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体験

 家を出た俺が目指した場所は学校である。この島はあまり大きくはない、だからかとても珍しいことだがこの島にある学校は小中高一貫の学校だ。だからか、大抵の学生は高校を卒業した後は親の事業を継ぐ。むしろそれが一般的で、本土の大学に行くのはかなり珍しい部類に入る。


 もう高校2年生の2学期だ、そろそろ将来のことを考えるのも普通だろう高校を卒業してまだこの島にいるなら俺も父さんの仕事を手伝うか、受け継ぐのだろうそうすれば父さんも何の仕事をしているのか教えてくれるのかもしれない。恥ずかしい話だが俺は父さんの仕事が何なのかはよく知らないが在宅ワークか家でもできる仕事なんだろうと思う。そんなことを考えていると学校の校門前に到着した。



「想像以上に変わらないな」


 自分でもわかるぐらいに安心した声で校舎の不変を感じた。今は7月24日で夏休みの真っ最中だろうか、校舎に人気を感じることは出来ないだろうと思っていたがこんな小さい島だ、娯楽も普及していないため何人かは校庭で遊んでいる。遊んでいるのは小学校低学年から中学年ぐらいの年齢だ残念なことに俺が引っ越したのが9歳の時だから今の小学生で知り合いはいないだろう、それに遊んでいるのは小学生ばかりで知り合いが居そうな中高生の姿は見えない。どうしようかと考えているとあることを思い出した。


「確か夏休み中は校庭と図書館が解放されていたような?」


 古い記憶を頼りに校門付近にあるだろう掲示板を探す。


「お、あったあった。」


 少し錆びた掲示板を見つけ、張り出されている内容を確認する。張り出されているといっても小さい学校で階層で小中高と分けている学校だ。生徒向けへの情報はあまり張り出されておらず、主に保護者へのお知らせなどだ。そんな中目当てで会った情報を見つけ確認する。確かに図書館は開放されるようだが7月25日から8月26日までの31日間しか開放はされないようだ。今日は7月24日なので残念ながら図書館に入ることは叶わないだろう。


「あちゃー、1日早かったか。しょうがない明日また出直そう。」


 肩を落としつつも次はどこへ向かおうかと考えていたところ校庭の方から少し低い声で話しかけられる。


「真司じゃないか、久しぶりだねぇ」


 元気と気だるさの間のテンションで話しかけられる。この年齢になればたいていの高校生は第二次成長期をある程度終えている。だから声では誰かは判断できなかったがその姿を見て誰か理解できた。


「久しぶり、ママ。」


「そのあだ名、まだ覚えてたんだねぇ」


 少し困惑気に返事を続けた人物はママ。本名を真島 学(まじま まなぶ)苗字と下の名前からそれぞれ一文字とって、親しい友人はママと呼ぶ。今はもう呼ばれていないのか、それとも呼ばれたくないのか眼鏡を直し輝かせながら近寄る。眩しいな、と思いながらママは話を始める。


「まぁったく、そのあだ名を覚えているぐらいなら帰ってきたって連絡をくれてもいいと思うんだけどねぇ」


 眼鏡が輝いているからかそれともその独特なテンションでの喋り方からなのか、懐かしく独特の威圧感を感じ後ろに下がる。「お、おう。」と頷くと話が続く。


「まぁあ、せっかく帰ってきたんだぁ、変わった場所だってある。案内してやるから少し待ってなよぉ」


 喋り終えると、ママは急ぎ足で校舎へと戻っていった。



 ママが戻ってくるまで10分もかからなかった。そこからママに言われるがままに案内されて一緒に散歩をした。散歩の最中ママにはいろいろ聞きたいことはあったがとりあえずママのガイドを聞くことにしてみた。


「あそこの和菓子屋ぁ、覚えているかい?」


「あぁ、確かおじいさんがやっていてたよな」


「あそこの和菓子屋ぁ、今はお孫さんが次いでおじいさんは引退したんだよぉ」


 俺達は商店街へ向かう。本土の方ではだんだん見なくなっていった商店街もここならまだまだ現役のようだ。ママが時折、駄菓子屋の店主などの少し怪しくなった記憶の補完、現在の状態の説明も行ってくれるため懐かしさに浸りやすくなっている。


「あそこの雑貨屋ぁは、今も変わらずに家族仲良く営んでいるよぉ」


 あんなところに雑貨屋なんかあったか?と思いながら返事をする。


「あぁ、確かに昔と変わらないな」


「そうだねぇ、最近できたばっかりだけど変わらずに営んでいるようだねぇ」


 数秒の間が空いた。そして俺は思い出す、こいつはこういうどうでもいい嘘をついて俺を揶揄うのが好きだったなと、俺は少しの怒りと悔しさを表情に出してしまったらしい、ママは笑いながら続ける。


