主題《テーマ》
侵略、防衛の要であり、主に最前線での活動を主題とする第一部隊。
皇室の警護及び帝都の守護者である第二部隊。
医療と兵器開発に携わり、衛生兵として各部隊に派遣される第三部隊。
表立って活動することはなく、密偵と諜報を主題と掲げる、隠密集団……第四部隊。
各地への物資の補給や情報の統率など、後方支援部隊に数えられる第五部隊。
国内情勢の均整化及び治安維持に努める、調停者としての役割を持つ第六部隊。
監査、指導、内部粛清、懲罰、帝国の名の下に裁きの剣を振るうことを許されている恐怖の象徴……第七部隊。
帝国軍に於いては、実働部隊をこれら七の隊に区分する。
部隊に直接指示を下すのは部隊長だが、指針を決定するのはその上、部隊直属の上官だ。
ここでいう上官とは、各部隊の出身者。
階級でいうところの中将以上がそれに該当する。
「ふむ」
その一人、シルベスター=ヴォルフラムは、執務室で優雅にコーヒーを嗜む。
地位以前に平時の内勤組の特権だ。
ふと、勤務時間の終わり際の穏やかな時間を壊すように、彼の部屋の扉が乱暴に開かれた。
「ヴォルフラム!!」
入ってきたのは立派な髭を蓄えた男性だ。
「何か用かな、リービヒ中将」
アーモット=リービヒ。
厳格という言葉を擬人化したような叩き上げの軍人は、足早に歩み寄りデスクに手の平を叩きつけた。
「何か用かだと?! 貴様、またあの問題児を一等星将にと推薦したらしいな!! いったい何を考えている!!」
「何をとは?」
「何度も言ったはずだ!! あのような狂人を帝国の品位ある席に据えるなど甚だ問題だとな!!」
「狂人とは酷い言い草だ。仮にも可愛い娘に向かって」
カップを置き、シルベスターはデスクの上に身を乗り出さん勢いのアーモットに微笑んだ。
「さて、何か問題かな? 有能な前途ある若き軍人を一等星将に推薦することが」
「何が有能なものか!! 訓練のボイコット、サボタージュ、規律違反、度重なる問題行動は数え切れぬほど!! 一等星将どころか軍籍から排するのが妥当な異物だ!!」
「ふむ。彼女に自由という権限を与えているのは、他でもない私なのだが。無論、元帥閣下にも許諾を得てのものだ。リービヒ中将は、閣下のご意向を無碍にするつもりかな?」
「貴様……!!」
「とはいえ、私も娘可愛さに親心で推薦している節はある。私情を挟むのは軍人として相応しくなかった。そこは控えよう。ただ、それを抜きにしてもツルギ=ヴォルフラムが軍にとって有益なのは間違いないと思うが、そこについての議論もするかね?」
シルベスターは尚も笑顔を崩さない。
アーモットは彼の妙な迫力に僅かにたじろいだ。
「彼女の素行は褒められたものでないにせよ、認められたものではある。加えて彼女は強い。剣技の冴え、魔術、頭脳、対局を見通す洞察力、一等星将としての資質を全て兼ね備えていると言っても過言ではない。事実彼女が挙げた戦果は並大抵のものでなく、入隊から僅かな期間で階級を五つも上げている。リービヒ中将、私に言わせれば、君や他の連中が彼女を非難する理由がどこにあるのかがわからないな」
「それとこれとは話が別だ!! 帝国軍人として何より重んじるべきは品格だ!! 伝統と格式ある我らがそれを示すことで、民は心から安寧を抱くことが出来る!! 違うかヴォルフラム!!」
「一理ある、とだけ言っておこうか。ただ、私の考えは違う。強さこそが正義。強さこそが人の安らぎたり得るのだよ」
覚えておくといい、とシルベスターは立ち上がり、アーモットの脇を抜けた。
「どこへ行く!! まだ話は終わっていないぞ!!」
「残念ながら我々二人だけでは水掛け論だ。話し足りないのなら、次の定例会議で議題に挙げるといい。今日はこれで失礼するよ」
時計の針は退勤の時刻を示していた。
「今日は家族で過ごす大事な日なんだ。君も仕事ばかりせず、たまには早く帰って家族を愛でてやるといい」
「待てヴォルフラム!! ヴォルフラム!!」
「ツルギ君の一等星将入りは確定事項だ。無駄に憤るのはやめておくことだよ」
制止は聞かず。
シルベスターは一瞥すらせずに退室した。
やれやれ、と姿が見えなくなって肩を落とす。
すると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「相変わらず騒がしい方ですね」
「ああ、ジーク君。ハハハ、まいったよ。彼の声は耳に障る」
