風で少し心地よい。つられて空を見る。高い木の上は曇り空ではあるが、雨は降らないらしい。夏に神社で並んで座ってアイスを食べる。そういう青春もいいなと思いを馳せる。

「…静かで、落ち着く場所ですね。私、ここ好きです」

「良かった。夏も来たいね」

「…うん!」

手水舎の前を通る。愛里ちゃんが少し俯く。彼女がやれないのなら僕もやらない。こんな事で罰を与えるような神様では無いだろ?

本殿の階段を登りご神前に進む。奥の方に小さなご神殿が見える。「もしも明日死ぬのならリスト」のひとつが「どこかの神社のご神殿の中身を覗いてやる」だ。彼女がポッケから100円を取り出し賽銭箱に置くように落とす。そうして静かに両手を合わせて目を閉じる。

もちろん本来の参拝作法とは違うのだが、それが何だと言うのだ。僕が大事にしたいのは神様なんかじゃない。今横で分からないながらも手を合わせている彼女だ。同じようにお金を賽銭箱にゆっくりと入れて僕も両手を合わせて目を瞑る。

どうか彼女のこれからに祈る。

…目を開けて横を見ると愛里ちゃんが僕の顔を覗いていた。目が合うとニコッと笑って階段を降りていく。あぁ、良いもの見れました。神様ありがとうの気持ちを込めて一礼し彼女について行く。

「何かお願いしたの?」

鉄板のネタに彼女はキョトンとして返す。

「お参りって、神様に挨拶するものじゃないんですか?」

そう言い歩く彼女の背中を見る。僕には分からないような失望があるのではないかと勘ぐってしまう。

おみくじを引こうとそれぞれひとつずつ購入する。慎重に捲ると2人とも末吉。僕のおみくじには「恋愛:覚悟を決めれば道は開く」なんて書いてある。こういう抽象的な言葉でも、そうだと気付かされるだけの経験と憶測が僕の中にはある。

彼女の方を見ると、熱心に読んでは「ははは…」と呟いて細長く畳むのみであった。こういう時は聞いてもいいのだろうか。

境内の専用の場所におみくじを結ぶ。おみくじを結ぶ理由は「凶返し」と言い、悪運から身を守る為に神様と縁を結ぶのだといううんちくをこれまた話す。

彼女はそれを聞いて結んだおみくじを解き手元に戻した。何故かと聞くと、

「…私は、この体質を、私に「凶」だって言われたくない…ですから…」

そう細く、それでも力強く言った。その言葉の裏に込められた彼女の祈りへの失望と、自分への覚悟が読み取れて、再度この子の運命のいかに厳かな事かを恨んだ。

なんだか悲しい気持ちになり「このデートは失敗かもしれない」そう思っていたが鳥居を抜けて前を歩く彼女がこちらを見て笑う。

「…今日は楽しかった。ありがとう。」

彼女の境遇の僅かを測り知り、それでも前を向いて歩く彼女を見て、涙が出てくる。恥ずかしいけれど、それだけに彼女の事を心から思っていた。彼女が反射で手を前に出して引っ込める。ポッケから小さなハンカチを取り出し僕に差し出した。

「…あげる」

好きな子からのハンカチに喜んでる余裕はこの時の僕には無かった。素直に受け取り涙を拭いて。真っ直ぐ見て宣言する。

「僕は、君とこれからも一緒に居たい!」

彼女が周りを見ながら慌てる。僕の宣言の後、静かに答える。

「あ…ありがと…い、行こ…」

マスク越しでも分かるくらいに照れた彼女はくるりと反対を向いてゆっくりと歩き出す。

神社の方から風が吹く。鳥居を見やり「これが覚悟だ、さぁ道は開いたろ」そう心で言い放ちながら神社を後にした。

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