「すまないねぇ、すまない。ちょっと久しぶりに揶揄いたくってねぇ」


 久しぶりに揶揄われるのも悪くないと思ったのも事実だし、帰ってきた実感というのも出てきたのも事実だ。それはそれとしてママに対して素直には感謝できそうもない。


「さぁ、案内はこれぐらいにしてぇ、真司はどこへ行きたいんだい?」


「... ... そうだな」


 ママにそう聞かれて少し考える。俺はどこへ行きたいのだろう、学校、商店街は既にみた。俺達は昔どこで遊んでいたのだろう?そう考えると自然と答えは一つなった。


「俺は、2人会いたい。」


 自然と言葉が出た。それに対してママは驚くことなく眼鏡を光らせる、眩しくて詳しく表情を読むことは難しく、それでもなんとなくママは笑みを浮かべているのだけは分かった。


「そういうと思っていたよぉ、真司なら2人に会いたいだろうなってねぇ。」

「けどそれは難しい、正直に言って僕でもあの2人の場所は分からないんだぁ」


「え?なんで?」


 俺は予想外の言葉に思わず間抜けな声と質問が口から飛び出る。ママは話を続ける。


「そうだねぇ、商店街こんなところで話す訳には行かないから着いてきてくれよぉ?」


 一瞬、ママの雰囲気が変わった気がした。具体的な変化を問われたら俺はきっと抽象的な表現しかできないと思う、けど確かに感じ取れた確かな変化、それはきっとあの2人にとって良くない変化なのだろうと結論付けた。なら俺が取る選択肢は1つだけ


「わかった。」


 ママと一緒に歩いていく。ママと俺はどんどん人気のない場所へと向かう。しばらく歩いていくと少し開けた場所に到着した。周りを見渡してみると辺りは杉の木で囲われており、俺達が来た道以外から出入りしようとすればあっという間に迷ってしまうかもしれない。


 ママは辺りを用心深く確認する。その姿を見ることで、俺の中で彼女たちに良くないことが起きたという事実が徐々に現実味を帯びていく。額に嫌な汗が溜まる感覚がする。ママを見てみると確認を終えたのか、ぽつぽつと話し始めた。


「それじゃぁ、話そうかぁ。あの2人ぃ、草薙 眞(くさなぎ まこと)水埜 汐里(みずの しおり)の現状はちょぉっと不味くてねぇ」


「不味いって何か病気なのか?」


「病気ぃ、と言えば病気だねぇ。」

「真司、霊能化(れいのうか)って知ってるかい?」


 霊能化、本土に居たときに度々報道にて耳にした単語だ。今本土、いや世界的にこの病に掛っている。主な症状として挙げられるのは初期症状の高熱、そしてその先にある特殊な能力通称霊能(れいのう)。最近はその霊能を犯罪に使う人物たちが多くなってきていて、霊能を持つ人物=犯罪者、という印象を強く持つのが一般的だろう。しかし霊能... ...不謹慎かもしれないが個人的にはすごく興味を惹かれてしまう。


「その様子だと知っているようだねぇ」

「あの2人は2か月前霊能化してそこからはあまり人前に顔を出さなくなったんだよぉ」

「分かってくれたかなぁ?」


 俺は少し考えて、分からなかった点が幾つかあったので聞いてみることにした。


「なあ、何で霊能化して人前に顔を出さなくなったなら自分の家にいるんじゃないのか?」


 ママは黙る。何か俺は不味いことを言ってしまったのか、彼は少し険しい顔をしながら黙ってしまう。久しぶりに会ってこんな話をするのは嫌だったのだが、2人のことが心配になったのでつい聞いてしまう。


「あの2人の家ならママも知ってるだろ?、なら会いに行こうぜ?そんな様子なら落ち込んでいるかもしれないしさ」


「そうだねぇ」


 失敗した。ママは下を向きながらあまり賛成ではないことを態度で伝えるようだった。


「もし行けない理由があるなら俺一人だけで行くから」


「そうか... ...、そういう... ... ... 面 ... だねぇ... ... ...」


「なんだって?」


 余り良く聞き取れなかったから当然のことの様に聞き返した。聞き返しただけなんだ。


 ――びちゃ、びちゃ


 水音がする。どこからだろうと辺りを見渡しても蛇口もなければ水らしいものもない、ママの方を見るとママの顔から何かが垂れていた。その垂れているものは最近どこかで見た気がする。全身の産毛が逆立つ感覚がある、脳からではなく脊髄(ほんのう)から危険信号が全身に駆け巡っていくのがわかる。けどママは友達だ、彼の身に何が起こっているのか安否を確認をしたい。一歩、また一歩と彼に歩みを寄せる、どれだけ危険信号が送られようと構うものか、久しぶりに会えた友達だ、どれだけ腹が立っても大切な、大切な友達なんだ。また一歩、前へ向かう。


 ――ぴちゃっ... ...


