歓迎会
「すぅ……すぅ…………はっ! 厚切りのステーキが斬られたがっています!」
「どんな夢だ」
「あれ? 大佐? ここは……」
「兵舎の医務室だ」
椅子に腰掛け足を組んでいたノクトは、ツルギが目を覚ますなり立ち上がった。
ツルギは眠い目で辺りを見回し、自分が気絶したことを思い出した。
「意識はハッキリしているようだな」
「ええ。おかげさまで」
「三日眠りっぱなしだった」
「どうりで身体が重いはずです。思い切り身体を動かした後はいつもこうなんです。病弱というわけではないんですよ? 私の魔術の副作用といいますか、やけにエネルギーを消耗しまして。燃費が悪いったらありません」
「魔術は未だ解明されていない部分が大きい。あまり無理はしないことだ」
「お優しいですね。けど酷いです大佐。それを預かっていたなら予め教えてくれませんと」
ノクトは膨れっ面のツルギから、手にした指輪に視線をやった。
「魔力を込めて発動する仕掛けのようだな。お前の首輪代わりというわけだ」
「生憎と私を繋ぐには無骨なデザインですけど」
と、ツルギはシーツから右腕を露出させた。
「肘から先が鋼鉄の義手……軍が開発した機械式のものだな」
「数年前、物好きな科学者に着けられました。中に小型のスタンガンのようなものが埋め込まれています。万が一私が暴走したら、その指輪を媒介にして身体中に電流が走るというわけです。おじ様しか持っていないと思ったのに」
「ヴォルフラム中将から預かったものだ。人道的かどうかはともかく、これで貴様を御しやすくなったのはたしかだな」
「御するなんて。ちゃんと軍のお役に立ったでしょう?」
砦を襲撃した東共和国軍は捕虜一名を除き壊滅。
人斬り令嬢の名と恐怖を、東共和国に深く植え付けることとなった。
しかし、
「何度も言うが軍の最たる目的は国防だ。殺戮が目的なら他でやれ」
再度ノクトはツルギを諌めた。
「他でやってしまったら、私は処刑されてしまうじゃありませんか。私は斬りたいのであって、死にたいわけではないんです。痛いのも嫌いですし」
「軍は貴様の遊び場ではない」
「遊び場だなんてとんでもない。ここは私の楽園です。斬ることが許され、斬れば斬るほど褒められる。そう、それが延いては国のためになるのです。なればこそ訊きましょう。大佐、私の存在は悪ですか? 私の行動は罪ですか?」
「わかっていて訊くなら悪で罪だろうな。軍という隠れ蓑、国防という大義名分の下、自身の快楽を叶えているのだから」
「フフッ。なら、悪人で罪人の私の看病をしてくださっていた大佐は、善人で聖人ということになるのでしょうね。情に厚い方はステキだと思いますよ」
「第一部隊に居る以上、貴様のような輩でも部下には変わらない。上司としての責務を果たしただけだ。それよりも眠ってた分の遅れを取り戻すことに尽力しろ。懲罰として一週間の武器庫の清掃及び整理。反省文の提出だ。次また命令違反があるようなら第一部隊には不要と判断する。除隊ないし除籍は覚悟しろ。以上だ」
「大佐」
「なんだ」
「私の恋人になりませんか?」
医務室を出ようとしたノクトが、扉に思い切り頭をぶつけた。
「……眠りすぎて呆けたか」
「失礼な。本気ですよ」
「本気でイカれてるのはわかった」
「ミューラー大佐…………いえ、ノクトさん」
「上官をファーストネームで呼ぶのも軍規違反だ」
「私、初めてだったんです。こんなに心が熱くなったのは。未だかつてこんなに誰か一人を想ったことはありません。胸の高鳴り、熱……ノクトさん……私……私、あなたを…………斬りたいです」
絵画から飛び出してきたのかという美貌。
楽団の歌姫も絶賛する声。
これで思いを伝えられれば靡かぬ者などいない。
ただし、口説き文句は除く。
「ダメ……ですか?」
「良い返事が返ってくるとでも?」
