牙と血と剣と
熾天使の風切。
熾天使系の中でも、飛行能力を身に降ろす稀少性を持ったそれは、鷹の能力を有した魔術。
鷹の目は獲物を逃さず、翼は高速で空を翔け、爪は鋼鉄すらも容易に引き裂く。
加えて、ライナー=ロッシュは腕利きの狙撃手である。
構えて狙いを定め引き金を引くのに、瞬きほどの時間があれば事足りるほどの洗練された兵士。
しかし、
「馬鹿、な、な、ぜ……」
フランの才能はそれら全てを容易く凌駕した。
胸を撃ち抜かれようと腕をもがれようと、智天使の愛による超速再生が発動する。
熾天使の咆哮の狼の力、智天使の足跡の巨大化、智天使の棘の部分増殖、大天使の影による闇の操作……堕天使の月はフランを無限に成長させた。
ライナーという兵士を一瞬で屠るまでに。
「こん、な……ありえ……」
腕に狼の頭。その頭から腕。また頭。
頭の数も三つ首どころではなく、全身に口を開いたその姿は狼からもかけ離れた完全な異形。
足元に渦巻く闇からは、影が形取った狼が群れを成し、下半身を丸ごと喪い地面に落ちたライナーを囲んでいる。
強い弱い、そんなものにフランは毛ほども興味がない。
おいしいか、おいしくないか、彼女にはそれだけだ。
「いたただきます」
答えは、おいしいに決まっている。
魔術師はそこに在るだけでごちそうなのだから。
「ごちそうさまでした」
口元を……身体のどこにある口を指すのかはともかく、フランは血で汚れた口元を拭い膨れたお腹をさすった。
満足そうにあくびを一つした、その時。
ゾワッとフランの背すじを嫌なものが伝った。
「……お姉ちゃん?」
――――――――
蜘蛛とは自由自在な生き物である。
絡め、跳び、抑え、咬む。
糸、毒、強靭な身体を有する絶対の捕食者。
一度暴れようものならば、他の一切を蹂躙するだろう。
「おおおおお!!」
銃弾よりも速い繭玉。
チェーンソーのように振動するワイヤー。
溶解性の毒。
車両が爆発しようが、地形が変わろうが、ヘルガは苛烈に攻め立てた。
魔術をここまでのレベルに到らせるまでには、汗と血が滲むほどの鍛錬があったことだろう。
しかし、それら全てをエリザベートは一笑に付す。
「いつまでやるつもりですか?」
眼球から頭蓋までを鋼の脚で貫かれながら、穏やかに柔らかく微笑んだ。
「何をやっても勝ち目なんか無い。そのくらいわかるでしょう? もうおとなしく死んだらどうですか?」
「ふざけ……ッ?!!」
エリザベートが軽く指先で空をなぞると、血の刃が雨のように降り注ぎ、ヘルガの身体を斬りつけた。
「ほら」
手の平を返すと今度は血の大鎌が。
「ほら」
腕を薙ぐと血の蝙蝠が群れになって襲いかかる。
「魔術は想像力……ああ、どうしましょう」
「はぁ、はぁ……!!」
「私、ちょっと楽しくなってきてしまいました」
傷だらけになって肩を上下させるヘルガに、エリザベートは腕を伸ばした。
瞬間、エリザベートの腕が爆発した。
血管が破裂し辺りが血まみれになったかと思えば、骨が勢いよく伸び、ヘルガの喉元を鷲掴んだ。
「かはッ……?!」
「あれ? いけない、ちょっと失敗です。腕ごと伸ばそうとしたのに。でもまあ、剥き身の骨に触れる夜風も心地良いですね。フフ、では」
もう殺しますね、と。
エリザベートはもう片方の腕に血の雫を凝縮させた。
放たれれば脳天を軽く撃ち抜くだろう血の弾丸。
「さよなら」
そう笑みを歪ませたとき、黒い何かが視界を横切った。
「?」
エリザベートが気付いた時には、ヘルガを掴んでいた腕が斬られていた。
さらに腹に大きな穴が空き、首から上が消し飛んだのみならず、エリザベートの全身がその場から消えた。
「かはっ、げほごほ!!」
地面にへたり込み、肺に空気を取り込むヘルガに、
「大丈夫かい?」
それは金色の目をやった。
「はぁはぁ……!!」
「だから言ったろう? キリのいいところでその場から離脱するといい、って」
「あの女が、あそこまでやると思わなかっただけよ……」
「それで死にそうになったら元も子もないだろ。おれが助けに来なかったら、今頃は地面のシミになっていたよ」
「ライナーは?」
「死んだよ。怖い狼に食べられて」
「そんな……」
「彼女たちの成長は想像以上みたいだね。おれの見通しが甘かった……いや、あの方の思惑通りということか」
「どうするつもり?」
「そうだね。まあ命令されたことはやったし」
とりあえず……と、尻尾を揺らす。
「ライナーに花でも手向けようか」
――――――――
「きゅ、急に静かになったぞ……? いったい、何が……」
ベルガ教の枢機卿、カスパル=ゲルプケは、恐る恐る教会の扉を開け外の様子を窺った。
するとどうしたことか。
先刻まで喧騒の真っ只中にいたというのに、ベルガ教とシュルトツィア教、それぞれの信徒たちが皆一同に事切れたように倒れているではないか。
「な、なんだこれは……。お、おい、誰か、誰か……」
その煽動が一人の軍人の仕業であることも、毒により操られていたことも、今起きていた争いが幕を引いたことも、彼には一切知る由はない。
が、それ故に当然不安は駆られる。
怯え縮こまっていた間にいったい何が起きたのか、答えを求めるべく外に出た。
すると、一人だけ立っている者の姿を発見した。
「お、おお! 魔導帝国の軍人か! 私を助けに来てくれたんだな!」
縋るように近付き、俯いた少女の傍で惨状を見渡す。
「いったいどうなっているんだこれは。シュルトツィアの豚共め、我らが主の御下で何たる暴挙を。どれだけの信徒が犠牲に……まあいい。私さえ生きていればな。おい、一刻も早く私を安全な場所へと連れて行け」
「……あなたは」
「貴様、私を知らないのか? 私はヘルガの敬虔な――――――――あ?」
カスパルの視界が逆転した。
「誰だか知りませんが……斬っても差し支え無いものとします」
転がる頭を見下ろし剣についた血を払う。
本来ならば今から何百という肉を斬れた……しかし物言わず倒れられると斬っていい道理が、大義名分が消える。
今しがた斬った首の一つでは到底欲望が満たされることはなく、高まった熱の行き場を失い悲しみにくれた。
しかし、
「……ああ、思い出しました。あの人を独房に閉じ込めていた悪そうな人じゃないですか」
転がる首を見て、ツルギはクスッと笑った。
「ならいいですよね。斬っても。もう斬っちゃいましたけど」
そして彼方に向く。
まだ、斬っていいものは残っている。
注目度ランキング入りしたり、急に読者が増えたりと、謎が多いブルートザオガー……
まぁ、読んでおもしろいと思ってもらえれば、それに越したことは無しということで。
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