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3.9

山の近くの小さな町は、大通りで屋台を出している。結構な人の数なので、流石にその中には入れない…と思ったが、愛理ちゃんは布製の手袋をはめて行けますのポーズをする。

「多分…大丈夫です!」

初めこそ、何も出来ないのではとすら思っていたのだが、彼女と2ヶ月過ごして地肌に触れないなら発作は起きない事は知っていた。僕の見解では、地肌に触れたら発作(それでも医療用のゴム手袋などの薄い生地で強く触れれば起きる)、キスなどの体液接触で重症化なのではと思っている。

それでも怖いのでなるべく人に当たらない場所を選んで歩いた。彼女を見る人はもちろん居るが、その他にもドレスやバンクな服装で目立つ人もそれなりに居るので、そこまで異色では無いのかもしれない。

「…初めて来たかもしれません。颯稀くんのおすすめは何でしょうか」

食べ物は恐らく、目に見えない小さな人の組織や毛等が発作の原因だろう。全ての料理で起きるとは考えにくいが、避けられるなら避けよう。

小さい頃こそ、食べ物なんか目もくれず貰ったお小遣いをスーパーボールすくいやサメつりにつぎ込んで熱中していたが、こんなところでそれが活きるとは思ってもみなかった。横で苦戦しながら水に流される小さなアヒルを取ろうとした彼女だったが、網が破れてしまいひとつも取れずに終わってしまった。

「…難しいんですね」

落ち込んでしまった彼女の代わりに先程狙われたアヒルをすくう。その他にもイルカや可愛い水に浮かぶすくい人形をすくって、合計4つほど取れたところで網が破れた。袋に入ったすくい人形を大事そうに両手で持って彼女が笑う。

「ありがとうございます。えへへ」


愛理ちゃんがお面の屋台で立ち止まるので、一緒にお面を見る。買ったことは無かったけれど、これも縁日の醍醐味のひとつだ。色の違うふたつのキツネのお面を買った。愛理ちゃんはどう付けるか悩んだ末に普通に顔に付ける。浴衣にフードにキツネのお面はなかなかにインパクトがある。多分夜に神社などで遭遇したら子供は逃げるだろう。それを想像して一人で笑ってしまった。僕が頭の横にキツネが来るようにお面を付けると、彼女もそれに習って頭の横に付け直す。2人おそろいのお面に嬉しくなる。


飲み物を買って屋台を後にし、前によし姉に教えてもらった山の開けた場所まで歩く事にする。きっと誰の目にも彼女が嬉しそうなことが伝わってくる。

「凄く楽しかったです。本当にありがとうございます」

「また来ようね」

「はい!」

夕暮れの町は屋台に人が吸われたように人気がないが、遠くに聞こえる人の声が物寂しさを感じさせない。山道は既に舗装が終わっていて、広くなった山道には既に街灯が光を灯している。


その場所は舗装された道を少し進んだ開けた場所で、先程まで居た大通りとその奥の川が見える位置だ。ベンチ等は無いから腰を下ろせそうな場所を探す。そこそこの木が横に倒れているところを見つける。いつも持ち歩いているタオルをそこに敷いて彼女に「どうぞ」と促す。これも紀章先輩の入れ知恵だったが、愛理ちゃんはそのタオルを拾い何も敷いてない木に普通に腰かける。

「これは…必要なんです」

手袋を外した愛理ちゃんはそれを左腕に被せてこちらを見た。意図を理解して隣に腰掛けてそのタオル越しの左手に優しく手を乗せる。

「あの…この間は本当にありがとうございました。やっぱり言われるのはいつになっても慣れませんね…平気な顔が出来るくらい、もっと強くなりたいのですが」

空いている右手で頬を掻く仕草をしておどけてみせる彼女が何だかいたたまれない。

「…許せない事は許せなくていいと思うよ。それは君の尊厳の侵害だ」

…まぁ、と彼女は正面を見る。すっかり暗くなったが、縁日の灯りのおかげで彼女の顔は見える。少し笑っているみたいだ。

「…それでも私は、そんな事も許せちゃうような人になりたいんです。それが私の望む生き方ですから」

改めて彼女の姿勢に惚れ直す。自分が同じように人を許せるとは思えないけれど、だからこそ彼女の代わりに防がなければいけない火の粉は僕が受け止めようと思う。花火が始まりそうになって、慌ててポケットから石を取り出す。

「…これ、パーカーのポケットに入ってたけど」

石を見せると少し驚いた顔をするが、彼女はすぐにいつもの優しい顔に戻る。

「颯希君が持っててください。何かの役に立てば良いのですが」

「これは、何かのお守り的な?」

「正直に言うと…よくわからないんです。いつの間にか持ってて…でも、いつか必要になると言われてたんです。なのでその時は一緒に居てくださいね」

そう言って彼女が笑うと同時に打ち上げ花火が始まった。愛理ちゃんもこの石の詳細は分からないのだろう。それが分かったから良しとしよう。

打ちあがる花火を二人で静かに見つめる。夜空に広がり消えてゆく光が何だか物寂しい。

「力は、石になって初めて完成するの」

杖をついた女性はそう言った。まるで、死ぬことが前提のような。

愛理ちゃんも、死んでしまったら石になるのだろうか。そんな不吉なたらればを振りほどくために横を見ると彼女と目が合う。うれしそうに笑う彼女と、花火の色彩を反射するブレスレットの銀のせいで、僕は横ばかり見ていた。

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