ぶつけた頭を押さえながら怪訝な視線を送る。
「だって、初めてだったんです。斬れないなんて……この世に斬れないものがあるなんて……。これは運命です。きっと私は……あなたを斬るために産まれてきたんです」
「壮大な殺害予告だ。たった今貴様の処分が決まった。斬られる前に除籍してやる」
「そうなったら軍人としてでなく、犯罪者になってでも斬るだけです。柔らかそうなのに鍛え抜かれた締まった身体……赤が映えそうな白い肌……吸い込まれそうな黒い目……あはあ、もう全部……斬りたい……」
蕩けた顔で恋い焦がれる。
ノクトはよだれを垂らすほどの異常な愛を向けられ身震いした。
「お前の狂愛はともかく、私たちはまず女同士であってだな……」
「それなら大丈夫です。私は女性を愛する自信があります。だって女の子の方が肉が柔らかくて斬りやすいですからね。もちろん大佐にだって合わせますよ。喘ぎ声が獣のようでないと滾らないとか、殴られないと興奮しないとか、眼球を舐められてるときが一番濡れるとか、放尿は全て口で受け止めろとか、一般向けでない性癖を持っていても愛することを誓います」
「黙れ異常者」
「そんな無粋な呼び方でなく、ツルギと呼び捨てにして構いませんよ。もしくはツーちゃんと。そしたら私もノッくんと呼びます。そうだ、親睦を深めるために今から手合わせをしましょう。ノッくんが斬られるまで」
「次そのふざけた呼び方をしたら否応なしに処刑してやる。それと如何なる理由があれ一等星将と一般兵との私闘は禁止されている。訓練も同様だ」
「そんなぁ……理不尽ですよ……」
「それだけ一等星将の地位は確立されているということだ。魔術師なら尚の事な」
「そうですか……」
「ようやく諦めたか」
「つまり、私も一等星将になれば、好きなだけノッくんを斬れるということですね!」
あまりに前向きな姿勢にノクトはまたもや頭痛に苛まれた。
「じゃあなります! たくさん斬って軍に貢献すればいいんですよね! 待っててくださいノッくん! 私もすぐ一等星将になりますから! 嬉しいでしょう? 私、一応美少女ですし! 胸もそれなりにありますし!」
「私が年下で未成年の異常な女子に斬られて喜ぶ被虐性愛者ならな」
「そういう風に調教してあげてもいいんですよ? 昔貧民街の娼婦のお姉さんに色々教わったので、それなりに上手いと思います。あ、安心してくださいねノッくん。私、処女ですから」
「黙れ……」
何を言っても自分の意思を主張するツルギに辟易し困惑する。
ノクトにとって彼女は初めて相対する人種であった。
「じゃあひとまずお友だちから始めましょう。私が一等星将になったら恋人になるということで。そしてゆくゆくは……フフフ」
「何がじゃあだ。勝手に決めるな。照れるな」
「もうそんなに照れなくてもいいんですよ、ノッくん」
「おい!」
ノクトが声を荒げたとき。
「おいおい、医務室で騒いでるのはどこのどいつだ?」
ボサボサ髪の男が入室した。
「カーティス」
「おう。おっ、目を覚ましたのか」
「どちら様でしょうか?」
「砦じゃろくに話せなかったからな。バニル=カーティス。地位は中佐で、こいつの同期だ。といってもおれの方が二つ年上だけどな」
「ツルギ=ヴォルフラムです。ノッくんの未来のお嫁さんです」
「お前……」
「おいやめろ真に受けるな! なんだその正気を疑うような顔は!」
「ハハハ、冗談だ。それより、助かったぜツルギ。お前がいなけりゃ、あのまま東の砦は落とされてただろうからな。仲間を救ってくれたことと合わせて、分隊長として礼を言う」
「お礼というなら何かご馳走してください。三日も眠っていたのでお腹が……」
キュウウ……小動物の鳴き声のような腹の音に、バニルは愉快そうに笑った。
