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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

「貴方とは白い結婚であって、愛していない」と初恋の人に言われた私〜では、わたくしと勝負を致しませんか?〜

作者: 小鳥遊



「貴方とは白い結婚であって、愛しておりませんので、私にあまり関わらないでください」


「…まあ、そうですの!わたくしもあなたを愛する気は毛頭ございませんの。良かったですわ!」


 なんて、期待したわたくしが馬鹿みたいだったわ。

 せっかく初恋の人と結婚出来ましたのに、初夜そうそう、こんなことを言われるとは思わないじゃないの!!


 だけど、わたくしだってやられたままじゃ性に合わないわ。


「ですが、そうですねぇ、このままでは結婚後も面白みのない生活になってしまいますから、1つ、勝負を致しませんか?」


「…はぁ、なんでしょう」


 そんな明らかにため息をつかないで、悲しくなるじゃない。

 後、そんなに負の感情を負けられ続けたら私死んじゃうからやめて。


「…3年以内に、わたくしがあなたのことを好きにさせたら、わたくしの勝ちです。逆に、あなたがわたくしのことを3年間好きにならなければ、わたくしとの離婚を取り計らいましょう。どうせ、貴方は私との結婚はお嫌だったのでしょう?良い条件だとは思いませんか?3年我慢すれば離婚できるなんて」


「…ふむ、分かりました。その勝負、乗りましょう」


 良かった。

 これで、少しは寿命が伸びるかも。


 こうして、ミザリーとルードヴィグの奇妙な生活が始まった。


◇◇◇


「おはようございます!旦那様」


「………」


 旦那様は挨拶をせず、朝食を食べ始めた。


 あの初夜の次の日だもの。仕方のないことだわ。


「いただきます」


 わたくしはそう言って、朝食を食べ始めた。

 旦那様がわたくしの方を見て少し目を見開いていたことには気が付かなかった。

 

 それからというもの、朝は必ず旦那様より早く食堂に着き、旦那様に挨拶をして同じ時間に朝食を食べた。


 正直なところ、お顔を見られるだけで眼福なところはあるのよ…


 仕方がない。初恋というものは、どうにも拗れてしまうものなのだ。

 でも、彼はきっと、忘れてる。


 だけどそれでも良い。


 毎日朝食を食べ始めて3ヶ月。

 ようやく、5回に1回の頻度くらいで、旦那様も「おはよう…」とぎこちなく返してくれるようになったのだから。


 少し、ほんのすこーーーしだけ身体の調子が悪いけど、彼と幸せな結婚生活を送るためだ。


 全く問題はない!


