1.0
119に電話が入る。泣きそうな男の子が嗚咽しながら静かに話す。
「僕が…人を殺しました」
6月
高校生になって一緒のクラスの愛里ちゃんは、いつも一人でいて一人だけパーカーを着ている。先生が「彼女は体質の問題でパーカーを着ているんだ」と生徒に話していた。初めは興味があった周りのみんなも、答えてはくれない彼女から次第と離れていった。
僕はと言えば数人のクラスメイトと仲良くなれたと思いきや、受け身の性格が祟り、みんなは次第にもっと話しやすい他の子達のところに行ってしまった。いわゆるぼっちである。
あんまりにも居心地の悪いその教室からさっさと抜け出して、休み時間は空き教室に行く事にした。
教室から出て廊下の隅、美術室のひとつ奥のその部屋は「お化けが出る」と部活の先輩が話していた。
おかげで一度も他の人が来ない。そこそこ頭のいいこの高校に不良の概念は無いのだろうか?では僕こそが「最初の不良」かもしれない。
その日も休み時間はいつもの空き教室に向かう、廊下を進むうちは周りの目が気になるが、美術室まで来たらもう人の気配は無い。廊下を気にしながら「今日もバレなかった…」と胸をなでおろして空き教室に入ると先客が居た。愛里ちゃんだ。
彼女は静かに本を読んでいたが、ドアの開いた音でこちらに気づく。
「あ…す!すいません!!」
本を閉じて立ち上がる。
「あ!いや!!僕のほうこそ!先客が居るとは…思わなくって、ごめんね」
「そう、なんですね…あなたも、ここが好きなんですか?」
落ち着いた愛里ちゃんがゆっくりと椅子に座り直す。フードからちらりと見える髪が揺れる。
「まぁ…そうだね。僕は馴染めないというより、馴染む気がないというか…」
「…何故?」
「うーん…1人が好きなのかも?」
そう聞くと彼女は少し悲しそうな顔をして俯く。何か言いたげな顔をして伏せた後、やっぱり口に出した。
「…人と居る方が、きっと幸せですよ。」
体質のせいで馴染めない彼女なりの助言だと言うことに、この時は気づけなかった。
「…まぁ、それでも生き方を曲げるつもりはないかな。僕は僕を大事にしてくれる人を大事にしたいから。」
つまらない言い訳だ。そんな言葉に彼女はこちらを見て少し驚いた顔をする。
「そう…ですね。」
愛里ちゃんがマスクをつけながらそう言う。そんな彼女の横顔に映る少しのうれしさと寂しさが、僕の最初の恋だったかもしれない。
彼女から少し離れた席に腰掛けて彼女を見つめる。はじめは気にせずに本を読んでいた彼女も少しソワソワしだした。
「あの…何でしょうか?私の…[あの事]ですか…?」
「…何を読んでるの?」
「えっと…恋愛小説、です…」
「へぇ、どんなの?」と僕が近づこうとするのを、彼女は止める。
「ダメです!…私のびょ、体質があるので…」
目の前の彼女の顔にばかり見とれてしまって、大事なものを忘れてしまっていた。
「ご、ごめん…」
「いや、その…私のほうこそごめんね…」
美術室の方で休み時間が終わチャイムが鳴る。この教室の静寂にはそんなかすかなチャイムの音もよく響く。本をしまい彼女が静かに教室を出て行った。
…やらかした、完全に僕のミスだ。重い脚で教室に戻る。愛里ちゃんは下を向いたまま席に座ってる。何も言えず自分の席に座る。
翌日の休み時間、同じ空き教室で愛里ちゃんが座ってる。少しソワソワしていて入りにくい。廊下と空き教室を見比べてどうしようか悩んでいると、愛里ちゃんと目が合う。お互いに口をパクパクしては口ごもる。愛里ちゃんが意を決して空き教室のドア越しに話しかける。
「あの…昨日はごめんなさい。嫌な態度を取ってしまいました…」
「僕の方こそ!配慮が足りなくって!ごめっ…!」
思いきり頭を下げたらドアにぶつけてしまい頭を抑える。少し驚いた顔をしたが、ドア越しに彼女は笑った。
「大丈夫?」
「…中、入ったらダメかな?」廊下に視線を向けながら平気なふりをする。彼女はドアから離れてこちらに手招きをするから、見られてないのを確認して空き教室にはいる。二人だけの空き教室で距離を取って椅子に座る。この広い部屋のおかげで、僕は緊張せずに話せるし、彼女は[体質]を気にせずに話せる。
「えっとさ…急にこんなこと言われてもって話しなんだけどさ…僕、君のこと、もっと知りたいなって思ってて…」
恋愛の駆け引きなんてしたことない、僕の必死のアプローチ。当たって砕けろ。そんな僕の言葉の意味をちゃんと理解した彼女は少し照れながらゆっくりとマスクを外す。唇を嚙んで視線を合わせる。
「あのね…私のその。[体質]…私のいや、病気のことなんだけど」
「病気…」
反芻する。これを話すということはそれは…?
「大丈夫。どんなことだって構わない。君のこともっと知りたいし一緒にいたいんだ!」
力強く言うその覚悟が僕にはまだあったから。
「あの、ね。私…」彼女が言葉を飲み込み静かに吐き出す。
「…キスしたら、死んじゃうんだ…」