エルフの魔術
通常、人間の魔術師は堕天使系といった例外を除き、先天的に魔力を宿して産まれてくる。
その際に魔力の容量が確定しているのが、魔術師としての才覚を決定づける要因だ。
魔術は想像力や鍛錬でその幅を拡げられるが、魔力の総量はどうあっても増加することはない。
魔力の質は系統や属性を分ける重要な鍵だが、それこそが人間とエルフの魔術の差異でもある。
「人間は自分の中の魔力を魔術へと変換して様々な事象を起こす。それに対してエルフは外……大気中に存在する魔力に直接干渉出来るのさ」
謂わば自然の支配だと、ライリーは手の中で小石を遊ばせた。
「あんた、この石に手を触れずに魔力を流せるかい?」
ツルギは無理です、と即答した。
「端的に、人間とエルフの差はそれだよ。自分を基点にした点の魔術と、空間を広く用いた円の魔術ってことだ」
「それはつまり、エルフの魔術は属性を冠さず環境に依存するということですか?」
「ある程度はね。得手不得手に魔術の熟練度や知識次第だが、それでも人間より汎用性は高いだろうよ」
「いやに古くさいというか、些か無骨ですらあるように思えますね」
「魔術の源流のようなものさ」
加えて、人間は大気中の魔力を取り込むことは出来ず、消費した魔力は体力のように時間をかけることでしか回復出来ない。
対しエルフはその逆だとライリーは説く。
「エルフは呼吸するように魔力を取り込めるから、魔力に際限が無い。純粋な魔術の勝負なら、これは大きな強みになる。魔術師ならその意味がわかるだろう?」
「魔術の規模次第では? 第一魔力を取り込んだにしても、操れる容量はあるでしょうし。どちらが上という話でもないように思えます」
「本当に可愛げのない小娘だ」
ライリーは悪態をついて小石をその辺に放った。
「実際に見てみないとわからないだろう。試しに自分を魔力で覆ってみな」
ツルギは手を剣の柄にかけ、言われるままに魔力を高めた。
「堕天使系の不気味な魔力を触るのは気が引けるが……ほら」
ツルギへと手を翳したライリー。
すると、ツルギの魔力が揺らいだ。
「これは……」
「他人の魔力に干渉し、魔術の構築を阻害する。魔力の扱いに長けたエルフならではの技だ」
「魔術の阻害……たしかにこれは魔術師にとって致命的ですね」
「並大抵の魔術師なら、魔力を逆流させられて破裂するだろうさ。そうでなくても、戦闘中にそんなことをされれば魔術師は混乱して自滅する。その点一緒に来た小僧は見どころがあるね。あれはさぞ名のある魔術師だろう。練り上げられたいい魔力と肉体だ」
「レーヴェさんは帝国が誇る一等星の一人ですから。まあ、そういう観点ならお宅のお孫さんも中々のものだと思います」
「当然だよ。マリーは私が直接魔術の指導をしてやったんだから。そこらの魔術師じゃ相手にもならないよ」
ほう、とツルギは目を輝かせた。
「それはぜひとも相手をしてほしいものです。こう見えて好きなんです。人を斬るの」
「やめときな。孫を傷モノにされたら、あんたを殺さなきゃいけなくなる」
ツルギは笑った。
願ったり叶ったりなんですけどね、と。
言葉を喉の奥に留めて。
「魔術の講義はこんなもんでいいだろう。何か収穫はあったかい?」
「どうでしょう。実戦まで指導してもらえれば、少しは満足出来るかもしれませんが」
「年配には気を配るもんだよ」
「ではここまでですね。やはり現物が手に入らなかったので、ちゃんと落胆はしています。けれど仕方ありません。これは主が与え給うた試練なのでしょう」
「その風体で信心深いのはどうなんだい」
「これでも聖書をそらんじることが出来るんですよ。なにぶん教会暮らしだったもので」
「孤児か。やだね人間は。腹を痛めて血を分けた子どもを捨てるんだから。堕天使系に目覚めるような子どもなら、それも当然だろうけど」
ツルギが微笑気味に鼻を鳴らしたのを見て、ライリーは頭を掻いた。
「悪かったよ。言い過ぎた」
「気にしていませんよ。自分を産んだ親の顔なんてとっくに忘れましたし。今どこで何をしているのか、はたまたもう野垂れ死んでいるのか、それすらわかりません」
どうでもいいことです、と結ぶ。
「そろそろ戻りましょうか。あまり長居すると、レーヴェさんがここの畑全てを手入れすると言い出しかねません」
「ハッハッハ、そりゃ大助かりだ」
風に靡く髪を押さえながら、ツルギはいつもどおりの笑みを浮かべた。
畑に戻ると、せっせと作業に勤しむレーヴェの姿が。
「おかえりなさいお嬢さん。話はもう済みましたか?」
「はい。レーヴェさんは、もうすっかり馴染んだようですね」
「額に汗する労働は心地よいものです」
レーヴェの働きぶりに、ライリーは感心したように、ほぉ、と声を漏らした。
「軍人にしとくのはもったいないね。あんた、マリーと結婚してうちの畑を継ぎな」
「魅力的なお誘いですが、私には軍人が性に合っていますので。彼女には私なんかよりいい人が現れますよ」
「そうですね! 私もそう思います!」
マリーはきっぱりと、レーヴェを否定した。
「レーヴェさんはなかなかに好条件だと思いますよ。顔が良く、背は高く、紳士的で仕事は真面目、優しく、強く、それに女性を大事にします」
「タイプの顔じゃないので!」
シンプルな理由に、ツルギは押し黙らされた。
「あとレーヴェさんは仕事ばっかりかまけて家庭を顧みなそうです! なのですみません!」
「君にステキな伴侶が現れることを祈っています、中佐」
「ありがとうございます!」
「勿体ないね。マリー、夕飯くらい食べていくんだろうね?」
「あんまり遅いと列車が無くなっちゃうもん。明日も仕事だし」
「まったく忙しないったら」
「ゴメンってば。今度の休暇のときは、もう少しゆっくりするから」
「休暇ねぇ」
ライリーはワインの空き瓶を肩に担いで、レーヴェに視線をやった。
「いつまた戦争が起こるかわからない不安定な平和の中で、そんな時間があるのかね」
「心労痛み入ります。皆様の生活が脅かされぬよう、骨身を削り邁進いたします」
レーヴェが頭を下げる横で、ツルギは、ふあぁ……と呑気にあくびをした。
不安定な平和……それに一番退屈しているのは自分だとばかり。
「小娘」
「はい?」
「程々に生きな」
ライリーの言葉の意味を上手く掴めず。
「はぁ……」
ツルギは間の抜けた顔をした。