◇◇◇


 旦那様は、いつも部屋に籠って仕事をし、昼食は食べずに夕食を食べている。


 当主になるものの末路なのだろうか。

 昼食を抜いてしまうのは忙しい人が共通している癖なのかもしれない。


 そうと分かれば、わたくしは急いで軽食の用意を開始した。


 料理は楽しかった。

 家でもこっそりとしていたから。


 バレないように作るのは大変だったし、バレた後はとてつもなく怒られるけど、それでも、料理をしている間は、全てのことを忘れられて良かった。

 ただ料理だけに集中出来るから、良かったのだ。


「旦那様、軽食をお持ちしました。どうかご自身のお身体に気にかけてあげてくださいね」


 と、一言声をかけてみるも、「うん」とも「すん」とも言わず、頬杖を着いて書類の方に目を向けるだけだった。


 これもまた、わたくしは根気強く続けていった。


 大体、半年だろうか。


 ようやく、旦那様から空になったお皿とカップが帰ってきた。

 思わず涙を流してしまいそうなのをグッと堪えた。


 夕食を食べる時間も、旦那様はまばらで、このままでは旦那様が早死にしてしまうと思ったわたくしは、決まった時間に旦那様を夕食に誘った。


「旦那様、お夕食の時間に致しませんか?料理長が腕によりをかけてつくってくださったのです。どうせなら、出来立てに食べましょう」


「………」


 やはり、いつもと同じ。

 わたくしをその綺麗な目でキッと睨みつけ、また書類に目を通す。


 やっぱり綺麗な瞳だわ。

 わたくしは、あなたの性格とその綺麗な翠の瞳が好きだった。


 今もそれは変わらない。

 わたくしは相変わらず、旦那様を敬愛している。


 旦那様からすれば迷惑すぎる案件でしょうけど、我儘な小娘のお願いだと思って許してくださいな。


「旦那様、お夕食に____」

「旦那様、お夕食のお時間ですわ___」

「旦那様___」


 1年、1年頑張った。

 そして


「旦那様、お夕食が出来ましたとのご報告ですわ」

「…分かった。すぐ行く」


 旦那様のいる執務室の扉をゆっくりと閉じると、私は扉に背を任せ、ズルズル〜とはしたないと分かってはいながらも、地にへたりこんでしまった。


「よかった…」 


 これで、旦那様は長生き出来るわ。


◇◇◇


 旦那様は、どうやらここ数年ご自分の誕生日を祝っていないらしい。


 これは私的に許されないことであった。


 小さい時は、わたくしがプレゼントを贈っていたけど、大人になって、もう贈り合う人なんていなくなってしまったのだろう。


 ということで、わたくしはここ1年半でようやく仲良くなった使用人たちと一緒に、旦那様の誕生日パーティーの準備を進めた。


「ここをこうしてはどうでしょうか」

「ここの飾り付けはこんなふうに…」

「この料理のここの部分を…」

「このお味はどうでしょうか?」


 たくさんたくさん相談して、旦那様には内緒で街に行ってプレゼントも見つけて、着々と準備を進めていった。


 そして


「旦那様、お夕食の準備が出来ました。お仕事がひと段落したら、ダイニングまでお越しくださいませ」


 いつもは、旦那様を待つわたくしが先に行く動作を見せて少し驚いていたが、単なる驚きにすぎないだろうと、わたくしはすぐに目を逸らしてダイニングへと向かった。


 わたくしがダイニングに着いて5分も経たないうちに、旦那様はダイニングの扉を開けた。


 その瞬間、わたくしと使用人たちみんなで


「旦那様!お誕生日、おめでとうございます!」と、豪華な料理と共に旦那様を迎えた。


「旦那様、昨年はお誕生日を祝えず申し訳ありません。今年はどうか祝わせてください。これ、プレゼントです。もしよろしければ受け取ってください。」


 正直なことを言えば、昨年も祝いはした。


 しかし、使用人との仲も噂のせいであまり良くなく、旦那様とも会話しなかったこともあって、料理を盛大にすることも出来なかったし、ましてやプレゼントなんて捨てられた。


『どうせ高いだけで選んだものなどいらぬ!』 

と、投げ返された。

 

 いつもな敬語なうえ、嫌いな私に対しても丁寧な口調だったので、驚き…、いや、かなりショックだった。


 昨年は華麗にキャッチした後執務室を後にしたけど、今年は少し違うようで嬉しく思う自分がいた。


「…これは、ハンカチと、手袋…?」


「はい!どちらも旦那様が多用していそうなものなので、それに家紋とお名前を刺繍してみました。お気に召さなかったり少しでも壊れてしまえば、昨年と同様捨ててしまってください。改めて、お誕生日おめでとうございます。それでは、わたくしはお部屋に戻りますね」


 お辞儀をした後身を翻し、食堂を後にしようとすると、何故か旦那様がわたくしの手首をパシッと掴んだ。


 旦那様がわたくしに触れるなんて、結婚生活が始まって初ではないですか!


 わたくしにとっては嬉しいですが何用でしょう?


「?、どうされましたか?」


「貴女は、食べないのですか…?」


「だって旦那様。本当はお1人でお食事をしたいはずなのに、わたくしが毎日無理を言って一緒に食べてくださってるではありませんか。お誕生日の日くらい、わたくしなしでのお食事をお楽しみくださいませ。それでは」


_パタン_


 扉を閉めて自室に戻ると、わたくしはベッドにダイブした。


 旦那様、喜んでくださっていると良いなー、と。

そんな気持ちで眠りについた。


 まさかその翌朝、旦那様にお礼を言われるなんて、思ってもみなかった。


◇◇◇


「ミザリー」


「へっ?」


 気が付けば結婚生活も2年を迎えていた。

 旦那様がわたくしの朝食を取る時間を合わせてくださって、一緒に取るのが日課となってきた頃


 あまりにも急に私の名前を呼ぶものだから、つい間抜けな返事をしてしまった。


 それにクスクスと笑う旦那様。


 待って待って。


 今日は色んなことが起こりすぎだわ。

名前を呼ばれたのも、旦那様に名前を呼ばれたのも初めてですもの。


 もう少し、余韻に浸っていても良いですよね!?