 先ほど聞こえた水音とは少し違う音が聞こえる。例えるなら先ほどまで聞こえていた音が粘度の高い蜂蜜だとすると今聞こえるのはもっと、粘度の低い、それこそ普通の水らしい音が近くから聞こえる。


「ごめんねぇ、けどありがとう。おかげでまた学べたよ。」


 ママの口調が少しづつ、いつもの元気と気だるさの間のテンションの声から無機質で冷淡な声へと変わっていく。それに気づいたころ、脚の力が抜けていく。


「え?、あ、っ――――」


 理解するのが遅れた。自分の体のことなのになぜか理解できなかった、倒れてようやく自覚する。新しく聞こえた水音は自分の体から発せられた音であり、普通に生活できていれば聞くことは無いだろう音、血の音だ。怪我をした部分から血が体から漏れていく、傷口は熱いのに傷口から離れた位置にある足先には暖を感じることができない。ママは大丈夫だろうか、うつ伏せになって、体を動かすのもつらいがなんとか首を動かしママを視界に入れようと努力する。


「はぇ?」


 ママを見つけたと同時に間抜けな声が出る。ママを、彼を見つけ安心したから出たのではない、彼の姿を見て思わず漏れてしまったのだ。


「まだ意識があるようだね。」


 ――嫌だ。


 ママはうつ伏せになった俺を見下ろしながら、淡々と機械的に話す。


「まあ、消える前といったところだろうね。」


 ――違う、そんな訳ない。


 ママの表情は見えない。けれどママの手は真っ赤に染まっており、まるで赤いペンキの中に手を入れたみたいだ。手に反して顔からは黒い液体が垂れている。その液体はかなり粘度が高いのか一滴一滴がゆっくりと落ちていく、落ちて地面に落ちた液体は煙を上げながら嫌な焦げ臭さが鼻腔に入り込む。見覚えがあるこの液体は、最近必ず見たんだ。


「頑丈な体に生まれてよかったね。それじゃあ、バイバイ」


 ――違う、そんなわけないんだ、見たくない。見ちゃいけない。


 ママの顔を見てしまった。その顔は黒いタールのようなものが覆っており眼鏡すら飲み込み、存在感を放つ。時折黒いタールのようなものが地面に落ちると先ほどと同じような嫌な焦げ臭さがゆっくりと広がっていく。

 だんだんと寒くなってきた。体も言うことを利かず、動かせない、動かせない代わりに脳は勝手に働く。


 ――認めない、何か見落としている筈なんだ。


 勝手に動いた脳は目の前の状況から自分を害した存在はママだと結論付けてしまった。認めたくない。理性からなのかそれともまた別の理由からなのか、その結論を否定する素材をそろえようと必死になる。しかし必死に脳を回せば回すほど、自分を害した存在がママだという証拠を肯定してしまう。決して埋まらない動機というピース以外、ガッチリと当然の様にハマってしまった。


「... れ ... ... ても意外 ... ... たよ――――――」


 ママの声が遠ざかっていく。そこから俺の首には死の鎌が掛かっていることを察してしまった。


 ――死にたくない。死にたくない。まだやり残したことがあるんだ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。


 どれだけ拒絶しようと、その鎌は平等に、無慈悲に(くび)を刈り取る。目が熱くなる、それは涙なのか、それとも生物として感じる当たり前のことなのか俺にはわからない。しかし俺は死にたくないんだ。そう、強く思った。どんどん体が遠くなっていく感覚がする。



「――るかい?」


 体が重い。遠く離れた筈の体に重さを感じる。誰かが俺に話しかけてくる。神か何かが話しかけてくれているのか?もう少しはっきり言ってほしいが、俺が耳を澄ませばいいだけだなと考えしっかりと聞いた


「聞いているのかい?」


 元気と気だるさの間のテンションで話しかけられる。良く知る声だ。


「大丈夫かい?体調が優れないのならぁ、一度帰宅しようじゃないかぁ」


 思わず目を開け、あたりをきょろきょろ見回す。傍から見れば挙動不審だろうが構っていられるわけない。ここは商店街の和菓子屋の前だ。恐る恐る横を見る。横には彼が、ママがいた。


「どうしたんだい?そんな驚いた顔をしてぇ」


 顔が青ざめるとはこのことだろうか、それとも血の気が引くというのが正しいのか、彼に対して恐れを抱いているのが良く理解できる。心臓の音が煩い。そんな俺の心情を知ってか知らずか、彼は話を続ける。


「真司は疲れているようだねぇ」

「今日はもうやめて家に帰ろうかぁ、案内はまた今度だねぇ」


「あ、あぁ、そうしよう。」



 それより後の話はあまり頭に入ってこなかった。話していなかった可能性も否定できないがそんなことすら意識に入らないほど、ただただ怖かったのだろう、気が付いたら知らない道を通っていた様だった。


 視界が歪むような感覚がする。妙な体験に加えて知らない場所だ、俺の精神は正気なのか?それともここは夢の中なのか?俺は本当にこの島に来ているのか?実はまだ船で嫌な夢なんじゃないのか?もう訳が分からない。とりあえず辺りを見渡し、現在値を把握しようと努力する。把握しようとすればするほど視界が落ち着かない、どんどん自分を疑いたくなってしまう。そんな最悪のループに入ろうとすると誰かの声がする。


「大丈夫?」

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