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死んでもいいからキスがしたい  作者: Anzsake
エリンジウム
2/34

1.1

一瞬戸惑う。えっと…キスしたら死ぬ?

「…白血病?」

「…先生も、似ているとは言ってた。でも別物」

ちなみに白血病は別にキスをしたら移るとか、そんなことはない。今になって知ったが、彼女はそんな質問は聞き慣れているのだろう。

「なんでパーカー?」

「…フードがあれば、唾が飛んでも大丈夫、だから」

こういう時、なんと声をかけるのが正解なのだろう。言葉を選んでは飲み込む。傍から見たらネジ巻きで回転する魚を釣るあのおもちゃの魚みたいだろう。

「ご、ごめんなさい…変だよね、近づかない方が…」

「それは絶対にない!」

それだけはハッキリと言える。いいぞ僕。

「きっと、僕じゃ想像も出来ないような苦労を沢山して来た事しか分からない…でも、だから君が変だとか、そんな事は絶対に無いよ。」

彼女が少し悲しい顔をする。きっと、同じような事を言ったのに最後は見捨てた先人が居るのだろう。この胸の痛み嫉妬なんかじゃない。多分。

「…病気のこと、もっと教えて欲しいな。僕に何が出来るかは分かんないけど、君のこと、もっと知りたいから…」

そう言ってもう一度座り直す。彼女がおずおずと話し始める。

「私、人の汗とか、体液とかが身体に入るとダメなんです…発作を起こしちゃって…」

「発作が起こった経験はあるの?」

「えっと…親に内緒で外食をしてみた時、1度だけ…」

「そんなことで…」

こういう時、なんて言うのが正解なんだろう。正直今になっても正しいことを言える自信が無い。

励ますにはあまりにも苦しみが大きすぎるし、笑い飛ばすのは論外だ。今度、従姉妹のヨシ姉にでも聞いてみようかな。彼女がチラチラとこちらを見る、反応を伺っている。

「…聞かせてくれてありがとう。僕、君の事ちゃんと受け入れたい。君の…体質が許す範囲で君を、幸せにしたいんだ。」

「病気」なんて言葉は使いたくなかった。悲劇的な愛里ちゃんへの、何も出来ない僕へのせめてもの抵抗。ものすごく遠回りな僕の告白。

彼女の反応はと言えば、あまり実感は得られなかった。

「うん…ありがと…」

それだけぽつりと呟いてまた下を見てしまう。いけない、僕が話を繋げなければ…だがそんな素敵な会話デッキは持っていない。

「昨日読んでた小説、なんてタイトル?」

咄嗟に浮かんだのはそれだった。相手の好きを知ろう。愛里ちゃんのことを知りたいと言ったのは事実だ。

「えっと…[例えば]って名前の…恋愛小説なんだけど…」

彼女が少し顔を上げる、カバンから本を取りだして見せてくれる。白地にタイトルの書いてあるシンプルな表紙。

「どんなお話なの?」

「好きな男の子が色んな世界線からやってきて、女の子の前に現れるってお話…かな」

マルチバース的なお話らしい。この話はこれ以上無いので先に言っておくと中々に後味の悪い結末だった。女の子は最後、とある世界線の男の子に殺されてしまう。それを知った他の世界線の男の子がその殺した男の子に報復した結果、全ての世界線の男の子が消えてしまうという超身内による自滅物語。

もちろん読み途中の彼女も、未だ読んでないこの時の僕もそんな事は知らない。

「買って読んでみるよ。今度感想語り合いたいな。」

「…うん!あの…良かったら、私が読んだあと貸してあげる…」

休み時間が終わるチャイムが鳴る。今はそれどころじゃない。と言いたいとこだが、貧弱な僕の会話デッキではここらが丁度いい。明日までに次の話題を考えておこう。

「ほんと?ありがとう!…あのさ、明日も話しに来ていい?」

彼女が頷く。少しだけ表情が柔らかくなった気がする。お互い教室に戻る準備をして立ち上がる。自分から話に行くなんて、ついさっき性にあわないなんて言っていたくせに、今はそれが楽しい。

先に彼女が教室を出る、一緒に出て隣を歩けないチキンな僕の青臭い思案。

1人残った教室で、静寂と微かな人の匂いを感じながら、明日は何を話そうか、そんなことを考える。

お化けが居るのなら是非ともアドバイスが欲しいものだ。見えない何かを見ようと教室を見ながら、ドアを閉める。


愛里 0.1

 昔から、よく夢を見る子だった。そんな夢の中の話をよくお母さんに話しては、家事に忙しいお母さんを困らせていた。私がこんな身体に産まれてしまったからお母さんは1人で私を育てる事を決めた。

寂しくは無かった。お話してくれるお友達も居たから。

朝起きて、髪を整える。人の作ったご飯は食べられないから、お皿も食材も全部私用の物が家にはある。人の作った料理が食べてみたい。そんな事をよくお友達に愚痴っていた。

中学の時に私のことが珍しかったのか、よくからかって来る男の子が居た。すごく嬉しかった。だってこんな私の所に来て、私の知らないことを話してくれる。そんなあの子のことが好きだった。

でもあの子は、結局私なんて面白くなかったみたい。私はただ、あの子の話を聞いていたかっただけなのに。

 それからやっぱり私はずっと1人だった。小説の中の人達は、手を触れ合い、抱きしめ、唇を合わせる。それが愛し合うという事なのだと知った。

それなら私は「お前の人生は誰とも愛し合う事は出来ずに死ぬ」のだと、そう言われた気がして、なんだか涙が出て。

ただ漠然と「諦めろ」と自分に言い聞かせて高校生になった。もう他のみんなに何か言う気も無かった。直ぐにみんな離れていった。余計な希望を持つよりも、こっちの方が気が楽だ。そう思う事に慣れている自分が居た。

 夢を見た。この歳ではもう夢をいちいち覚える事なんて無かったけれど、今日はなんだか違う気がした。何かの前兆のような、スタートの合図のような、そんな感覚が起きたばかりの胸の中にあった。

でも実際は、いつもの朝、いつもの高校、教室ではしゃぐ男の子たちが怖くて、廊下で静かに話す女の子たちが怖くて、とうとう私はこの教室から逃げた。どこでも良かった。人の唾が、言葉が、視線が怖くてフードは外せないまま。ただ下を向いて廊下を歩いた。

下ばかり向いてたせいでいつの間にか廊下の端に来ていた。近くに人は居ない。美術室の奥の空き教室だ。なんで空き教室なのかは知らない。

その空き教室に彼は居た。

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