 そう思わざるを得なかった。


 でも、神様は私に余韻に浸ることを許してはくれないらしい。


「来週、王家からパーティーに奥方と来いと命令がありました。その…着いてきてくださいますか?」


「…!もちろんですわ!」


 今までの旦那様なら、例え王家であったとしても、何かと理由をつけて断っていただろう。


 旦那様がそれくらい多忙な人なのだ。


 なのに今回、こうしてわたくしを大嫌いな旦那様がわたくしを誘うということは、相当大きな事情があるのでしょう。


 何事なのかと身構えながらパーティーに向かった。


 でも、ごくごく普通のパーティーだった。そう。全部いつものこと。

 久しぶりだったから忘れていた。


「ねぇ、あのご令嬢って…」

「たしかお隣の伯爵様に嫁いだって言う…」

「いやだ…、あの有名な悪女じゃないの…」

「伯爵様が可哀想だわ」


 まずいなぁ、パーティーは寿命が縮まっちゃうから、あんまり行きたくはなかったけど、仕方がないじゃない。

 初めて旦那様に誘われた行事なのよ?


 行きたいに決まってるじゃない。そうよ。後悔しないように生きるんだから、これで良いのよ。


「………は…、」


 隣でエスコートをしてもらっている旦那様から、途切れ途切れの声が聞こえた。


「すみません、もう一度言ってくださいませんか?」


「あなたは、いつもこんなことを言われているんですか…?」


「あー、えーっと、そうですけど、大丈夫ですわ。噂はこのままで良いんです。ただ、ほんの少しだけ、外で涼んできても宜しいでしょうか……」


「はい。もちろんです…。」


 旦那様に許可をもらったわたくしはバルコニーに出て風にあたった。


 旦那様に言った通り、気にしている訳でも傷ついてるわけでもなかった。


 全部、今更の話しすぎて、わたくしの心が動かないのよね。多分これは、おかしなこと…。


 その日の夜、わたくしは旦那様に言われた。


「子供をつくりませんか」と。


 わたくしはその日、人生で初めて旦那様に腹を立てた。


「旦那様…!もっと、ご自分を大切になさってください!わざわざわたくしのために身体を張る必要はございませんわ。わたくしは、旦那様に幸せに生きて頂けたらそれで充分なのです。ですから、そんな簡単に子供をつくろうなどと仰らないでくださいませ」


 わたくしは、「それに」と、旦那様が子供をつくりたくなくなるであろうわたくしの秘密を1つ、明かしてみせた。


「わたくし、身体中に古傷があるのです。だから専属の使用人もつけませんでしたでしょう?」


「な…!それはどこで付けられたのですか…!」


 わたくしのことが大嫌いな旦那様なら、そんなこと流して、ならばつくりたくないと言うかと思っていたのに、寧ろ嫌いな相手の心配までして。


 お優しすぎです旦那様。


「家です。ですが気にしないでくださいまし。わたくし、そんな柔な女じゃありませんので」


「…っ、そういう問題では…、あぁ、もう、分かりました。今はそういうことにしておいてあげます」


「お気遣い感謝致しますわ」


 怒らせてしまったかと少し心配したけど、朝になれば普通に挨拶をしてくれて一安心。


 こうして自然な会話が出来るようになるまでに結構な時間を要したため、心の中が温かくなった。


◇◇◇


 こうしてまた半年、結婚して2年半、今年も旦那様のお誕生日をお祝いした。


 今年はお祝い出来る最後の年なので、プレザントも少しだけ豪華にした。


「これは、窪んでいるピアス…ですか?」


「はい。そうですよ。その窪んでいるところに、愛している人の瞳の色の宝石をはめ込むんです。旦那様はちゃんと、ご自分のお気持ちを大事にされてくださいね」


 わたくしがそう言った瞬間、旦那様は苦い顔をされた。

 

