再び
ざぁざぁ、と波の音が聞こえてくる。潮風に吹かれながら船の上から目的地である黎暗島へと戻っていった。目を閉じれば今でも思い出せる。8年前に父親の仕事の都合で東京へ引っ越してから小、中、高と向こうで過ごしていたからかところどころおかしい記憶もあるがそれでも大切な、大切な思い出だ。昔一緒に遊んだ友達は元気だろうか?俺のことを覚えててくれるだろうか?と考えながらまだまだ遠いい島を眺めながら懐かしい友達の顔を浮かべてぼーっとする。
バチィィィン!
背中を勢いよく叩かれると同時に心臓がきゅ~っと縮まるような感覚に襲われる。叩いたであろう張本人は軽快に笑いながら話しかけてくる。
「よお!真司!調子はどうだ?」
「痛いよ父さん。あとあんまり驚かさないでね?いつも言ってるでしょ」
わりぃわりぃと、お互いに軽いノリで会話を続ける。しばらくすると母さんとも合流して会話をしたり、食事をしたりして時間を潰し、眠りについた。
ミィ~ンミンミンミィ~ン、蝉の鳴き声が五月蠅い。暑いのか世界が歪んで見える。しかしそんな状況で人が生きていけるのか?と疑問に思うと徐々に冷静になっていく、少し考えると結論が出た。
「悪夢だ」
俺は不定期的にこのような雰囲気の悪夢を見る。嫌に現実的で、目が覚めてもしっかり覚えてしまうような嫌な悪夢を、最初のころは明晰夢といったものかと思ったが、やや違う。明晰夢というのは夢を夢だと自覚し、見る内容を自由に操作できるようだが、俺の場合は夢を夢だと自覚した状態になっても見る内容は操作できない。操作できないだけならまぁいいが、嫌なことに俺の見るのは悪夢なのだ、この悪夢が嫌に現実的で、まるで4DXの映画を360°で見ているような感じで自然と見入ってしまう。今自身のいる場所を見渡してみるとどうやら杉の並木の中央にいた。だからなのだろう、自然にこのような選択を取ってしまった。
「とりあえず、歩くか」
やってしまったという感想が出る。誰なんだ歩くという選択をした馬鹿は歩けば歩くほど周りから、いや木の影から見られている感覚がする。だからなのか、歩く速度が徐々に自分で気づかないうちに速くなっていく、それに応じて蝉の鳴き声も大きくなっていく。気が付けば走っていた、蝉の鳴き声は一定の大きさのまま聞こえてくる。一度速度を戻そう、そう思い速度を落とそうとしても落とせない、いや落としたくないと思っているのか体が言うことを利いてくれない。そのうち無我夢中で走り続けてしまった。
最初に歩き始めたときよりも日が高くなってきたころやっと体の自由が利いてきたので速度を緩める。かなり長い時間を走っていたからか、肩で息をする。ポケットからハンカチを取り出し顔の汗を拭き取る、それがなんだか安心してこれが悪夢だということをつい、忘れてしまった。忘れてはいけないことを忘れてしまったのだ。だからこそ目の前の光景にいつも以上に息を飲む音が聞こえるぐらいのダメージを受けた、目の前に仰向けに倒れる制服姿の女性の姿が見えた。美しかったであろう女性の頭部の4割ぐらいは黒いタール状に溶けておりまるで影が女性を飲み込んでいるようだった。それの光景はいつも見ているモノより辛くて、苦しくて、腹が立った。駆け出すのに時間はかからなかった、駆け出し手を伸ばし女性に触れようとする。あと一歩で女性に触れられる、あと一歩なんだ必死に手を伸ばそうとした、伸ばしたかった溶けた影から無数の目が開き生き物としての嫌悪と恐怖から足が竦み躊躇う。瞬間、空間は砕け、情けない俺自身の嗚咽と共に悪夢は終わりを告げた――。
――気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
頭が、いや全身で不快感を感じている。最後に見たあの光景いや、あの影アレは一体何なんだ。吐き気が込み上げてくる、俺は駆け足にトイレへと急ぎ、込み上げてきたものと体にある不快感を吐き出した。吐き気は大分よくなってきたが、体に残った不快感は依然として抜ける気配もない。一度顔を洗うために洗面台へと動き顔を洗う。鏡を見ると妙なものが鏡に写る、自分の瞳孔が赤くなっている。ここまでならいつも悪夢を見た後に起こることでさほど気に留めることでもないが今回は違う瞳の中に妙な模様が浮かんでいる。それを見て思わず呟いてしまう
