十六歳の誕生日
帝都の東通りに店を構えるレストラン。
入口の脇でツルギが待っていると、
「お姉ちゃん!」
通りの向こうからフランが走ってきた。
藍色のワンピースの裾がふわりと舞う。
ツルギは抱きついてきた小さな女の子を優しく受け止めた。
「あまりはしゃぐと転んでしまいますよ」
「そしたらお姉ちゃんに受け止めてもらうからいいのっ」
ニシシとイタズラに笑う少女の可愛らしさに小さく息をつく。
するとその後ろからシルベスターが声をかけた。
「やあツルギ君。待たせたかな?」
「いえ、今来たところです」
「ゴメンなさいね。なかなか服が決まらなくて」
そう言うのは、シルベスターの腕を取っている白杖をついた女性。
ロザリー=ヴォルフラム。
シルベスターの妻である。
「どんな服だって似合うと言ったんだがね」
「あら、せっかくの誕生日のお祝いなのよ。めいっぱいオシャレしたいじゃない。ねえツルギ」
「今日もとてもキレイですよ。おば様」
「ありがとう。また一つ大きくなったあなたは、きっともっとキレイになっているのでしょうね。あなたの顔が見られないのは残念だわ」
ロザリーはそう言って眼帯に触れた。
「私も美しくなった私を見せてあげられず残念に思います」
「まあ、この子ったら。フフッ」
「さて立ち話もなんだ。中に入ろう」
「お腹すいたー」
レストランの中にはゆったりとした音楽が流れ、芳しい香りが漂っていた。
「いらっしゃいませ、シルベスター様」
「世話になるよ」
オーナーらしい男性が真っ先にやって来て、得意の常連に頭を下げる。
「お待ちしておりました。ロザリー様もお元気そうで」
「お邪魔します。相変わらずステキなお店ね」
「恐縮です。そちらは……」
男性の目がツルギとフランに向く。
「私たちの娘だ」
「左様でございますか。ええと……」
視線がツルギに集中する。
軍服なのはさておき、腰に携えた剣は見過ごせず、男性はちらりとシルベスターを見やった。
シルベスターは帽子とコートを給仕に預けると、気にしないでくれと言った。
「ただの飾りだ。店の中で抜かせるようなことはしない」
「は、はあ……そうでございますか。失礼いたしました。で、ではこちらへ」
エレベーターで三階に上がり、広々とした個室へと案内された。
過度に飾り付けるようなことはしていない、しかし質素すぎず上品な空間。
窓から景色を堪能出来るこの部屋は、シルベスターのお気に入りだ。
「ここはね、昔この人と付き合った頃から贔屓にしているお店なのよ。お料理はおいしいし、雰囲気も良くてね。まだ士官候補生だった頃ね。この人ったら、背伸びして高いワインなんか頼んで。お会計が足りなくてツケにしてもらったこともあったわ」
「フフッ、それはそれは」
「おいおい、娘たちの前で昔の話はよしてくれよ」
シルベスターはロザリーの椅子を引きながら苦笑した。
「いいじゃない。私にとってはいい思い出なんだから」
「君には敵わないな。たまには贅沢をしようというロザリーの計らいだ。二人とも楽しむといい」
「はーい!」
着席し飲み物を注文する。
「私とロザリーはシャリオンの十年ものをもらおう。ツルギ君とフラン君はどうするかね?」
「オレンジジュース!」
「私も同じものを」
「かしこまりました」
オーナーは丁重に一礼し退室した。
「あなた、ジークはどうしたの? せっかくのツルギの誕生日のお祝いなのに」
「顔を見せるとは言っていたが、どうやら遅れているようだね」
「あの子ったら。時間にルーズなところはあなたにそっくり」
「おいおいそれはないだろう? これでもキッチリした性格だと周りには言われているんだよ」
「まあ、フフッ」
「ジークって?」
フランがツルギの横で小首を傾げる。
「フランは会ったことがないのね。私たちの息子で、あなたたちのお兄さんよ」
「お兄さん?」
「ええ。優しくてとても賢い子よ」
「お姉ちゃん知ってた? 会ったことある?」
「当然です。伊達にあなたより先に養子になってはいませんから」
「またあなたはそんな可愛げのないことを言うんだから」
ロザリーはツルギが自分たちに隔たりを作っているのを気に入らない様子で、むっと眉の根を寄せた。
しかしツルギは素知らぬ顔。
「事実ですので」
「もう、しょうがない娘ね。フランはこんなに素直で可愛いのに。ねえフラン」
「お腹すいたぁ〜」
「そのうち彼も来るだろう。先に食事を始めよう」
「そうね」
運ばれてきた飲み物を掲げる。
「ツルギ君の十六回目の誕生日に」
「それと今更だけれど、正式に軍人になったお祝いと、曹長位に昇級したお祝いもね」
「ありがとうございます」
「では、乾杯」
「かんぱーい!!」