「どうして、私の愛している人がご自分だとは考えないのですか…?」


 予想外の返答に、わたくしはたじろいだ。


 だって、そんなことあってはいけないから。

 わたくしは旦那様に婚約を破棄してもらわなければいけない。


 旦那様の愛している相手が、わたくしであってはいけないのだ。

 ただわたくしは、負の感情を旦那様から取り除くことが出来ればそれで良かったのだから。


「…っ、そんなご冗談仰らないでください。わたくし本気にしてしまいますわよ?お嫌でしょう?」


「いいえ…。ミザリー、私は貴女が好きです。私の負けです。どうか、これからも私の隣にいてもらえないでしょうか」


「……ふふ、わたくしの勝ち…、でしょうか。であれば今すぐに、わたくしとの婚約を破棄してください。」


「…!」


 旦那様は心底驚いた様子を見せた。

 それはそうなのでしょう。


 今までずっと、わたくしたちは勝負をしていた。


 それに旦那様は負けたのだから、当然、この先も一緒にいられるのだとおもったのでしょうね。


 でもどうせ、わたくし後もう少しの命。

 理由を話してしまうのも悪くないかもしれませんわね。


「わたくし、実は__」


 真実を話そうとした瞬間、わたくしの見ている世界が急に周り出したように見えた。


_ゴホッ!ゲホッ__


「…?」

「ミザリー!」


 訳も分からぬままに、私の意識は暗闇の中へと引き摺り込まれていった。

 その間に理解出来た。


 "ああ、もうそんな時間なのか"と。


「さよ、…う、なら。だん、な。さ、ま…」

「ミザリー!!ミザリー!」


 



 


 うれしいなぁ。


 懐かしい夢を見た。


 結婚して半年と少し経った頃だったかしら。

 旦那様にプレゼントをお渡しして2ヶ月くらい経ったくらいだったわね。


 一緒に眠るようになるまでにもまた結構月日が必要だったから、今は眠る前と眠った後に少しだけ話を出来るのが毎日の楽しみになっていた。


 元々は旦那様が寝室に戻ってこないからどこで寝ているのかと聞いた時、ぶっきらぼうに『ここだが?』と答えられたことを未だに覚えている。


 それから睡眠時間をしつこく聞いたところ、長くて3時間とか言うので無理矢理にでも寝かせ始めたっけ。


「睡眠を取るのも仕事のコンディションを整えるための大切な準備です」と言って、ようやく説得出来たんだ。


 懐かしい。


 とても。


 でもどうして、こんな夢を見てるんだっけ?


◇◇◇


 私の婚約者、ミザリーが突然吐血をして倒れた。


 国で5本の指に入る医者に見てもらったが、原因は分からずじまいだった。


 なすすべもなく、ただ私は、ミザリーの手を握りながらひたすらに祈っていた。


 "どうか彼女が助かりますように"


 随分とおかしなことになったものだ。


 以前の私であれば、他人の心配など絶対しなかっただろうに。


 彼女が来てから、何もかもが変わった。


 ミザリーが「おはようございます」と言うようになった。

 挨拶をするのも鬱陶しくてしなかったのに、気が付けば毎朝するようになっていた。


 ミザリーが軽食を持ってくるようになった。

 食事は煩わしいと、昼食を抜いていたのに、根負けして食べてみれば、忙しい仕事の息抜きとしてちょうど良い味付けが施されていて、気が付けば食べ終わっていた。


 ミザリーが「寝室で眠ってください」と言うようになった。

 睡眠など自分の中で仕事より優先すべきものではないからと、本当に必要最低限しか取らなかったのに、気が付けば毎晩ベッドに潜り、ベッドの上で目を覚ますようになっていた。

 

