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SWORD of C 〜 帝国の人斬り令嬢《ブルートザオガー》は心ゆくまであなたを斬りたい  作者: 無色
Episode:6

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68/70

一等星の条件

 帰りの列車の中、マリーはレーヴェの肩に頭を預ける形で、早々に眠ってしまった。

 その様子を、ツルギは睦まじいと微笑んだ。


「案外お似合いなのでは?」

「部下に手を出せるほど器用な性格ではありませんよ」

「獅子といい猟犬といい、肉食には程遠い草食ぶりです。少しくらい傲慢に振る舞ってもバチは当たらないと思いますが。それはそれとして、今日は付き合わせてしまい申し訳ありませんでした」

「いえ、いい気分転換になりました。やはり私は、働いている方が性に合っているようで」

「どうにも共感し難い感性です」


 現在進行系で業務や訓練を放棄している少女は、仕事人間であるレーヴェに眩しさでも覚えたか、ふいと視線を窓の外にやった。


「そういえば、お嬢さん(フロイライン)が第一部隊に配属されてからもう三ヶ月が経ちましたね。方々で目覚ましい活躍をしているとか。先日の修道院領(オスタニア)の件では、対立する宗教間の諍いを止め、更には白貴王国(ブランシェール)軍を撤退させたと聞きました」

「はい。その功績として、准尉の位を拝命しました。私としてはもう一つ二つ、上の位をもらってもいいと思ったのですけど」

「何かお祝いの品でも贈りましょう。希望はありますか?」

「わりと何でも喜べます」


 遠慮を知らない女、ツルギである。


「では服にしましょうか。私の見立てでお嬢さん(フロイライン)が気に入るといいのですが」

「服ですか」

「お気に召しませんか?」

「そういうわけではないのですが、よく考えたらプライベートでも軍服(これ)を着ているので」


 オシャレに無頓着なわけではない。

 むしろツルギは見た目というものを重視しているし、流行にも敏感な年頃の少女らしい感性を持っている。

 その上で軍服を普段着扱いしている。

 その理由は。


「これが一番可愛いんですよね」


 ひとえに彼女の好みである。

 とはいえ、規律(ルール)に縛られた服装であることは間違いなく、それを承知で魔改造している節はあるが。


「とてもよく似合っていると思います」

「じゃあ、レーヴェさんと同じですね。クスクス」

「同じですね」


 和やかに笑い合い、それからツルギはふと訊ねた。


「ねえレーヴェさん。一等星将(アストラル)になるために、私に足りないものは何だと思いますか?」


 少女の目の奥の野心に、レーヴェはほんの僅かに肌が泡立った。





一等星将(アストラル)に……?」

「レーヴェさんもご存知のとおり、私は人斬りです。戦争中ならいざ知らず、平時では大義名分が無ければろくに剣も抜けません。訓練では物足りずフラストレーションを溜めるだけ。となると、やはり一等星将(アストラル)と手合わせでもしなければ、どうにも疼きを止められそうになくて」

一等星将(アストラル)一等星将(アストラル)とでしか訓練を認められていませんからね。それだけ一等星将(アストラル)と一般の兵士と力の差があるという証明です。尤も、そもそも軍での私闘は禁じられていますが」

