罪無き者の命
正気の兵は最早おらず、ツルギたちは剣林弾雨の中を駆け抜けた。
数が多かろうが所詮は一般人。
魔術師である彼女らを止めることは叶わないが、ノクトたちは逃げる以外の選択肢を取れずにいた。
「気絶させても立ち上がってくる……! 負傷者まで……!」
「いやはや、どうしたものでしょうなあ!」
制圧は容易。
しかし多少のダメージならものともせずに立ち上がってくる。
「ですから行動不能にしてしまえばいいんです。足の一本でも斬れば立ち上がれませんよ」
「ヴォルフラム軍曹、仮にも私の部下たちです。どうか……」
「はぁ、せめて手足を折るくらいは勘弁願いたいものです」
斬ってはいけない絶好の獲物を前に、ツルギはため息をついた。
「この分だと、我々以外は全員正気を失っている……いや、操られている可能性があるな」
「私たち以外……」
ハッと少女のことを思い出す。
(リゼさんたちが付いているので大丈夫だとは思いますが……もしも彼女に傷でも負わせようものなら……)
物騒なことを考えながら、目の前の兵士に蹴りを見舞った。
「全員が操られているのに、何故私たちは無事なんでしょうか……?」
「魔術師だから、ですかな?」
「それなら私は何故……」
「主犯がヒャーハイツ大佐のようなくたびれた渋い大人の男性が好みなんじゃないですか」
そんな軽口を叩いたとき、ツルギは急に振り返り身を低めた。
数秒前に頭があった位置を銃弾が通過。
背後の壁を粉砕した。
「狙撃?!」
「銃声は聞こえませんでしたな。消音器か」
「いえ、これだけ場が混乱していても、引き金を引くタイミングで殺気を読み取れます。着弾の寸前まで反応出来なかったのは、それだけ遠い距離から狙撃したということでしょう」
「この夜闇の中を……」
「魔術師に狙撃手……次から次へと」
「距離はともかく方角はわかりました。ここは射線が通ります。すぐに移動しましょう」
ツルギが関心無さげに言ったとき、人垣が向こうから崩れた。
ノクトたちが身構えると、寝間着姿のグレーテルが現れた。
「気持ちよく寝てたのにうるさい……何事?」
「ヴィクトリア軍曹!」
「あー……なるほど。把握した」
気怠そうに頭を搔いて、ホルスターから銃を抜く。
「ま、待ってくださいヴィクトリア軍曹! 彼らは!」
「黙って見てろオス」
ズィードの制止を振り切り数度引き金を引く。
音は無く、放たれた弾丸はさながらオモチャのようで傷一つつかない。
しかし次の瞬間、兵士の一人が別の兵士に引き寄せられ、同じような現象が次々と起きた。
「これは……」
「弾丸に指向性の磁力を込めて、命中した対象に磁気を付与した。これで身動きは取れないでしょ。さっすがあたし。愛してるよあたしの愛する子」
「反吐が出ますね」
得意げに銃にキスするグレーテルの様に、ツルギは容赦なく毒を吐いた。
「ともかく活路が開けた。急いで脱出するぞ」
「ここを出たとして、その後どうするおつもりですか?」
「本部と連絡を取り増援を要請する」
「元々私たちしか派遣されなかったのに、追加の援軍が期待出来ると? 第一間に合わないと思いますよ。第六部隊の鎮静化、市民の避難、暴動の制圧と白貴王国の撃退、消火活動……のんびり増援を待っている間に、修道院領は灰に変わるでしょうね」
「……貴様ならどうする」
ノクトの口から出たのは、藁にも縋る切実な思い。
隊長してこの状況を打破しようという責任。
ツルギはそれを察した上で言う。
「全部を斬って私が灰にします。ですが、命令ということであれば。この剣で窮地を斬り拓いてみせましょう」
「やれるのか」
「そうですね。とりあえずこの場はイカレ科学者と、護衛にアンカー中佐が残れば事足りるかと」
「なにあたしに指示してんだメスガキが」
「ああ失礼。役不足でしたね。引っ込んでていいですよ不要な子」
「てめぇから改造すぞ人斬り令嬢」
一触触発の空気に、緊急事態とノクトが割って入る。
「ここを頼みますヴィクトリアさん。アンカー中佐」
「チッ」
「了解しました!!」
「お二人とも、私の部下たちをよろしくお願いします」
「何人か減っても文句言うなよオス」
「お任せを!! ワッハッハ、さぁ、まとめて相手をしてやろうではないか!!」
ギャリングは上着を脱ぎ捨てると、隆々とした筋肉を滾らせ、機械の腕を鈍く鳴らした。
四人は荷台付きの車両で市街地へ向かう。
その最中、助手席のソフィアが振り返った。
「本当に大丈夫でしょうか……」
「あの二人なら心配いりません。仮にも一等星将と、鍛え抜いた魔術師ですから」
荷台で風を浴びながら立ち上がる。
車両がベルガ地区とシュルトツィア地区を分ける大通りを通過した辺りで、ツルギは荷台の縁に足をかけた。
「皆さんは先に白貴王国軍の方へ。私はここを片付けてから向かいます」
「ツルギ」
「はい」
「貴様が何をしようとしているかはわからない。だが、いくら内紛中といえ相手は市民だ。罪無き者の命を奪うな。この命令を守れるなら、行け」
「了解しました」
ノクトにのみ見せる右手の敬礼。
一種の信頼である証を残し、ツルギは走行中の荷台の上から飛び降りた。
「主のご加護があらんことを」
走り去る車両に祈りを捧げ、道の真ん中で肺いっぱいに空気を吸い込んだ。
炎の熱、硝煙と血の匂い、悲鳴と怒声……混沌をその身に取り込み、口角をめいっぱい上げる。
「……ああ、あああ、あァァァァ!! 痺れるたまりません最ッッッ高です!! 罪、罪? 罪でしたっけェ?! 罪無き者の命は奪うな……!! イヒッ、キシシ、アハッ、アッハァァ!! はい、はいっ!! なら、いいんですよね!! 罪、人、なら!! いくら、いくら斬っても!! ノクトさんノクトさんノクトさん!! 私、私ィィィ!!」
ちゃんと命令を聞きますからね、と。
ツルギは逸る気持ちで炎が焼べる街を跳んだ。
「尊き主の手の平の上で暴虐に狂う背教者に!! 主を蔑み冒涜せし愚か者に!! 永遠なる魂の救済ヲォ!!」
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