 ミザリーが夕食の時間を伝えにくるようになった。

 仕事が終わってからいつも食べていたため不規則だった夕食の時間は、彼女が毎日毎日同じことを言うものだから、いつのまにか同じ時間に夕食を食べるようになっていた。


 ミザリーが誕生日を祝ってくれた。

 だが、初めはくれたものをただ高価なものだと思い込み、投げ捨てた。

 ところがその翌年も、ミザリーは俺にプレゼントをくれた。昨年あれだけいらないと突き放したのに、彼女はまだ私に優しくする。


 もらったのは、どちらも頻繁に使う手袋とハンカチだった。

 彼女曰く刺繍で家名と名前が縫われているらしい。


 ミザリーが、自分を大事にしろと言ってくれた。

 あまりにも彼女が可哀想で、子供を設ければ社交界で辱めを受けることもないだろうと提案すれば、彼女の方から拒絶されてしまった。


 ミザリーは、どうやら彼女自身ではなく、私が自分を大切にしないから怒ってくれたようで、それがとてもむず痒かった。


 全部、ミザリーが来るまで体験してこなかった。

 彼女がいたから、私は今のこの人生が楽しいと思えるようになった。


 全ていつも通りの日常のはずなのに。


 そのいつも通りの日常に、言い難い楽しさがあったのだ。


 この日常には、ミザリーの存在が必要不可欠になっていた。

 そして誕生日の日。


 今年もミザリーにプレゼントを貰った。


 ただ少し変わったプレゼントで、ミザリーに聞いてみると、愛している人の瞳の色を窪んでいるところにはめるのだそう。


 この時、ようやく自覚した。


 私自身が、もうどうしようもなくミザリーを好きになっていたことに。

 そして、彼女にも同じ気持ちになってほしいことに。


 意を決して告白をすれば、慌てて彼女は離婚を申し出た。

 まるで何かに怯えているようだった。


 ミザリーが眠っていて初めて、彼女の顔をまじまじと見た。

 透き通るような肌の白さに、身体はこれでもかと言うほど細かった。

……尋常ではなかったのだ…。


 だが今更それを知ったところで、ミザリーはもう倒れた後だ。


 ただ、今はミザリーが目を覚ますよう祈りながら手を握ることしか出来なかった。


◇◇◇


 ミザリーが眠って3日、彼女が眠りから目覚めたとの報告が入った。


 いつもなら手を止めず「そうか」で終わらせるところを、すぐさま中断して足早に彼女の元へと向かった。


「ミザリー!」


 名前を呼ぶと、窓からの景色を眺めていた視線をこちらに向けて、「おはようございます。旦那様」といつものように挨拶をしてくれた。


 いつもなら、いつもなら、この挨拶が当たり前のようにあった。


 当たり前なことなど何1つないものを、私の身勝手な当たり前という枠に落とし込んでいた。

 ミザリーと今こうして話していることも、挨拶をしてくれていることも全て、奇跡だと言うのに。


「おはよう、ミザリー。どこか痛いところはないですか?」


 彼女に水を差し出しながら質問する。


「今は大丈夫です」


「なら、教えてください。貴女が倒れた理由を…」


「…っ、えっと、過労じゃないですかね。私は至って健康ですよ」


 嘘つき。


 だが、ミザリーに嘘をつかせてしまった原因は、全て私だ。


 これまで彼女に冷たい態度を取り、好意を蔑ろにしてきた私を信用しろと言う方が無理がある。

 それでもやはり、話して欲しかった。


「……、何人もの医者に、貴女を見てもらいました。ですが、返ってきた言葉は全員口を揃えて【原因不明】なんです。貴方は何か、ご存知ではありませんか………?」


「…、旦那様、やはりわたくしたちは離婚するべきですわ。旦那様には幸せになって頂きたいのです。」


「…っ__!!何故貴方は…!「わたくしが!」」


「わたくしが、もう少しで死ぬからですわ」


「はっ…?」


 気の抜けた声しか出なかった。

 ミザリーが死ぬ?本当に?


 ついこの間まで普通に生活していたミザリーが?

 どうして彼女は自分の死について全て知ったような顔をしている?


「そんなに驚かないでくださいませ。」


 ミザリーはどうしてそんなに落ち着いている。

 初めから知っていたのか?