「おうっ、任せとけ。お前の歓迎会もしてやらないとな。いっちょ豪勢に行くか。な、ミューラー」
「騒ぎたければ勝手に騒げ。私はいい」
「そう言うなって。せっかくの新兵だぞ。大切にしてやらないとな。ツルギ、何が食いたい?」
「分厚い、斬り応えのあるステーキを」
「よし決まりだ。店を予約しておくから、空いてる奴全員連れてこい。財布……ミューラーもちゃんと来いよ」
「私を財布と呼んだか貴様」
「当たり前だろ。一介の中佐の給金ナメんなよ一等星将様」
「仲がよろしいようですね。嫉妬しそうです」
「こいつこんなぶっきらぼうな性格だろ? 誰も近寄らないもんで、このおれが友だちになってやったってわけだ。ま、所謂兄貴分ってやつだな」
「誰が兄貴分だ誰が」
「なるほど。すると私は妹分ということですね。竿姉妹というやつですか」
「絶妙に意味が違うから他所で使うなよそれ。まあ、妹分ってのは悪くないけどな」
ワシャワシャと乱暴な手付きでツルギの頭を撫で、バニルは白い歯を見せた。
「これからよろしくなツルギ。あと、ミューラーは案外ムッツリだからよ。いざってときはお前がリードしてやれ」
「まぁ」
「カーティス!!」
「ハッハハハ! んじゃまた後でなー」
軽妙な物腰が存外気に入ったらしく、ツルギはバニルを気に入ったようだった。
「小気味のいい方ですね」
「ただのお調子者だ。身体に不調が無いなら行くぞ」
「歓迎会ですね」
「その前に懲罰だ」
その後、ラブレターまがいの反省文を提出したツルギがノクトの怒りを買ったりしたのだが、それはさておき。
二人は歓迎会のため、揃ってバニルが予約した店へと向かった。
「お、来たな第一部隊の花形!」
「先に飲んでるのか」
「ハッハッハ! 祝勝会も兼ねてるからな! ボサッと立ってないで座れ座れ!」
「ツルギ、こっちおいでよ。大佐もこっち座ってください」
「お邪魔します。オブライエンさん」
すでに全員出来上がってるようで、息には酒気を帯び顔も赤みが差している。
「ツルギ、私服可愛いね」
「ありがとうございます。オブライエンさんもよくお似合いですよ」
「口説くの上手いのも可愛いなぁ。何飲む? 未成年だからお酒ダメでしょ?」
「では何かジュースを。あれば炭酸で」
「了解。大佐はどうしますか?」
「ホットワインを頼む」
飲み物が揃ったところで、すでにビールジョッキを二杯空にしているバニルが音頭を取った。
「それじゃあ改めて、この度第一部隊に入隊した期待の新兵ツルギ=ヴォルフラムの歓迎会と、先の東共和国の頭でっかち共を退けた祝勝会を始める!」
「よっ! カーティス中佐!」
「第一部隊の男前っ!」
「ありがとう諸君! それじゃあツルギ! お前から一言乾杯の挨拶いけ!」
「はぁ……」
「ツルギ、頑張って」
その場で立ち上がり、グラスを片手に何を言おうか悩んでから、ノクトを一瞥して咳払いを一つ。
「まずは私のためにこのような席を設けてくださったことに、皆様へ多大なる感謝を。右も左もわからない新米ですが、何卒ご指導ご鞭撻を賜りたく存じます。ゆくゆくは一等星将として国を斬り……引っ張るリーダーになるつもりです。あとノッくんとお付き合いすることになりました。我々の前途に乾杯」
「おい!!!」
「乾杯ー!!」
陽気に朗らかに。
戦場でなければただの人と、一堂は大いに騒いだ。
テーブルの上には所狭しと肉料理。
主役のツルギの前には、鉄板の上でジュウジュウと熱気を立てる厚切りのステーキが。
「ほわぁ……いいお肉ですね。斬り応えがありそうで」
「ここの鉄板料理はうめぇんだ。それに安い。なぁベルトホルト。おれら貧乏学生だった頃はよく世話になったよ」
「は、話を振るな!」
入隊初日にツルギに傷めつけられたブラインは、苦手意識を露わにビールを煽った。
「ベルトホルトさん……でしたっけ」
