Episode 26
「お嬢様、入ってもよろしいでしょうか?」
「えぇ。」
あの手紙は本当に殿下自身が書いたものなの?お茶会の誘いまで入っていたし。なるべく行きたくないけど、あれでも一応王族だから断ったら何をさせられるかわからない。大人しく行くべきなんだろうけど...
と頭をぐるぐる回転させていた。考えるべきことが一度に降りかかりすぎて、頭がショートしかけている。
「あっ、お嬢様。旦那様から書斎へ来るようにと言伝を預かったのですが...」
お父さまの書斎か。いつも親子らしい会話もなくただ事務報告をするだけなのよね。しかも、お父さまが変に黙り込んでしまうから、重たい空気がいつも流れてしまう。でも、行かないと。
「すぐに行くわ。準備をお願い。」
もう勘当を言い渡せられるのかしら。それでもいいわ。リヴィエラやセインに相談をして担当区域に移住すればいい。でも、家の手柄重視のお父さまが指輪の所持者である私をやすやすと手放すだろうか。それでも、何があっても私は私にできる精一杯のことをすればいい。
お父さまは相変わらず、百面相で書類とにらめっこをしている。そういえば、お父さまに会うのって1週間ぶりだったけ。ひどく懐かしく感じるけど、今までも何ヶ月も会わないなんてこともあったし普通か。
「お久しぶりです。お父さま。」
とカーテシーをする。お父さまは私のことを見てもいないから、してもしなくても変わらないんだろうけど。
「あぁ。任務はどうだったんだ。」
お父さまは書類に向かって仕事をしながら聞いてきた。本当に家族なのかと疑われるほど、事務的な会話だ。私の顔を見ようともしない。やっぱり、私よりもお母さまが生きていてほしかったんだろうなぁ。
「あとから王宮でも話が上がると思いますが、」
といいかけて、周りを見る。ここにいるのはお父さまと...古くから仕えている執事長であるサムのみね。それなら、この話を聞かれても外部に情報が漏れる心配がなくて、大丈夫ね。
「魔人の魔術式が発見されました。」
「何?!」
体を机から乗り出し、やっと顔を私の方へ向ける。いつも顔にあるシワがより深まる。それもそうだ。大陸でここ数千年も魔人の欠片ですら発見されなかったのに、今回の任務で発見されたのだから。だけど、さすがにここまで大きく反応するとは思わなかったから、思わず一歩後退りをしてしまう。
本来、貴族は何事も冷静にこなさなければならないとお父さまは私に言い聞かせていた。その手前、自分の今の行動が冷静に欠いていることに気づいたのか、咳払いをして席に座り直す。
「それでどうなったんだ。」
頭を手で抑える。
「ルーク皇太子殿下が魔人の魔術式の相反魔術式を張ったため、ルーク皇太子殿下がご存命の間は王国が魔物に荒らされるといった危機にさらされることはないとのことです。」
「そうか。」
その言葉をあとにお父さまは黙り込んで、再び書類に手を付ける。書斎の中でお父さまが書類を書いている音だけが響く。重い空気がすごく漂っていて、気まずい。話は終わったのだろうか。なぜか、隣りにいるサムはため息をつくも、ニコニコとしている。この空気感の中でその表情はすごいわ。
この場から早く立ち去りたい。でも、お父様から許可を頂かないと退出することはできない。だから、私もさすがに耐えきれなくなって、一心に声を発する。
「あの...帰ってもよろしいでしょうか。」
お父さまはまだいるのか、と思ったのだろうか。私の存在を再び認知し、
「あぁ。それと勘当はないからな。それと王宮から明日大広間に来るようにと伝達が来ている。家の...」
「家の体裁を悪くしないように。ですよね、お父さま」
お父さまは大きく見開いて、私を見る。この言葉は幼い頃から何度も聞いてきた。
「あぁ、そうだ。」
お父さまは何かを言おうとして、口をパクパクと動かせるけど、再び考え込んで結局お父さまは何も発しない。それなら、と思っていると
「旦那様。思っていることは素直に言わないと伝わりませんよ。旦那様の態度だけを見ると、ラファエラ様には何一つ伝わっていませんよ。」
サムはお父さまにそう助言する。お父さまに助言を言えるのはサムだけだろう。なにせ、お父さまが子供の時からこの家に仕えているらしく、お父さまも無下にはできないんだとか。でも、どういうこと。お父さまは私のことを愛してもいないはず。それをわざわざ言葉にされるのは気が滅入っていしまう。そう思いながら、なんと言われるか悪い想像をして怯えていると、
「その...任務で怪我とかはしなかったか。」
いつもの冷たい物言いとは違って、優しい柔らかい声だった。思っていた言葉とは全く違ったことに驚いて、私は目をぱちくりする。今まで労いの言葉とか、気遣いの言葉をかけてもらったことがなかった。むしろ、注意やお前のことを愛していないと言わんばかりの皮肉の籠もった言葉しか聞いたことがなかった。だから、いつものお父さまと違ったことに少し変な気分になった。でも、不思議と嫌じゃなくてむしろ嬉しかった。
「はい。王宮精鋭の騎士たちが集まっていたので、私に怪我はありませんでした。」
嬉しくて、自然と笑みがこぼれ出る。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
少しでも気に入っていただければいいねと評価欄から評価とブックマークをお願いします。




