暗躍
その日の夜、今後についての会議が開かれた。
席につくのはノクトとギャリング、ズィード、オラフ、ソフィアと、呼ばれてもないのにツルギ。
「貴様はいい。部屋へ戻れ」
「ここで本が読みたくなっただけです。どうぞお気遣いなく」
ノクトはあからさまなため息を一つ。
そんな折、ソフィアが挙手した。
「昼間にベルガとシュルトツィアの聖堂を訪れたんですよね。成果はどうでしたか?」
「芳しくない。どちらも争いを止める気は無いらしい」
「ベルガの司祭が、シュルトツィアで殺害されていた件は?」
「ベルガ教は、同胞を失った怒りと悲しみに熱くなるばかり。シュルトツィア教は知らぬ存ぜぬの一点張りで、向こうが攻めてくるのだから立ち向かうしかない、と躍起になっている。とても話し合いどころじゃない」
おかしな話です、とツルギが聖書に目を落としながら。
「理由も犯人もわかっていないのに、些細なきっかけ一つで燃え上がって。やれ向こうが悪い、こっちは悪くないだの。子どものケンカでもあるまいし」
「口を挟むな」
「こんな会議で何か解決の糸口が掴めるわけでもなし。今は部隊を再編成し、白貴王国との戦に臨むべきです」
誰しもが思いながら内心に秘めたことを、ツルギは臆すことなく言い切った。
アルレシュミットの末裔を手に入れるという目的の半分を達成したことで、斬ってはいけない内紛問題に関し興味が希薄になったためだ。
「再編成といっても、実働は第一部隊になるのでしょうけれど」
「ヴォルフラム軍曹、僭越ながら」
「皆まで言わなくて結構ですよヒャーハイツ大佐。第六部隊の主題が国内情勢の平定。だからといって、前線部隊の第一部隊に全てを委任するわけではないこと。私たちの投入は、第六部隊が白貴王国軍と衝突しても勝算が低いからではなく、より確実な勝利を収めるためであることも」
ノクトは誰にも気付かれないよう小さく舌打ちした。
(これがツルギの厄介なところだ。人斬りの凶人である反面、戦況や大局を誰よりも冷静に俯瞰出来る。面倒な奴だ)
そんな憎らしい視線に気付いたか、ツルギはニコリと微笑んだ。
(どうやらあの子を連れ去ったことは騒ぎにはなっていないようですね。監禁と暴行なんて表沙汰に出来るはずもありませんが。あとは白貴王国を撤退させれば任務完了。簡単で楽しいお仕事です)
そう、簡単な仕事のはずだった。
「た、大変です!!」
第六部隊の隊員が血相を変えて会議室に飛び込んでくるまでは。
――――――――
「ふあぁ……」
「眠たいですか? 私の膝を使ってもいいですよ」
「イヤッ。奴隷ちゃんくさい」
「く、くさっ?! くさくないですよ! 毎日ちゃんとお風呂に入っていますから! ちゃんと嗅いでください、ほら!」
フランはツンとした態度を見せたが、エリザベートはそんなところも可愛いとニヤけ顔。
将来は自分の義妹になる子という打算が見え透いているのが、フランが毛嫌いしている理由だろう。
「ん?」
ふと病室のドアがノックされる。
「はい、どうぞ」
返事は無く、ノックが繰り返される。
訝しみながらも応じドアを開けると。
「どなたで――――――――」
銃を構えていた兵士たちによって、エリザベートの頭が弾け飛んだ。
――――――――
「た、大変です!!」
「どうしましたか?」
「いっ今しがた観測班から連絡を受けました!! シュルトツィア教が、ベルガ地区に侵攻を!! 同時、白貴王国軍が魔導帝国に向け進軍を開始したとのことです!!」
「なッ?!!」
空気がザワつく中、ツルギは静かに笑みを薄めた。
「どういうことですか! いったい何があったと!」
「そ、それが何がなんだか!」