 私の心中で思っている質問にすべて答えるように、ミザリーは話をし始めた。


◇◇◇


 はあ、だから3年で離婚だって言ったのに、わたくしの初恋の人がこうも頑固だとは思わなかった。


「わたくし、あの家族の実験台ですの」


「……?はっ、?え、今…なんて…」


「わたくしが今も肌身離さずつけているブレスレット。これは、外したくても外れません。」


 ねえ、旦那様


「このブレスレットは、周囲の私に対しての負の感情を、毒として吸収してしまうのです。」


 わたくし、あなたと結婚生活を送れて幸せでしたわ。


「効果の範囲も、ブレスレットの外し方も、毒の強ささえ知りません。」


 旦那様はそうではないかもしれないけど。


「私が言われたのは、このブレスレットの簡単な説明と、外せないようになっていることだけを伝えられました。」


 昔のことを思い出せなくたって構わない。

 今こうして、わたくしが死ぬという事実に、多少なりとも悲しんでくれたらと、わたくしの傲慢な欲がささやいてくる。


 これを聞いて離婚だと言うならば、わたくしは喜んで受け入れよう。


 そんなことをばかり考えていたのに、旦那様は思っていたのとは随分と違う答えを出してくる。


 困った旦那様…。


「ミリー…」

「…っ!」


「…すまない。……ミザリーの話を聞いて、今思い出した…。貴女は、ミリーだね。」


 ああ…、本当に、困った旦那様だわ…


「…ふふ、正解ですわ。旦那様」


「…そんなに距離を取らないで。子供の時みたいに、名前で呼んでよ……。」

 

「わがままですわ。旦那様。そんなことをしたらもっと未練が残ってしまいます」


 まるで子供をあやすかのように、諭すように言った。


「貴方はわたしくしを好いてはいけないのです。わたくしの命は、残り半年もありませんから。だから、離婚をしましょう?」


 自分の中では、冷めた表情で言ったつもりでいた。


 でも、違ったみたい。


 旦那様は、わたくしの頬に手を添えた。


「…言う側が泣いてどうするんだ。ミリー」


 そう言われて、旦那様が触っている頬と反対の頬に触れてみると、湿っていることに気がついた。


「あれ…?」


 一度泣いていることを自覚してしまったわたくしの目からは、とめどなく涙がで続けた。


「…ねえ、ミザリー。好きだよ。子供の時のミリーも、今のミザリーも、両方愛してる。だからお願いだ。離婚だなんて悲しいこと、言わないでくれ」


「わたくしが、旦那様にご迷惑をお掛けしたくないのです。どうか綺麗な思い出のままで終わりませんか?」


 震える声を何とか抑えて言葉にする。


 やめてほしいわ。せっかく諦めていたのに。


 2年半前のあの日、わたくしに言った言葉を一言一句覚えてる。


 あの日、あの瞬間から、わたくしは望むことを諦めたのに。もう嬉しいなんて未練の残る感情を残させないでよ…。


「私は迷惑だとは一度も思っていない。ただ心配だった。私は、ようやく貴方への気持ちに気付けたのだ。どうか、残り半年だけでも、恩返しをさせてほしい。貴方が私の生活や人生も変えてくれた。その恩返しがしたいんだ。」


 ダメ


 ダメなのに…


「…わたくしで、よろしいのですか…?きっと、絶対後悔しますわ」


「後悔なんてするものか。むしろ私が後悔するのは、ミリーとの離婚を了承してしまった時だけだよ」


 旦那様がそんなことを言うものだから、また涙が出てきてしまって


「愛してる。ミリー」


「…!わたくしも、愛しております。旦那様」


 この気持ちを隠すことなど、到底出来なかった。


◇◇◇


 時の流れは早かった。


 今日、私はとある場所に花を手向けにきた。


「ミリー。また花を持ってきたんだ。」

『まあ、また持ってきましたの?ついこの間も持ってきてくださったばかりではないですか。仕方のない人ですね』


 ミリーは亡くなった。


 半年よりも2ヶ月早い死だった。


 彼女は亡くなる前、1つの花を私にプレゼントしてくれた。


 ミヤコワスレという花らしい。


 庭師に花言葉を聞いてみると、【また会う日まで】という花言葉だそうだ。


「きっと、また私たちは出会えるよ。生まれ変わっても、私が絶対幸せにする。だから、ネリネの花を貴女にあげよう。貴女の分も私が生きて、この世の美しいものだけ、楽しいものだけ貴女に話そう。また会える日を楽しみにしてる。愛してるよ」

『わたくしも、愛しております。ルードウィグ』



 

 


思いつきで書いた短編です

最後まで読んで頂きありがとうございましたm(_ _)m

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初めて短編で泣きました。
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