フランの揚々とした声が、四人だけの部屋の中に大きく響いた。
色鮮やかな春野菜のゼリー寄せ。
春キャベツと玉ねぎの濃厚なポタージュスープ。
海老のグリルに仔羊のローストと続き、口直しのソルベを挟んで、メインのローストビーフがやって来る。
ツルギは、ふむ……と唸った。
「いい具合のお肉ですね。ナイフが抵抗なくスッと入って」
火加減はもとより、味も言う事無し。
口の中に広がる良質な肉の旨味に、ツルギは顔を綻ばせた。
そんな少女の顔色は伺えずとも、ロザリーは小さく笑った。
「やっと機嫌がよくなったわね」
言われてツルギは無言で二口目を口に運んだ。
「おいしいわね。ここのお料理は昔とちっとも変わらないわ」
「そう言ってやると進歩が無いように聞こえないか? 言いたいことはわかるがね」
「あらいやだわ私ったら。フラン、おいしい?」
「うん! とっても!」
そう返すフランの前には、他三人の五倍の量の皿が積まれている。
暴食の化身らしい食べっぷりに、オーナーを始め給仕たちは揃って唖然とした。
「ツルギ、最近はどうなの?」
「どう、と言いますと?」
「毎日楽しくやってる? つらいことは無いの? 寮暮らしなんてやめて家に帰ってくればいいのに。そしたら毎日あなたの顔が見られるわ。なんて、私の目は何も見えないのだけど」
「笑った方がいいですか?」
シルベスターに視線をやるが、苦笑しながらワインを傾けるだけ。
「たまには一緒に食事をしたいのよ。可愛い娘なんだもの」
「可愛い娘の役割は全てフランに任せます。私では期待に添えそうにありません」
「ツルギを引き取って何年だったかしら」
「十一の時だから、かれこれ五年近くだね」
「フフ、そうだったわね。本当びっくりしたのよ。あなたったら、相談も無しにツルギを連れ帰ってきて。今日から私たちの娘だよ、なんて」
「君をびっくりさせたくてね。娘が欲しいと言っていたから」
「そうね。可愛い服を着せたり、一緒に本を読んだり。息子じゃそういうことはあまり出来ないもの」
「おかげでセンスは人並みに良くなったと自負しています」
「あら、それは良かったわ」
コースの締めにはアイスと果物が添えられた三層のケーキが提供された。
「結局ジークは来なかったわね」
「何かと忙しいんだろう。彼にも立場がある」
「上の子二人は自分勝手で困るわ。素直なのはフランだけよ」
「良かったですねフラン。あなたは私と違って素直で可愛いらしいですよ」
「エヘヘ」
最後の一口を咀嚼し口元を拭うと、ツルギは席を立った。
「食事も終わりましたのでこれで失礼します。ごちそうさまでした」
「待ってツルギ。食後のコーヒーがまだよ。もう……」
やれやれといった様子でロザリーがシルベスターの方を向く。
シルベスターが手元のベルで給仕を呼びつけた。
部屋に入ってきた給仕の手には包装された箱が。
給仕からそれを受け取ったロザリーは、そっとツルギへ差し出した。
「誕生日プレゼントよ。ツルギ、私たちの娘になってくれてありがとう」
「……去年も同じことを言われました」
「嬉しいことは何度言ってもいいのよ」
「そんなものですか。ありがたく頂戴します」
「私からはこれ!」
フランが嬉しそうに手渡したのは、リボンが巻かれた絵本だ。
「お小遣いで買ったんだよ」
「ありがとうございますフラン。『お菓子の家の狼』……」
何とも自分の欲望が反映された本だと言いかけたが、ツルギはフランの頭に手を置いた。
「大切にします」
「私からも……と言いたいところだが、直接渡すのは照れくさくてね。寮の部屋に贈っておいた。大層なものではないが。友人と一緒に楽しみたまえ」
「お心遣いありがとうございます、おじ様。それでは」
給仕がコーヒーを運んできたのと入れ替わりで、ツルギは足早に退室した。
三人になった部屋で、ロザリーが不満そうに、しかしそこはかとなく嬉しそうにカップに口を付ける。
「変わらないわねツルギは。いつまで経っても懐かない猫みたい」
「君は、彼女のああいうところが気に入っているんだろう」
「そうなの。フフ、手のかかる子ほど可愛いのよ」
「え〜? 私は?私は?」
「フランはとびきり素直で可愛いわよ」
「やったぁ! ロザリーさんだーい好き!」
「あら、私もよ」
抱きつくフランを受け止めるロザリーの姿を見ながら、熱いコーヒーで喉を濡らすシルベスターは小さく微笑んだ。
「君はいつまで経ってもステキな女性だね」
「なによ急に?」
「いいや」
幸せだと思っただけさ、と。
シルベスターはそう続けた。
今回も読んでいただきありがとうございますm(_ _)m
今後ともよろしくお願いしますm(_ _)m




