川のほとりで
庭の一角。
積まれた丸太の上に、ライリーは腰を下ろした。
「それで? 私に用ってのは何だい? まさか上司と部下が揃って孫と結納の話をしに来たってわけじゃないんだろう?」
「マリーさんは私の好みの対象外です」
「うえぇ?! 酷くないですか?!」
本人と家族を前に、ツルギは表情を変えずに言った。
「フン、どうやら用があるのはあんたみたいだね小娘。そっちの小僧」
「はい?」
「ボサッと突っ立ってないで畑仕事を手伝いな。魔術師なんだ、人より働けるだろ」
「おばあちゃん、レーヴェさんは休暇中で」
「大丈夫ですよ。喜んでお手伝いさせていただきます」
レーヴェはむしろ嬉々として畑へ向かい、マリーも慌てて後を追った。
残ったのはツルギとライリーの二人のみ。
ライリーはツルギに厳しい目をやって、それから小さく息を吐いた。
「堕天使系だね」
「わかりますか? さすがエルフ」
「エルフでなくてもわかるよ。あんたの気配は独特だ」
「エルフは堕天使系に嫌厭するという話でしたが、存外そうでもないようですね。これだけ近くにいても、あなたからは敵意や嫌悪を感じません」
「人間の中にも虫や蛇を見ても騒がない奴がいるだろう? それと同じだよ。だいたいそうでもなけりゃ、人間と関係を持とうだなんて思うもんかい」
酷い例えだが的を得ており、ツルギは変に納得した。
「ただ、私も長いこと生きてるが、あんたほど異質な人間は初めて見たよ。これだけ近くにいるのに人間かどうか疑わしくなる。それに血の匂いが染み付きすぎてる。ろくな人間じゃないだろう」
「恐縮です。私もエルフは初めて見ましたが、なるほど……噂に違わぬ美しさですね」
エルフは長命種である。
人の三倍以上の時を優に生きるとされ、また美しい金の髪と白い肌を有する、美の化身ともいえる種族だ。
「見た目も構造も人間と同じに見えますが、やはり纏う魔力の質が違うように感じます」
「エルフと人間の魔術とじゃあ、定義がまるで違うからね。なんて、そんな世間話をしに来たわけじゃないだろう? 用件は何だい小娘」
ツルギが用事を口にすると、ライリーはハンッと鼻を鳴らした。
「ゲルムライト……あんな石ころを欲しがるのかい最近の人間は」
「石ころか宝石かは求める者次第ですから。単刀直入にお訊きしますが、現物はあるんですか?」
「今は無い」
「今は?」
「十年……二十年か? それくらい前にぶどうが不作の年があってね。生活の足しに売っちまったんだよ」
「売った相手は?」
「さてね。商人だったか金貸しだったか、顔なんかいちいち覚えちゃいないよ」
ただでさえ人間はすぐに年を取って覚えづらいんだから、とライリーは続けた。
「石ころが目的とは思わなかったけど、無駄足を踏んだね。こんな田舎くんだりまで来たってのに」
「そのようですね。ところで、あなたにお願いして森賢国にゲルムライトを入手しに行ってもらう……そんなことは可能ですか?」
「今日今さっき会ったばかりの小娘のためにかい? 顎で使われてやるのは御免だよ」
丸太から降りたライリーは、その足で家から少し離れたところを流れる小川へと向かった。
清流の中へと手を伸ばし、仕掛けてあった網を引っ張る。
中にはワインの瓶が入っていた。
「風情がありますね」
「ワインはキンと冷えたのが好きでね。あんたもやるかい?」
「未成年なもので」
「そうかい」
ライリーは残念だねと言わんばかり、瓶に口をつけて美味そうにワインを煽ると、靴を脱いで足を小川に漬けた。
「あんたも来な」
「私の用はもう終わりました。現物が無いなら帰るだけです」
「いいから。年上の言うことは聞くもんだ」
ツルギは不満げながらにブーツを脱いで、腰をライリーの隣に下ろした。
せせらぎが耳に心地よく、そよぐ風は僅かに冷気を帯びて二人の肌を優しく撫でる。
水の流れに揺蕩うように、ツルギは青い空を仰いだ。
「都会では味わえない贅沢だろう」
ワインを半分ほど空にした辺りで、ライリーはニヤリと口角を上げた。
「何もしない贅沢と、何も出来ないのとは違いますから」
「可愛げのない小娘だ」
「私ほど見た目が整った人はそう居ないと自負していますが」
「そういうところだよ。あんた他人の心の機微を理解出来ないタイプだろう」
「さあ、どうでしょう。必要性次第といったところでしょうか」
「大人びてる……とは違うか。私には心が欠落してるようにしか見えないよ」
事実そのとおりです、とツルギは水面に足を遊ばせた。
「今日今さっき会ったばかりのエルフに改めて言われることでもありません」
「ハンッ、いい度胸だ。せっかく話し相手にしてやってるっていうのに」
「話し相手というなら私が興味のある話題でも振ってください。そうですね、差し当たってエルフの魔術とやらについてでも」
「聞いたところで人間に理解出来るわけでも、ましてやエルフの魔術が使えるわけでもないだろうに」
「知識は深く見聞は広く。それが生きるコツだと教わったもので」
「ハンッ、いいだろう」
ライリーは残ったワインを飲み干すと、空き瓶を脇に置いて立ち上がった。
見てな、と一言前方に手を翳す。
すると小川の一部がうねり、水面に渦を巻いた。
「どうだい?」
もう片方の手を地面に翳せば、そこから芽が出て花が咲く。
摩訶不思議な現象に、ツルギは沈黙した。
「興味があるなら、無知な小娘に教えてやろうじゃないか。エルフと人間の魔術の違いってやつを」
皆さんはどういう休日を過ごされていますか?
当方は休日という存在を忘れそうです。
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