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SWORD of C 〜 帝国の人斬り令嬢《ブルートザオガー》は心ゆくまであなたを斬りたい  作者: 無色
Episode:5

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血まみれ令嬢《カーミラ》

『やあライナー』

「どうやらヘルガが目標(ターゲット)Bと接敵したようです。如何なさいますか?」


 通信機の向こうで男は、ああ、と笑った。


『放っておいていいよ。ヘルガが上手くやるさ』

「しかし相手は不死です。いくらヘルガでも」

『心配性だね。大丈夫だよ。おれの部下は全員強いから。それよりライナー、今すぐそこを離れた方がいい』

「は?」

『ただの勘だけどね。嫌な予感がする』


 おれの勘は当たるよ、と言い残して通話が切れる。

 ライナーと呼ばれた男は訝しみを覚えたが、次の瞬間には身体中が総毛立ち、振り向きざまにライフルを鳴らした。

 

「見つけた、おいしそうなご飯」


 少女フランは、放たれたライフルの弾を歯で止め、ガリガリと咀嚼した後、目の前の獲物によだれを垂らした。


「食べてもいい?」

「化け物め……!!」


 コッキングし構え、引き金を引く。

 その間僅か一秒未満。

 しかしライナーの放った弾丸は空を切るに終わった。


「速い……!!」


 目の前に迫るのは狼の脚。

 腕を部分的に変化させたフランは、その爪で獲物を引き裂こうとした。


「……あれ?」


 確実に腕の一本はもぎ取れたはずだったが手応えは無い。

 それどころかフランの視界からライナーの姿が消えていた。

 すん、と鼻を鳴らすと、頭の上から羽が一枚落ちてきた。


「子どもと侮っていたつもりはないんだが」


 フランが目をやったのは、爪が掠め血を滴らせる左腕。

 それよりも、彼の背中に生えた雄々しいまでの翼であった。


「排除する。悪く思うな」


 フランは昂ぶる魔力(マナ)……もとい食欲に爛々と目を輝かせた。


「鳥のお肉って、おいしいよね」




 ――――――――




 エリザベートの戦闘力は、良いところ一般の兵士並みだ。

 ツルギの過度なトレーニングにより同年代の平均基礎体力は大きく上回っているものの、センスの欠如が要所で滲み出る。

 格闘、剣術、重火器や爆薬の扱い、どれも平凡といったところ。


「あれだけ粋がって、これ?」


 故にヘルガは拍子抜けしていた。

 頭を撃ち抜く、喉を突き刺す……どんなことをしてもエリザベートは死ぬことはなかったが、相手取るにはあまりに弱すぎた。

 さながら羽虫を払うのと同義だ。


「弱いなら戦うのやめてよね」

「戦い? フフッ、おかしいことを言わないでください。戦うつもりなんてありません。ただの八つ当たりです。こんなことになっていなければ、今頃ブルー様の甘いお仕置きを受けられていたというのに。あなたくらいじゃ……」


 エリザベートは大きく口を開けると、自ら舌を噛み切った。


「はぁ……全然足りません」

「イカれじゃない……」


 エリザベートの首、胴体、腕、足が一度にバラバラになる。

 が、当たり前のように再生する。


「あなたの攻撃も悪くはありませんが、やはりブルー様に比べると……?」


 ふと、エリザベートは右腕に違和感を覚えた。

 ヘルガがニヤリと口角を上げた次の瞬間、右腕が異様な動きを見せた。

 皮膚の下で何かが蠢き、やがてそれは皮膚を突き破り姿を露わにした。


「まあ、蜘蛛」


 小さな数百という蜘蛛が腕を、身体中を這い回る。

 皮膚を破られても、肉を食い千切られても、エリザベートはきょとんとした顔。

 そんな彼女を見て、ヘルガは再度肩を落とした。


「普通の女の子は、身体に蜘蛛が這ってたら悲鳴を上げるのよ」

「蜘蛛はよくお茶の中に入れられたり、ベッドの中に放り込まれていたりしたので。フフ、可愛らしいですね。これがあなたの魔術ですか? 虫を操る智天使系(ケルビム)……違いますか。先ほど私をバラバラにしたのは糸のようでしたし」

