ぶどう畑のエルフ
「というわけで、私は酒蔵領のマリーさんのご実家に行くことになりました」
「却下だ」
ノクトは射撃訓練を指揮する最中、横に立つツルギに目もやらず、短く申し出を断った。
「何故ですか?」
「意味不明な上に現在進行系で訓練をサボっているからだと言えば納得するか?」
「今更では?」
「今更だからこそ立つ腹もある」
「私ノクトさんのお腹好きですよ。程よく筋肉がついて引き締まっていて。斬ったらいい手応えがありそうです」
ノクトは不機嫌そうに目を細めた。
「まあノクトさんの顔を立てて一応許可を取りに来ただけで、行くことは確定しているんですけどね。お土産は何がいいですか?」
「迷惑をかけるな。戻ったら懲罰。以上だ」
「寂しくありませんか? 泣いてしまわないように腕のネジの一本でも置いていきましょうか?」
「以上だ」
「行ってらっしゃいのキスくらいしてくれてもいいんですよ」
「以上だ」
ノクトはツルギの規律違反を咎めるより、自らの精神安定を優先した。
尤もツルギもツルギで、
「つれないところが可愛いですよノクトさんは」
そんなノクトを気に入っているのだから手に負えないのだが。
列車にて移動。
約三時間ほどで、ツルギは酒蔵領の片田舎の町へと到着した。
酒蔵領は、その名のとおり酒造りが盛んな地方である。
どこを向いても麦畑やぶどう畑が広がり、そこかしこに酒造組合に属する蔵が建っている。
国内に流通している酒類の九割がここで生産されているのだ。
「水が清く自然が豊かで、心が洗われるようですね」
「ね、来てよかったですよねレーヴェさん!」
「ええ」
「お二人とも無駄話はそこそこに。早くしないとマリーさんのおばあさんが息を引き取ってしまうかもしれません」
「うちのおばあちゃん危篤じゃないですよ?!」
マリーの家の近くまでは、荷車を引いた牛車に乗せてもらうことに。
「そういえば、おばあさんがエルフということは」
「私にもエルフの血は流れてるっぽいんですけど、私は人間ですよ。お父さんがハーフエルフなので、一応クォーターにはなるんですかね? って森賢国に行ったこともないし、おばあちゃんもほとんど昔の話ってしないので、エルフについては特に詳しいわけでもないんですよね」
「レーヴェさんはこのことを?」
「ええ、まあ。部下のプロフィールは一通り把握しています」
「イヤだぁレーヴェさんのエッチー!」
レーヴェ、苦笑。
「身内にエルフがいることを理由に、軍に在籍して不利益を被ることはありませんが、あけすけに話すことでもありませんから」
「それはそうですね」
「あ、見えてきましたよ! あれが私の実家です!」
小高い丘に建つ小さな赤い屋根の家。
その手前のぶどう畑では、一組の夫婦が水やりをしていた。
「お父さん、お母さん、ただいまー!」
「マリー?」
「どうしたの? 急に帰ってきたりして。休暇? それとも軍を辞めてきたの?」
「違うよ。おばあちゃんに用があって。おばあちゃんいる?」
「向こうの畑にいるけど……そちらは?」
「突然の訪問、失礼します。帝国軍第二部隊隊長、レーヴェ=R=シュナイダーと申します。マリーさんの上司を務めております」
「同じく第一部隊、ツルギ=ヴォルフラム准尉です」
二人……内一人は軍服に見を纏っている仰々しさに、マリーの両親は身構えた。
「あ、あの、マリーが何か……」
「いえ、そういうわけではありません。じつは」
「なんだいなんだい、可愛い孫が帰ってきたと思ったら。コブを二つも付けてきて」
粗野な口振りで現れたのは、涼し気な目元の女性だった。
朝焼けのように鮮やかな金の髪から、尖った耳が露出している。
「しかも片方はコブどころか悪性の腫瘍ときた。まったく、とんだ不良娘だよ」
「おばあちゃん!」
「あなたが、マリーさんの?」
「ようこそと言った方がいいかい? 小娘ども。人間の魔術師があたしの家の敷居を跨ごうなんて」
鍬を肩に担いで、ライリー=ラッツェル……齢の三百を超えたエルフはツルギたちを迎えた。
「取って食われても文句は言わないこった」
皆さんはどういう祝日を過ごしていますか?
当方は仕事です。
十連勤が確定しています。
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