「写〇眼かよ」
瞬きした次の瞬間、いつもの眼へと戻る。正直興奮した、俺は自分が思っている以上に馬鹿であることを自覚してしまいあり得ないはずなのに再びあの眼にしたくって、気持ち悪いはずなのについやってしまった
「〇輪眼ッ!」
洗面所の鏡の前でやってしまった。くっ、と小さな笑いを堪えるような声が扉の隙間から聞こえてくる。俺の船室に入ってこれるのは鍵を持っている俺と両親だけ、通りすがりのピッキングが上手い泥棒だと願いながら扉をゆっくりと開ける。
「写輪〇はどうしたんだ?」
上擦った声で俺に語り掛けてくる声の主、そして先ほどの笑い声の正体は俺の父さんだった。
少しの絶望と共に家族で朝食を取った。食事を取っている間少しだけ揶揄われたがおかげで今朝の不快感は収まった。やはり家族といると安心できると思った。朝食を取り終えた今、俺は下船のために準備を整える。今から2、3時間ほどで上陸できるそうなのでさっさと終わらせて父さんたちの方を手伝いに行こうと決める。30分ほどで俺の分の準備が終わったので父さんたちの方へ向かう。父さんたちの船室の扉をノックし開けてもらう。お父さんの方は結構時間が掛ったが1時間半ほどで終わってしまい少し時間が余ってしまう。どうしたものかと考えながら自分の船室へ戻ろうとすると父さんに呼び止められ、返事をする
「なんだよ、父さん」
「今朝のことなら母さんの前ではしないって約束だろう」
「いや、そうじゃなくってなこれをお前に」
そういいながら俺にパンフレットを渡す。黎暗島のパンフレットのようだ。父さんの方を見て礼を言おうとすると母さんに「今朝のことって?」「ねぇ今朝、真司と何を話していたの?」と質問攻めを受けていたため軽くお辞儀をして静かに自分の船室へ戻った。最後に父さんから助けを求める声が聞こえたが無視した。
部屋に戻り貰ったパンフレットを確認する。パンフレットは最近発行されたものらしく自分の記憶にある情報と一致するか読んでみる。パンフレットの内容は大まかに俺の記憶している情報と一緒だった
「まぁ8年しか経ってないしな」
ちょっと残念に思いつつも変わらないという事実に安心しながらパンフレットを読む。黎暗島名物のアーモンドと皮ごと食べられる南国系のフルーツ、なぜ皮ごと食べられるかというとどうやら黎暗島には果物に付く害虫などが居ないそうだその影響から農薬を撒く必要がなく、皮ごと食べられるらしい。パンフレットをめくると抜き忘れたであろう、父さんが愛用している栞が地酒のページに挟まれていた。どうやらこの明盛酒が気になっているらしい説明を見てみるとお酒にアーモンドを浸し浸したアーモンド砕き、砕いたアーモンドををガーゼなどで漉したものをお酒で割った物らしい。あまり美味くはないが大人は祝いの時や、おめでたいときに一人で飲むのがたしなみらしい。俺にはよくわからないが、確かにお父さんが好みそうな意味があるお酒だ。
パンフレットを読み終えた頃船内アナウンスが鳴り到着した旨を船内にいる人たちに伝える。俺は荷物を持ち、船室に忘れ物がないかを2度確認した後、船室を出る。甲板で両親と合流した後、船から降りる。降りた瞬間目を閉じて深く息を吸い込むそのあとゆっくりと息を吐き体で故郷を感じ取る。あぁ、帰ってきた自分の肺の中の空気が入れ替わるのを感じながら帰郷を感じていると、父さんたちと家へ戻る。家に戻ったら祖母と祖父が迎えてくれた。事前に決めて2階の角の部屋を俺にくれた。貰った部屋へ向かい持ってきた荷物を解く。まだすべては届いていないのか漫画などの娯楽品は少ない。せっかくなので見知った顔を探すために外に出ることにした。父さんに一言入れ、家を出た。
読んで頂きありがとうございます。まだまだ精進の身で至らぬところだらけですが良ければ感想や改善点、誤字や日本語的にあり得ない部分などを頂ければ嬉しいです。