「な、なんだ」
「新しい眼鏡、よく似合ってますね」
「そ、そうか? まぁ、行きつけの店が良い物を揃えているからな」
「買い換えるときはぜひお声掛けください。眼鏡ってじつはあんまり斬る機会が無くて」
「絶対報せん!!」
男性たちとも話を膨らませる一方、女性グループとも談義に花を咲かせる。
「最近どうなんですかぁモルガン中尉〜」
「どうなんですかって何がですかオブライエンさん」
「決まってるじゃないですかぁ〜。気になる人とか居ないんですか〜ってぇ」
「そ、そんなの居ませんよ! 私は仕事一筋なんですから!」
「とか何とか言って〜こーんな良い物持ってるくせに〜」
「きゃあっ! もうっ! 何するんですかっ!」
「モルガン中尉でっかぁ〜! ……え、何カップあるんですかこれ?! ちょっと第四部隊呼んで! モルガン中尉の胸囲斥候してもらう必要有り!」
「騒ぎすぎだオブライエン伍長」
「だってこれですよ大佐! これ!」
「あっ、ダメぇ……!」
「くそぉいいなぁ〜我々には推し量れない領域ですよ……ね、大佐」
「黙れ」
「控えめで慎ましやかなお胸もストンと斬れてステキですよ。柔らかなお胸もそれはそれは斬るときに趣きがあって好みではありますが」
「黙れ」
ノクトは不機嫌な顔でホットワインを飲み干した。
ノクト=S=ミューラー、脅威のAである。
「そういやお嬢」
「なんですか? ヴィンセントさん」
「お嬢は魔導帝国の産まれだろ? けどその名前は魔導帝国っぽくないのは何か理由があるのか?」
「名前はおじ様が付けてくれました。孤児だった私を拾ってくれたときに」
「孤児っつったって、ファーストネームは……まあいいか。色々あるんだろうなお前にも」
ニコニコと笑顔を絶やさず、斬り分けた肉を淡々と口に運ぶ。
たまに隣のノクトの口元にそれを差し出した。
「ノッくん、あーん」
「やめろ」
「えーいいないいなー。ツルギ、私にもー」
「いいですよオブライエンさん。はい、あーん」
「あーん。んーおいしー。ていうか、なんでミューラー大佐はあだ名で、私たちはファミリーネームなの〜?」
「なんとなくです」
本人はそう言い、取り立てて意識はしていないものの、これには明確な理由がある。
とはいえ複雑な背景は無い。
斬れるか否か。
それだけだ。
「私も名前で呼んでよ〜」
「斬らせてくれたらいいですよ」
「や〜だ〜」
「拗ねるオブライエンさんも可愛いですね」
「やーんその気も無いくせに堕とそうとしてくるこの後輩〜!」
「羽目を外しすぎだ貴様ら。明日も訓練があることを忘れるな」
「いいじゃねぇかミューラー。楽しむときは楽しむ! 笑うときは笑う! 人生メリハリが大事ってなもんよ。ってなわけで、おれもワイン飲みたいから高いやつ頼んでいいか?」
「……好きにしろ」
「よぉーし大佐殿からお許しが出た! 酒蔵領名産、ロマーニアの十二年ものをありったけ飲み干すぞ!」
「おおー!」
「おい待てロマーニアの十二年ものといえば一瓶で中古車が買えるほどの……おい!! やめろカーティス!! この無駄飯食い!! 血税泥棒!!」
「そーれたーだ酒っ! たーだ酒っ!」
ワイワイガヤガヤ。
騒々しいのは日を跨ぐまで続いた。
ツルギに関しては、最後の方はもう半分微睡んでいたが。
「こんなに楽しい食事、初めてです」
その笑顔は年相応の朗らかで無垢なものだった。
ここまで読んでいただきありがとうございますm(_ _)m
今作は当方の代表作である百合チートとは毛色が違うものとなっております。
ツルギは銀髪オッドアイ、義手、サイコパス、信仰心強めの、属性詰め込み娘ですが、今後ともダラダラお付き合い願えればと思います。
今作が刺さった方は、高評価、ブックマーク、感想、レビューにて応援していただければ幸いですm(_ _)m