「訓練ならば問題はない、でしょう? その際に何が起ころうとそれは訓練中の事故です」


 故意か他意かは当人にしかわかりませんからね、とツルギは言葉の端に付け加えた。


「レーヴェさん、私はあなたのことも斬ってみたいと思っていますよ」


 レーヴェは一言、光栄です、と返した。


「私は斬るに価するということですね」

「たとえばこの距離で剣を抜き払ったとしても、レーヴェさんはその拳で私の顔面を穿てるでしょう?」

「冗談でもそんなことはしませんよ」

「もののたとえです。レーヴェさんはほら、一等星将(アストラル)の中でも頭抜けた強さだというのを言いたかったんです。私の剣速に合わせられる人はそういませんから」


 ただ……とツルギは残念そうに声のトーンを落とした。


「レーヴェさんは剣士ではないんですよね」

「剣を使えないということはありませんが、やはり身一つの方がいざという時に動きやすいので。お嬢さん(フロイライン)の好みには合いませんでしたか」

「体術や銃がいけないということではありません。お互いに斬り結ぶあの瞬間がたまらなく心地良いというだけなので、お気になさらないでください」

「剣士となると、ミューラー大佐か……もしくは」

「元帥閣下くらいでしょう」


 アレクサンダー=(ベテルギウス)=ヴェルトリーチェ。

 現皇帝の弟であり、帝国軍の最高権威元帥位に相当する、魔導帝国(ヴェルトリーチェ)最強の剣士である。


「銃や兵器を重視する近代社会、剣が廃れていく一方なのが口惜しいです。まだまだ世界には大層腕の立つ剣士がいるはずなのに」

「その中でも、お嬢さん(フロイライン)はもちろんのこと、ミューラー大佐や閣下は指折りの剣士でしょう。そのレベルとなると、なかなか身近にはいらっしゃらないかと。いっそのことお嬢さん(フロイライン)が教鞭をとってみては?」

「なるほど、畜産というわけですか」


 自ら教え、学ばせ、育ったところを狩る。

 一連の流れを畜産と呼んだツルギに、レーヴェは苦笑した。


「たしかにそれは好みの剣士が育ちそうです。でも大丈夫でしょうか?」

「何か懸念が?」

「育ちきる前に斬ってしまいそうで」

「それは……我慢するしかありませんね」

「やはりそうですね。何とも悩ましいところです」

「話は逸れましたが、お嬢さん(フロイライン)一等星将(アストラル)になるのは、そう難しい話ではないと思います」

「というと?」

一等星将(アストラル)に求められる条件は、強さ、能力、忠誠心と人によって様々ですが、何をおいてもまず重視するのは実績です」


 戦勝の立役者。

 または万の命を救援したなど、軍事が国家の中枢に根付いている以上、実績はそれだけ大きく評価される。

 ただし一等星将(アストラル)の指名の傾向は、あくまで軍上層部に委ねられる。


お嬢さん(フロイライン)の活躍は、一等星将(アストラル)を冠するには充分かと。ですがそれとは別に、一等星将(アストラル)の空席状況と、上層部の意思も関係します」

「上層部の意思とは、つまるところ選別する一等星将(アストラル)の好みということですか?」

「端的に言えば」


 政治的なしがらみや思惑、人物の人柄、それらが複雑に絡み合った末、一等星将(アストラル)は選ばれる。

 ツルギは面倒ですねと鼻で笑った。


「軍も一枚岩ではありませんから」

「仮に、レーヴェさんやノクトさんたちが推薦状を書いても意見は通りませんか?」

「どうでしょう、軍部の内情に関われるのは少将以上ですからね。一等星将(アストラル)とはいえ現場仕事の大佐位風情では。そういうことなら、ヴォルフラム中将に打診してみるのは如何ですか?」

「おじ様はおじ様で、他の方と意見が対立しているようでして。私が一等星将(アストラル)になるのを危惧する方もいるのだとか。新参者に対する風当たりの強いことで。しかし……私なんかより、狂乱令嬢(フランケンシュタイン)一等星将(アストラル)に就いていることの方が問題だと思うのですが?」


 レーヴェは無言で微笑んだ。


「幾度と軍法会議で裁かれても、一等星将(アストラル)の称号を剥奪されていない。それはつまり、軍にとって、国にとって有益ならば……という許容の線引きはあるということ。何にせよあの頭のおかしい科学者が一等星将(アストラル)になれたのなら、私にも希望がありそうです」


 少し猫を被れば、頭の固い上層部も頷くだろう。

 ツルギは大人の扱いを心得ているかのような口振りでそう言った。

 尤もそのくらいなら、反対派の首を斬ってしまったほうが速そうだけれど、と。

 少女は列車を揺り籠にそっと瞼を閉じた。

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