「とにかく各員に通達を! 緊急事態、各員武装し迅速に暴動を治めるように!」
「はっ、かしこま、り、ま――――――――シタ」
途端、隊員がナイフを振りかぶった。
ズィードに刃が突き立てられんとする瞬間、ただ一人反応したツルギが、ズィードを押しのけて柄に手をかける。
「斬るな!!」
一拍遅れて飛んできたノクトの命令。
ツルギは仕方なく、隊員のナイフを躱し喉元に向かって貫手を放った。
隊員はたしかに白目を向いて気絶したが、それでもナイフを離さず襲いかかろうとした。
「大天使の翼!!」
ノクトが風で隊員を縛り付けたのも束の間。
「ハイレーン大佐!!」
「!」
今度はオラフがソフィアに向けて銃を発砲した。
「むぅ!!」
「アンカー中佐!!」
咄嗟にギャリングが庇いソフィアは無事に済み、オラフはツルギによって部屋の外へと蹴り飛ばされた。
「中佐! 私のせいで!」
「ハッハッハ、なにこのくらい! 鍛えておりますからな!」
「治します! 腕を!」
分厚い筋肉で致命傷は免れた様子で、ソフィアの魔術によって治療を受け傷は瞬く間に完治した。
「い、いったい……何が……」
同じく隊員を風で窓の外へ吹き飛ばし、ノクトは腰の剣を抜いた。
「部下に手荒な真似をすみません。ですが、見るからに正気じゃない」
「ヒャーハイツ大佐、隊員の間で薬物が横行しているようなことは?」
「そ、そんなとんでもない!」
「失礼しました。裏切りや気が狂ったわけでもないなら」
「魔術か。人を操る魔術……だが……」
扉からぞろぞろと入り込む兵士たち。
まるでゾンビさながらに正気を失った彼らを見て、ノクトは額に汗を浮かべた。
「この規模は、なんだ」
「まさか、部隊全員が……」
「どうしますか? 斬っていいなら早く終わりそうですが」
「許可すると思うか」
「では、一旦退きましょう」
剣を抜き払い壁を斬る。
ツルギたちは群がる兵士たちに背を向けてその場から離脱した。
赤く燃える街が、嫌でも目に入った。
――――――――
「あ゛ーしんどい。お仕事頑張った私偉すぎる。人使いが荒すぎるのよ。いっつも人にばっかり働かせて。たまには自分で動けっつーのよあの野郎」
軍用車の中でとある人物がぶつくさと文句を垂れていると、それを見通したかのように通信が入った。
「はいはい。なんでしょうか?」
『やぁヘルガ。元気にしてるかな? そろそろおれに悪態をつきながら仕事を終わらせたところかと思って連絡してみたんだ』
「……あなた盗聴器なんて仕掛けてないでしょうね?」
『ハハハ、可愛い部下にそんなことするわけないだろ』
ヘルガと呼ばれた女性はブルッと身体中に鳥肌を立たせた。
『首尾はどうかな?』
「はぁ、滞りなく」
『ご苦労さま。適当にかき乱したら、キリのいいところでその場から離脱するといい。あまり長居すると、怖い堕天使に拐われかねないからね。ライナーにもそう伝えてくれ』
「言われなくても。ところで、本当にここまでしてよかったの? 明らかに私たちの主題から逸脱してるんだけど」
通信機の向こうで男はクスッと小さく笑った。
『問題無いよ。そういう命令だ』
「そう。ならいいわ。ちゃんとボーナスは弾みなさいよね」
『成功したらね。どうせ無理だと思うけど』
短い言葉で通信を切られ、ヘルガは受話器を投げた。
「あの気まぐれ男!」
乱暴に背もたれに身体を預け、砲撃と爆発の音に耳を傾ける。
「悪く思わないでよ。これは、命令なんだから」
お読みいただきありがとうございます!
今後の展開にご期待ください!
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