仕事は真面目にやるタイプ
斬って斬って斬って斬って、そうしている内に足はベルガの一番大きな教会の前にたどり着いていた。
狂気と混乱で広場は混沌と化し、誰も一人の少女に見向きなどしない。
「ベルガの背教徒を殺せぇ!!」
「シュルトツィアの異端者を焼き払え!!」
対立する二つの勢力を見て、ツルギは嘲りも冷笑もせず、剣の切っ先で一つ、二つ、と数を数えた。
「主もさぞ大忙しでしょうね。これだけの数が、一度に召されるんですから」
ペロリと舌舐めずりを一つ。
最後までこの甘美を味わい尽くさんとすべく駆け出そうとした、その時だった。
「殺――――――――」
フッ、とシュルトツィアの人間が一人倒れた。
「…………」
今度はベルガの人間が、事切れたように泡を吹いた。
一人、また一人。
次々と目の前で人が倒れていく。
それまで騒がしかった広場が、あっという間に静まり返った。
「…………嘘ですよね?」
血が冷めていくのを覚えながら、左手で髪を乱暴に掻いた。
「嘘ですよね?! 嘘ですよねェ?!! これから、これからが楽しいのに!! 嘘って、嘘って言ってください……嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘ウソって!! いや……イヤぁ……嫌ぁぁぁぁぁァァァ!!!」
楽しい時間の終わりに、ツルギはその場に崩れ落ちた。
――――――――
同時刻。
「これは……」
ギャリングとグレーテルの目の前でも同じことが起きていた。
暴徒と化していた兵たちが、皆一同に倒れたのだ。
「息はあるようですな。しかし……」
兵たちの安否を気遣うギャリングだが、グレーテルはさしたる興味も無さそうにあくびをした。
薄っすらと涙が浮かんだ視界の端で、小さな何かが這っていくのを見たが……
「だる……」
と、どうでもいいとばかりに銃弾を撃ち込んだ。
「ヴィクトリア軍曹、何かありましたかな?」
「べつに」
このまま宿舎で再び眠ろうとした矢先。
「む?」
「…………」
二人の前に一人の少女が現れた。
戦場には不釣り合いな、まだ年端もいかぬであろう子どもだ。
「お前……」
いち早く反応したのはグレーテルだ。
目を丸くし、それから不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、素早く銃口を向ける。
「なんでここにいる」
グレーテルの質問に少女は、
「お腹すいたから。おやつ食べに来たの。お姉ちゃんには内緒だよ」
グレーテルが引き金にかける指に力を入れようとすると、闇が少女の身体を渦巻いた。
少女は巨大な狼へと変貌した。
「何と……魔術を……!」
少女は大きな口で倒れた兵を二、三人ほど咥えると、そのままどこかへと跳んでいってしまった。
「今のはいったい……」
「何でもない。ただの出来損ないで、ただの不要な子だよ」
静寂の中、グレーテルはそっと銃を下ろした。
――――――――
また同時刻。
駐屯地から数キロほど離れた地点にて。
「潮時ね」
軍用車両に預けていた背中を離し、タバコを足元に落とすと、女性はそう呟いて肩に乗った小さな生き物を手の平に乗せた。
フッ、と小さく笑ったところで。
「こんばんは」
突如として聞こえた声に目を丸くした。
「いい夜ですね」
「……ええ、そうね。お散歩? 人一人担いで」
「ええ、まあ。命令なので」
そう言うと少女は乱暴に担いでいた少女を、近くの木の根元に横たわらせた。
「こんなところでお仲間に会うとは。改めてこんばんは。第一部隊所属、リゼ=シュヴェールトです」
「……どうしてここに?」
女性は名乗りを返さず質問した。
「鼻が利く方がいて。その方が、ここが一番魔術の匂いが濃い場所だと教えてくれました。あなたが兵士の皆さんを操った犯人、で間違いありませんか? 魔導帝国の軍人さん。階級は……まあ、少佐でしたか。無礼な物言いをお許しください」
「何のことだかわからないわ。私はただ緊急事態の応援に」
「お一人で?」
言って、エリザベートはクスっと笑みをこぼした。
「すみません、意地悪を言いました。あなたが騒動の犯人なのはわかりきっているのに」
「……私が? 何を言って」
「とぼけなくて結構ですよ。魔術師は魔術師がわかる。そんなこと当たり前でしょう? 尤もあなたがどうやって兵士たちを混乱させたのか、そもそも目的は何なのか、それはどうでもいいのですが」
「……なら、なんであなたはここに?」
「それはもちろん、感謝を伝えに」
感謝?と女性は眉根を寄せ警戒心を強めた。
「これだけの騒動。あなた、もしくはあなた方の目論見はどうであれ、愛しのブルー様の悦楽を万分の一でも満たせたことでしょう。ただ」
エリザベートは撃ち抜かれた自分の頭に手をやった。
「ブルー様の命令ならいざ知らず、やはり撃たれるというのは腹立たしいのです」
「人間は、頭を撃たれれば死ぬものじゃない?」
「フフッ、かもしれませんね」
「かも……じゃなくて実際そうでしょ……っ!」
投げたナイフがエリザベートの首を斬る。
夥しく血が流れるが、本人は意にも介さない。
「生きていることに驚かないということは、私の魔術を知っているようですね。それに正体も。ああ、なるほど。お義母様の子飼いの方でしたか。それで」
エリザベートはそのやり取りだけで把握したようだった。
何が起き、何が原因の騒動なのか。全て。
「どうしますか? これが命令なら、もしくは命令に含まれているなら実行は不可能なわけですけど。おとなしく帰っても咎められることは無いと思いますよ。だって死なないんですから。ね? まあ無事に帰れるかどうかは、別の話として」
「そっちがやる気なら、仕方ないんじゃない?って思っちゃうんだけど。やるだけやるかな。殺せないと勝てないはイコールじゃないし。これでも私、仕事は真面目にやるタイプなの」
「名前くらいは訊いても?」
女性は一言。
「ただのヘルガでいいわ」
腕を薙ぎ、エリザベートの胴体を真っ二つにした。
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