私が壊れていることは
風と氷……ノクトとフェリスの戦闘は熱を帯びた。
すでに二人以外は置き去りで、戦いに入り込む余地などない。
魔術師同士の戦闘は、それが一つの戦争規模に匹敵する。
が、均衡が保たれていたのは僅か十分程度。
「っ!!」
徐々にノクトが押され始め、彼女の額に汗が浮かび出した。
「どうした、その程度か一等星将の実力とやらは!!」
魔術師としての力量はほぼ互角。
だが、魔術師として致命的なほどに、ノクトには魔力の容量が少ない。
元々長期戦には不向きな上に、ノクトの目的はあくまで国際条約を加味した白貴王国軍の撤退にある。
撃破ならまだ無茶のやりようもあっただろうが、ここに不壊の盾グレゴリー=ロマノグリアに匹敵する魔術師、青薔薇の騎士フェリス=ル=ロアが居たこともノクトにとっての不運。
(せめて奴を退けることが出来れば……)
肩を上下させて呼吸を落ち着かせ、宝具レーヴァテインに魔力を纏わせる。
(この一撃で……!!)
相討ちになる覚悟で一歩を踏み出そうとした矢先。
「間に合ったようですね」
自分とフェリスとの間に現れた影に、ノクトは目を丸くした。
「ツルギ……!!」
外套を優雅にはためかしたのも束の間、ツルギは斬っていいものの群れに向かって飛び出した。
「まだ、こんなにいっぱい……!! 最ぁぁい、高おおおお、です!!」
フェリスは闖入者に面食らったもの、魔導帝国の援軍と認識。
即座に氷の矢を乱射した。
が、目の前の少女は数百と放ったはずのそれを、ほんの一瞬で斬ってみせた。
「?!」
背すじに嫌な気配が伝う。
心臓が早鐘のように警告を出す。
フェリスは咄嗟に天を穿つような巨大な氷壁で、自分目掛けて突進するその異物を分け隔てた。
それは彼女にとって最良の一手であった。
もしその選択肢を選んでいなければ。
「――――――――」
頬の薄皮を斬られる程度では、けして済まなかったのだから。
「ああ、ああいけません……興奮しすぎて狙いがズレてしまいました……。次はちゃあんと、その首斬り落としてあげますからねえええ!!」
フェリスは直感した。
「狂気に染まった双色の眼……人斬り令嬢……か!!」
先ほどの氷壁で魔力は底を尽きかけている。
自分が疲弊しているのに対し、向こうはその気配は一切無い。
加えて後ろには一等星将。
如何に軍隊を用いても、これ以上の戦闘は不可能であると判断した。
「っ、全隊退け!! 退けぇ!!」
苦虫を噛み潰したように眉間に皺を寄せ、自身は殿を務めながら軍を下げさせる。
無論、ツルギはそれを見逃さない。
「ダメですよぉ!! これからが楽しいのに!!」
白貴王国軍の背中を追いかけようとして、その首にレーヴァテインが添えられた。
「止まれ。追う必要は無い」
「……あれは国土を侵そうとした罪人です。斬っても問題はありません」
「こちらが先に手を出した。その前提があることを忘れるな。あとの判断を下すのは上層部だ。我々の任務はここで終わりだ」
「終わり……?」
ノクトは剣を下ろして息をついた。
「報告しろ。ベルガとシュルトツィアはどうなった」
「…………」
「ツルギ」
「……操られていた方々は気を失いました。魔術の効果が切れたのか、魔術師が頃合いを見て解除したのかは不明です。民間人を守るために数人ほど斬りましたが、必要であると判断しました」
「本当に、そう判断したんだな?」
「はい」
「……ツルギ」
ノクトは下ろした剣を再び払いツルギを斬りつけた。
するとツルギは嬉しそうに、剣でそれを受け止めた。
「私をあまり甘く見るな。貴様ほどでないにせよ嘘はわかる。その上で答えろ。貴様が斬ったのは、斬るしかなかった者だけか」
「……クスッ、フフフ。はい。ちゃんと悪い人しか斬ってませんよ。そう約束しましたから。信じてもらえないなんて、私は悲しいですよノクトさん。疑うなら確かめて見ますか? 疑わしきは罰せよ……どうぞ、指輪に魔力を流してください。ただその前に……この不完全燃焼は、どうにかしたいところです、けど……ねぇ!!」
ツルギは乱暴に剣を振り上げ、ノクトの剣を弾き飛ばした。
「貴様……っ?!」
それから首根っこを掴んで地面に押し倒し、ノクトに馬乗りになって顔の真横に剣を突き立てた。
「このままノクトさんを斬っても、きっと戦死の一つとして処理されますよね」
この距離なら指輪を使うよりも速く斬れます……と、ツルギは笑みを歪ませた。
それから、そっとノクトに覆い被さった。
「……何の真似だ」
「ノクトさん……私、いっぱい斬りました。悪い人を、斬っていい人を。もっともっと斬りたくて斬りたくて、斬ろうとして、そしたら……全員倒れちゃいました。斬っていい人が、斬っちゃダメな人になったんです。その時の落胆ぶりといったら……筆舌に尽くし難いほど、悲しくて、むなしくて、最低な気分でした」
「貴様は……いくら斬ろうと満たされることはないだろう。貴様はいつだって満足なんかしていない。どれだけ数を斬ろうと、どれだけ強い者を斬ろうと。カーティスを斬ったときでさえも。貴様はどこまでいこうと、ただの狂った人斬りだ。心が欠落した、誰にも理解されない化け物だ」
「……そうですね。けど、一つだけ間違いです。私が壊れていることは、私自身が一番よくわかっています。わかっていて尚、斬りたくて仕方ないんです。ねえ、ノクトさん」
私は……いったい何なのでしょうね。
その言葉を最後に、ツルギはそのまま気を失うように眠った。
魔術の反動と極度の興奮による疲労だ。
少女の重みを受け止めながら、ノクトは高い空を見上げた。
「そんなこと、私が知るか」
ツルギは書いてて楽しいキャラです。
読んでいただけたことに感謝をm(_ _)m