「あの方は第七部隊の出身でしたね。だからこそあれだけ厳しく言えるのか」
「主題に添った仕事人間には困ったものだ。程よく力を抜いてもらわねば、こっちの身が保たないよ」
「ハハ、まったくです」
「ところでジーク君、君も今日は帰ってくるんだろう?」
「ええまあ。一応そのつもりです」
「ツルギ君も喜ぶだろう。君も仕事にかまけていないで、たまには家族と時間を過ごしたまえ」
「了解です」
そんな折。
「ヴォルフラム中将」
廊下の反対側から、副官のレイザが声をかけた。
「お帰りですか」
「ああ。今日は家族水入らずで夕食でね」
「そうでしたか。ところで今、どなたかと話していませんでしたか?」
シルベスターは片眼鏡の下に笑顔を貼り付けた。
「気のせいだとも」
シルベスターの視界の端で、黒が静かに揺らめいた。
――――――――
ツルギ=ヴォルフラムは言わずと知れた狂人である。
人斬りを至高とする彼女だが、それ以外に無頓着なわけではない。
人並みにオシャレに興味があり、食事にもこだわりを持ち、またキレイ好きな一面もある。
訓練かいた汗をシャワーで洗い流す一時は、彼女にとっての安らぎの時間。
たとえ訓練の大半をサボろうと。
「ふぅ……」
脱衣所で濡れた髪を拭いていると、同じくシャワーを浴びにやって来たオフィーリアと鉢合わせた。
「ツルギ」
「お疲れ様です。オブライエンさんもシャワーですか」
「今日もハードだったからねー。曹長殿はいつもどおりさっさといなくなってたけど」
グリグリと人差し指でツルギの頬を突く。
ふと、オフィーリアの視線がツルギの右腕に行った。
肘から先の機械の腕に。
それを察し、ツルギはシャツに腕を通した。
「あまり人の身体をジロジロと見るものじゃありません。オブライエンさんのエッチ」
「あ、ゴメン。って誰がエッチだ! ほんっとにもう」
「フフ」
「ねえツルギ、この後ご飯でも行かない? たまには奢っちゃうよ先輩が」
「自分より階級が下の方に施しを受けるのはちょっと」
「なんだとこのー」
「冗談です。ありがたい申し出ですが、生憎と今日は先約がありまして」
「まさかデート?」
「いえ、家族で食事を。誕生日なのでたまには外で食べようという話になったそうで」
「誕生日? 誰の?」
「私のです」
「へー」
「ではお先に」
「あーい。……………………誕生日ィ?!!!」
上裸のオフィーリアが声を爆発させた。
「た、誕生日って、ツルギ今日誕生日なの?!!」
「はい。十六歳になりました」
「十六歳若っかぁ!!じゃなくて、なんで教えてくれないの?!」
「わざわざ自分から言うのは厚かましくないですか?」
「ニュートラルで唯我独尊みたいな奴が言うな!! もー言ってくれればプレゼントだって買ったのに! 今度絶対用意するから! ていうか第一部隊でお祝いしよ! みんなに声かけるから! 絶対ね!」
「べつに結構です。祝われたいわけでもな――――――――」
「うるッさい!! 子どもは大人に甘えてればいいの!! やるったらやる!! わかった?!」
「は、はい……」
あまりの迫力に、ツルギは初めてオフィーリアに気圧された。
寮の自室に戻ると。
「ブルー様、お誕生日おめでとうございます!」
エリザベートがケーキを用意して出迎えた。
ツルギはケーキの上のイチゴをひとつまみ、邪魔ですとエリザベートを押しのけた。
「何故あなたが私の誕生日を?」
「愛する人のプロフィールの把握は当然の義務ですから」
「はぁ……何故皆して他人の誕生日を祝いたがるのか。私には理解出来ません」
「祝われると嬉しくありませんか?」
「さあ、どうでしょう」
「あっ、そうです! プレゼントを買ったんでした! はいこれ!」
「何ですか?」
「手編みのセーターです!」
可愛らしくラッピングされたそれを受け取ったツルギは、中身を確認することすらせず、箱ごと中身を斬った。
「ああああ!!」
「このゴミは片付けておきなさい」
「せっかく一生懸命編んだのに……」
「あなたのいう一生懸命とは、血を染み込ませた毛糸に自分の髪の毛を編み込むことをいうんですか?」
たとえ血の一滴、髪の毛の一本だろうと、ツルギの鼻はごまかせない。
エリザベートは素知らぬ顔をした。
「少しでもブルー様の傍に私を置いてもらおうと……」
「気色悪いです」
「あ♡」
久しぶりに首が刎ねられる快感で、エリザベートは口から泡を吹いた。




