3.7
終業式が終わり教室はいつもより慌ただしい。それぞれが遊びの約束を取り付けるために色んな人と話している。初めの頃こそぼっちだった僕も、やってるゲームで話す相手位は出来ていたが、自分から遊ぼうなんて言える程仲良く無いのではないかと勘ぐってしまい、自分の席に座ってただ時間が過ぎるのを待った。
「買い物に行こう」だとか、「川で泳ぎに行こう」だとか、そんな会話が聞こえてくる。別に羨ましいとかはあまり感じなかった。僕には愛理ちゃんが居るし、周りに頼れる大人も居る。ただ彼らのように友達と遊ばないだけで、やること自体は同じなのだと、そう思っている。
「なぁ、お前あの子と付き合ってるってほんと?」
突然声をかけられてそちらを向く。数人の同級生の男子がニヤニヤしながら聞いてきた。
「うん。そうだよ」
男子たちはずっとニヤニヤと笑いながらまた一本近づく。
「やるなぁ。で、どこまでやったの?」
デリカシーのない質問に、彼女の体質が重なり嫌な気分になるが真顔を意識する。
「えっと…まだまだこれからだよ」
僕の反応が楽しいのか、いちいち笑う彼らに余りいい気分にはなれない。
「嘘だぁ、校舎裏で不良にやられたって聞いたぞ?そんなとこで何してたんだ。俺にだけ教えて。な」
さらに一本近付いてこちらに顔を向ける。それらしい返しは前から決めていた。
「…2人きりになれる場所を探してて、それで不運にも救急車に乗ったんだ。だからまだこれからだよ」
男子がニヤニヤと笑う。肘で肩を小突かれる。紀章先輩とは違う、なんだか馬鹿にされてる感じが伝わってくる。
「でもよ、なんであいつなんだ?知ってるか?あいつがなんて言われてるか」
そう言って男子が許可もなく顔を近づけてくる。周りで見てる他の男子が笑う。
「…あいつ、影では反社の娘だって言われてるんだぜ」
僕はきっと嫌な顔をしてるのだろう。それを見て大きな声で笑う。
「だってそうだろ?あんなフード被ってマスクしてりゃそう思うって。実際どう?刺青はいってたりした?」
自分が立ちあがるのとほぼ同時に隣の席の女子が声を上げる。
「愛理さんはそんな人じゃないわ!失礼よ」
それでも男子は騒がしく笑う。自分の代わりに怒ってくれた女子のおかげで一瞬だけ冷静になる。愛理ちゃんはこちらを見ることなく縮こまっている。
「だっておかしいだろ?真夏にあんな着込んでたら」
彼の疑問は当然だ。だけどそれを馬鹿にするような言い方が気に食わなかった。
愛理ちゃんが席を立ってこちらを向いた。一人だけ違う色をしている彼女は、その動作に話を聞いていた全員が視線を向けた。愛理ちゃんがゆっくりとフードを取って羽織ってる上着を脱ぐ。長袖のカッターシャツの袖のボタンを外して捲り、白くて細い腕をみんなに見せた。
「…だったら、なんでずっとそんな格好してんの?おかしいでしょ一人だけ」
黙って俯く彼女に男子が近寄ろうとする。思わず声を上げる。
「彼女に近づくな!止まれ!」
男子の動きが止まった。「え?え?」とよく分からない事を言っている。この騒動に気づいたのか教室が静かになる。男子が歩きの姿勢のままで、首だけ動かして喚く。
「…おい、身体が動かねぇ!なんだこれ!」
周りの男子も、隣の席の女子も、クラスの生徒全員が彼を見る。
「…何やってんの?ウケる」
「暑さでイカれたか?」
「嘘じゃねぇって!誰か助けてくれ!!」
男子の真剣さに、次第に周りも騒然とする。僕が男子に近付いて耳に顔を近づける。
「僕たちに関わらないで」
その男子はそのまま自分の席に歩いて着席する。周りの男子が何を聞いても、その男子は何も話さずただ座っている。その時担任が教室に入って来て、みんな席に戻った。
「さっきのなんだったんだろうね?愛理さん、放課後によく委員の仕事を手伝ってくれるの。私だって初めは変な子だって思ってたけど、あんな酷い噂を言われるような人じゃないわ」
さっきの騒ぎが無かったみたいにHRが終わり、隣の席の女子が話しかけてきた。
「うん、ありがとう」
席を立って友達のところに向かう女子にそうお礼を言う。教室から人が居なくなるまで立つ気にはならなかった。あの男子も何事も無かったように教室を出ていくのを見て一息つく。
教室に残った僕は、席を立ち同じく座っている愛理ちゃんの所に近づく。
「あの…ありがとうございます…」
横に立つ僕の顔を見ずに、腕を抑えて言う彼女は、僕に顔を見せないように嗚咽を抑えていた。そんな彼女の顔を見ないように片膝を着く。
「…帰ろっか」
手を差し出して言う。直接触れないように、持ってきたタオルを手に巻く。布越しに手を包み込まれる感触があり彼女の方を見る。タオルで巻かれた僕の手を両手で包み込んだまま。彼女が俯いて必死に泣くのを堪えていた。その包まれた両手を必死に動かして彼女の掌と僕の掌を布越しに合わせる。彼女の背中にそっと触る。生地の厚いその手の先に小刻みに震える彼女の振動を感じながら、タオル越しに感じる彼女の頭の重さを噛み締めた。




