3.5
家の前に車が停る。助手席の愛理ちゃんが、窓を開けて手を振るのでこちらも手を振る。後部座席のスライドドアが開いたので中に入る。運転席の梨花さんと挨拶をする。
「おはよう颯希くん」
「おはようございます。今日はありがとうございます」
そう言って買っておいたお礼のお菓子を渡す。
「いいの?ありがとう颯希くん。じゃあ帰りも迎えに行ってあげよう」
「いいんですか?ありがとうございます」
前話した時とは打って変わって梨花さんは明るく話す。「困ったら周りの大人を頼れ」はこういう事も含むのだろうか。
しかしはっきり言って今の僕はそれ所ではない。ポッケに入れた三角錐の石を布越しに触れる。愛理ちゃんから貰ったパーカーに入っていたそれは、質感や硬さ。何より触れた時の気持ち悪さからそうだと確信している。あの時愛理ちゃんが「呪い」という言葉に慌てたのも、この石を知っているからなら説明はつく。
今はただ、何を知っているのか聞きたい。いつ聞こうかと前の席に乗ってる彼女を見ながら迷う。
…あの石は、誰なのだろう。愛理ちゃんとはどのような関係なのだろう。口の中で質問だけが反響する。こちらを見た愛理ちゃんが照れくさそうに笑い、昨日のことを思い出してこちらも恥ずかしくなる。
「気を付けてね」
そう言って梨花さんは僕たちを置いて車を出す。今になって、こんな彼女の体質でも学校に行かせたり外出を許している事がすごいなと思う。きっと他の人なら、在宅学習にしたりするのだろう。そんな事を彼女に話す。
「私がごねたのもあります。でも昔からお母さんは、死ぬのは私が先だから、あなたは1人でもちゃんと生きられるようにって、私にあまり制限はしてませんでした」
キスをしたいと言う事が、それに相反する事に彼女はどう感じているのだろうか。
植物園なんて、ちょっと前の自分なら興味すらなかった。土曜日だけれど空いていて、家族連れやご老人が多い。前に立ってる僕が2人分の入園料を払う。財布を取りだした彼女が頬を膨らませる。
「そんなに払って貰うのは、何だか忍びないです」
「親戚の仕事の手伝いをしてさ、お金は大丈夫なんだ。気にしないで」
ゲートを通るとすぐに花が広がる。雨よけの透明な天井がこの世界観を補完する。聞いていた通り、今は百合の展示がメインのようだ。様々な色の百合が一面に広がっている。
「色んな種類があるんですね」
一番手前は画像などでよく見る形の百合だ。「テッポウユリ」と言うらしい。看板に説明が書かれていて、花言葉が乗っている。白百合はその花言葉の「純潔」がよく似合う綺麗な花だ。
「純潔…」
彼女がそう口に出す。しかし、余りいい顔をしていない。
「どうしたの?」
「…いえ、なんでもないです」
そうはぐらかして、彼女は次の花を見に行く。それを見てまた、例の石を思い出す。気にはなるけど、今の雰囲気を壊したくは無かった。
少し奥にオレンジ色の花が広がる。「コオニユリ」と言う名前で、丸っこい見た目をしている。昔、山の中で見たことがある。自然でも咲く品種だと説明されている。
「なんだか、可愛らしい見た目ですね」
そう言って彼女が花に顔を近づける。自分も別のコオニユリに顔を近づけて香りを嗅ぐ。なんだか落ち着くような気がする。それでもこのモヤモヤを消すことはできそうになかった。
彼女の背中を追いながら汗を拭う。屋根があるとはいえ気温は変わらない。ベンチがあったので二人で座る。カバンから汗ふきシートを取りだして愛理ちゃんに渡した。
「ありがとうございます…スーッとして気持ちいいです」
先輩に感謝しながら僕も一枚取り出して体を拭く。
「あのさ、昨日の事なんだけど…」
そう切り出す。目が合う彼女は少し照れているけれど、僕の頭の中は別のことを考えていた。
「…僕も、君が好きだよ。ずっと、君と一緒に居たいんだ。だから」
あの石のことを教えて欲しい。そう喉まで出かかった言葉を必死に飲み込む。
「…今度さ、ちょっと遠いけど花火大会があるんだ。一緒に行かない?」
「行きたい!です、是非」
そうえへへと笑いながら彼女が言う。改まって好きだと言ったけれど、それはこのモヤモヤを誤魔化す為の方便に使ってしまった。言った後からじわじわと後悔が侵食していく。僕の喜びの顔のすぐ下に確かに溜まるわだかまりを、どうすればいいか分からなかった。
植物園にはレストランの他に、花の販売もあった。ちょうど今やっているユリも置かれている。彼女が他よりも小さなコオニユリを手に取った。
「たとえ小さくても強く咲く花。私もこんな風になりたいです」
「そうだね。愛理ちゃんならなれるよ」
もっといい言葉が浮かばないまま、ただそのまっすぐな横顔を見つめる。
レジの横に置かれたドライフラワーの髪飾りを見つける。花は茎から離れたとき、次は人の手で美しく飾られる。その時この花のなくなった小さな巨人は、何事もなかったかのように次の花を咲かせるのだろう。新しい種をつくるために。
摘み取られた花とあの石を重ねる。あの石の人物は彼女の何なのか。もしかしたらその人は、彼女の体質に関係しているのだろうか。まるで摘み取られた花の種が芽を出すように。
「後天的に手に入れた力は、その人の人生を縛り、死んだ後もこうして残るんだ」
そんな説明を思い出す。もしも彼女の体質がこの話と関係があるとするならば、彼女は一体どんな力を得るためにこうなったのだろうか。
そんな邪推をしていると、その髪飾りを彼女につけてあげたいとは思えなかった。




