プレゼント
寮に帰るなり、ツルギは内に溜め込んだものを吐き出すように息をついた。
部屋に戻るが灯りはついていない。
いつもはツルギの帰りを座して待つ忠犬の姿もない。
珍しく外出しているようだが、さしたる興味も無く、外套を椅子の背もたれにかけた。
テーブルに視線をやると箱が一つ、シルベスターからのプレゼントらしきものが置かれている。
どうやらエリザベートが中に運んだらしい。
「皆祝いたがりで困ります」
フランからの絵本をテーブルに置き、ロザリーからのプレゼントを開封する。
中には洒落たデザインの革靴が入っていた。
「いい趣味だことで」
わりかし気に入ったように口角を上げると、ツルギの背後から声がした。
「母さんは昔からいいセンスをしてるから」
窓から夜風と共に入り込んできた声の主は、そのままツベッドへと腰を落とした。
「目が見えていないのに、こっちの好きな色とデザインをピタリと当てるんだ。あの人は生来的にそういう美意識が研ぎ澄まされているんだろうね」
「……かもしれませんね。それにしても、年頃の女の子の部屋に窓から、というのはどうなんですか?」
「いくらおれでも正面から女子寮を訪ねるなんて気恥ずかしくてね。けど可愛い妹のためだ。恥を忍んでその日のうちに祝いに駆けつけたんだよ。忙しい中ね。甲斐甲斐しい兄を持って幸せだろう?」
「別に頼んだことではありませんので」
「つれないな。まあなんにせよ、誕生日おめでとうツルギ。実りある一年でありますように。斬り応えある、の方がらしいかな」
「どちらでも。用が済んだのなら帰っては如何ですか? お忙しいのでしょう?」
素っ気ない態度をとりながら着替えを始めるツルギに対し、男は、まあね、と返した。
「上からは成果を求められて、下の面倒も見ないといけない。毎日気を揉んで疲れるのは、中間管理職の嫌なところだね」
「あなたが上にも下にも気を遣っているなんて知りませんでした」
「ハハハ、酷いな。おれはこれで大した忠犬だと自覚しているんだけどな」
するとツルギは冷笑した。
「忠犬だなんて、なかなかおもしろいジョークですね」
「そうかな? そうだな、うん。これから持ちネタにしよう。ああそうだ、忘れてた」
男は取り出した誕生日プレゼントを渡した。
「おれには母さんほどセンスが無いから、喜んでくれるかどうかはわからないけれど」
「喜ぶフリでもいいなら、魚の骨だろうと満面の笑顔になりますよ」
包装紙を剥がし小箱を開ける。
中身は淡い桃色の液体入りの小瓶であった。
「マニキュアですか? また何とも珍しい」
「おれは疎くてよくわからないけれど、今年の春の流行色らしい」
「ええ、知っています。今日発売されたばかりの有名ブランドの新作で、並ばないと買えない代物のはずですが」
「ちょっと頼まれ事をしたついでにね。ご婦人方の列に男一人で並ぶのは度胸が要ったよ」
「それはさぞ笑えたことでしょうね」
ツルギはマニキュアを、部屋の照明越しにしげしげと見つめた。
「気に入ってくれたのなら嬉しいよ」
男はテーブルの上にある、未開封の包みに目をやった。
「父さんのプレゼントは、おれや母さんのものよりいいものだろうけど。なんて、ハードルを上げると悪いかな。じゃあねツルギ」
「ええ」
「コーヒーの一杯でもお出ししましょうか?くらいの優しさがあってもいいと思うんだけどな。一応は兄だよ、おれ」
「どなたも家族ごっこが好きなようですね」
「皆誰しも、理想の小さな箱庭があるんだよ。お前にはまだわからないかもしれないけどね」
「わかる必要も無――――――――」
「ブルー様ぁぁぁぁ!!♡」
ツルギの言葉を遮り、エリザベートが部屋の扉を勢いよく開け放った。
「ただいま戻りました!♡遅くなって申し訳ありません!♡予約していたケーキを取りに行って遅くなってしまって……あら?」
小躍りして入ってきたエリザベートは、ピタッと止まってツルギのベッドの上に目を留めた。
「お客様でしたか?」
それはエリザベートを見上げ、鳴いた。
「にゃあー」
金色の目を潤ませ、真っ黒な尻尾をあざとく燻らせて。
「あらあらまあまあ可愛らしい黒猫ですね。ブルー様のベッドに鎮座しているのは癪に障りますが……。ブルー様が猫好きだったとは。新たな一面の発見ですね」
「勝手に入ってきただけです」
「動物にも好かれるブルー様、なんてステキ♡ほらほら猫ちゃん、こちらへどうぞ」
「にゃー」
「はわわわわ!♡見てくださいブルー様!♡ピョンって!♡私の胸に飛びついてきましたよー!♡」
「発情期なのでは?」
黒猫はたわわなエリザベートの胸部を前脚で踏み、谷間に顔を埋めてまた鳴いた。
「おーよしよし♡ウフフ、可愛いですねぇ猫って♡人懐っこいし、このままここで飼っちゃいましょうか?♡」
「いいですね。リゼさんごと部屋を追い出す口実になります」
「うぅ、ブルー様には愛護の精神が欠けていますよ……。可哀想な猫ちゃん……いつでも遊びに来ていいですからね……」
名残惜しそうに床に放つと、黒猫はベッドから窓枠に飛び移り、振り返ってツルギを一瞥。
「にゃあ」
別れを告げて夜へと跳んでいった。
「ああ、行ってしまいました……」
「一緒に出ていってもいいんですよ」
「追いかけてきてくれますか?」
「追いかけると思いますか?」
エリザベートは、ですよね……とわかりきった冷遇に肩を落とした。
しょんぼりとしながら、エリザベートはツルギが受け取ったプレゼントに目をやった。
「ご家族からですね。そういえば、ヴォルフラム中将からブルー様宛に荷物が届いたので受け取っておきましたが、中身はなんでしたか?」
「さあ。まだ確認していません。皆で楽しめ、というようなことを言っていた気がしますけど」
「包み紙はグローテヴォール商会のものですね。ブルー様のために奮発したのかもしれませんよ」
さしたる期待もせず包装を剥がす。
しかし中身を見た瞬間、ツルギの目の色が変わった。
「キレイですね。宝石でしょうか」
「いえ、これは……」
血の巡りが加速する。
心臓の脈動を抑えきれず、ツルギは目を輝かせて外套を羽織った。
「キティさんのところへ向かいます」
「えっ、い、今からですか? 誕生日パーティーなら二人きりでも……ああっ待ってくださいブルー様! 行きます、私も行きますよぅ……」
それはさながら、焦がれたおもちゃを買い与えられた子どものような。
家に帰るのを待ちきれない期待感と高揚感に似ていた。
白く輝く石の塊を強く握りしめるツルギは、その日初めて満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。ステキな誕生日に、なりました」
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