「……よく見えてること」

「だとしたら……熾天使系(セラフィム)ですか。蜘蛛の、虫の熾天使系(セラフィム)なんて珍しいですね。だとすると、おかしいですね。身体に獣の力を宿すという熾天使系(セラフィム)概念(ルール)を大きく逸脱しているような」

「王女様って存外頭が悪いのね。魔術は想像力でしょ。イメージ次第で何でも出来る。蜘蛛を生み出すことも、糸で相手を引き裂くことも、毒で正気を失わせることも。これが私の魔術、熾天使の糸(パラシエル)。どう? 少しはビックリしてくれた?」

熾天使の糸(パラシエル)。フランちゃんが聞いたら喜びそうです」


 蜘蛛が這う腕に視線をやると、エリザベートは穏やかな笑みを浮かべた。


「この子たちも随分食いしん坊みたいですね。ですが気を付けてください。あまり欲張るとお腹が破裂してしまいますから」


 蜘蛛が身体の中まで食い漁り、小さな牙を内臓に突き刺したその時。

 爆炎が夜闇を照らした。


「っ、爆発?! 何が……」


 蜘蛛の子はおろか上半身が無惨に吹き飛んでいる。

 飛び散った血と肉が再生する最中、エリザベートは尚も変わらず笑みを向けた。


「あなたの餌はこれで充分でしょう、ってブルー様が私に爆弾を食べさせたんです。フフッ、さすがブルー様。この状況を見越した見事な采配です」


 実際は余興のように面白可笑しく爆弾を口にさせただけだが、エリザベートはそれもツルギの愛と全身を恍惚とさせた。


「さて、もうネタは割れたのであなたに興味は無くなりました。もう殺しますね」

「ただ死なないだけのお人形が、結構なこと言うじゃ……ッ?!」


 ヘルガは自分の足に何かが巻き付いているのに気が付いた。

 

「これは……血……?!」

「さっき自分で言ったじゃありませんか。魔術は想像力。イメージ次第で何でも出来ると。だからイメージしてみました」


 堕天使の血(アスモデウス)の本質は、肉体の完全なる維持にある。

 髪の毛一本から爪の先まで、どれだけの損傷を負っても万全の状態に復元される。

 その万全とは誰が決めるのか。

 他でもない魔術師本人、つまりエリザベートだ。


「案外、やってみると出来るものですね。その状態を万全だと定義づければ、身体から離れた血でも硬質化させて遠隔で操作出来るんですから」


 エリザベートに軍人としての才能は無い。

 だが、魔術師としての才能なら彼女は群を抜いている。


「こんなもの……」


 ゴギッ

 ヘルガの右足が嫌な音を鳴らした。


「ァ、ッア゛ぁぁぁ!!」

「鍛えられた軍人の骨はいい音が鳴りますね」

「ほら、もう一本」


 血がヘルガを締め付ける。

 ヘルガは歯を食い縛り怒り心頭の目でエリザベートを睨みつけながら吠えた。


「調子乗ってんなよイカレ女ァ!!」


 紫がかった魔力(マナ)が荒れ狂い、ヘルガの身体を包む。

 身体を縛っていた血を吹き飛ばした彼女の姿は、人の上半身に蜘蛛の下半身を持つ怪物のそれに変貌していた。


「まあ」


 ヘルガは折れた足を自ら切り捨て、新たな足を生やすことで難を逃れた。


「自切ですか。不便な生き物ですね。いえ、同じでしょうか。蜘蛛も人間も、縊り殺せば死ぬことですし」


 言ってナイフで自らの腕を斬りつける。

 飛び散った血はエリザベートの周囲に、赤く輝く紅玉となって浮かんだ。


「殺す!!」


 やれるものなら、と言う悍ましいまでに禍々しい姿は、奇しくも吸血鬼(ブルートザオガー)に仕えるに相応しいものであった。

 血まみれ令嬢(カーミラ)

 彼女を呼ぶのに、それ以上適した名前は無いだろうほどに。

 血を纏い、血の翼を広げ、エリザベートは笑う。


「では、第二ラウンドと参りましょう」

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