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SWORD of C 〜 帝国の人斬り令嬢《ブルートザオガー》は心ゆくまであなたを斬りたい  作者: 無色
Episode:5

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堕天使たち

「――――――――ちゃん。お姉ちゃん」


 小さな手に揺すられ、ツルギは目を覚ました。


「あ、やっと起きた」

「フラン……? ……ああ、眠ってしまったんですね」

「もうっ。二時間も起こしたんだよ?」


 懐中時計で時間を確認する。

 エリザベートがこの場を離れてから、三時間が経過していた。


「ずっと起きないんだもん。死んじゃったのかと思った」

「熟睡しただけです」

「……? お姉ちゃん、なんで泣いてるの?」


 フランに言われ、ツルギは頬に薄っすらと涙が伝っているのに気付いた。


「なんでもありません。リゼさんから話は聞いていますね。ここを片付けなさい」

「はーい。いただきます」


 フランが両手を翳すと、闇が死体に覆い被さった。

 しばらく蠢いた後に闇が消える。

 後には血の一滴も残っていない。


「んーおいしいー♡魔術師じゃないのが残念だけど」

堕天使の月(ベルゼビュート)大天使の影(ゼルエル)を組み合わせたんですか。影渡りも問題無く可能なようですし、魔術の使い方が上手くなりましたね」

「ちゃんと毎日お勉強してるもん」


 ツルギに撫でられご満悦のフラン。

 

「ご苦労さまです。帰っていいですよ」

「えーもう? もっと食べたいよー。生きてても死んでてもどっちでもいいからー」

「帰りなさい」

「むー! お姉ちゃんばっかりズルい! 影を移動するのってすっごくお腹ペコペコになるのに!」

「今さっき食べたでしょう。新鮮な死体を三つも」

「足ーりーなーいー! あーあ! もう一歩も動けないー!」


 日に日に人間らしくなるフランに一抹の鬱陶しさを覚えたものの、これも成長かと、ツルギは姉としてわがままを受け入れた。


「わかりました。何か食べさせてあげます。その代わり影に潜んでいなさい。あなたが見つかるのは面倒ですから」

「ほんと? やった! お姉ちゃん大好き!」


 フランはツルギに抱きつくと、そのままツルギの影の中へと消えていった。

 大天使の影(ゼルエル)は闇を司る魔術。

 闇を手繰り重力を操る多種多様な力ではあるが、それのみではせいぜいが影に潜る程度だろう。

 しかしフランの魔術の一つである熾天使の咆哮(ラティエル)を組み合わせると、狼の嗅覚によりマーキングした影を渡ることを可能にし、長距離の瞬間移動を実現する。


(魔術の組み合わせ方が天才的ですね。意思を持った魔術の特性なのかもしれません)


 しかしどうしたものかと頬を掻く。

 この大食漢に与える餌はどこから調達しよう、と。






 基地に戻ったツルギを待っていたのは、不機嫌を露わに腕を組んだノクトであった。


「勝手はするなと伝えたはずだが、どこへ行っていた」

「軍人たるもの、市民が無為に血を流しているのは耐えられないと、私に何か出来ることはないかと街を訪れていました」

「その格好でか」

「主の信徒として祈りを捧げたくて」


 着替えるのを忘れ、ツルギはそれらしいポーズを取った。


「懲罰だ。今日の夕食は抜きとする」

「えーーーー?!」


 突如響いた聞き覚えのある声に、ノクトは眉間に皺を寄せ、ツルギは無言で影を踏んだ。


「……え、エー? ソンナーゴハンヌキナンテヒドイデスー」

「黙れ。貴様、何か良からぬことはしていないだろうな」

「今のところは」


 少し斬りはしましたが、とはさすがに口を噤んだ。


「……ならいい」

「言及しないんですか?」

「非常事態だ。第一、問い詰めたところで貴様が本音を口にするとは思えない」

「失礼な」

「結果的に軍の利益になるなら、上官として言うことはない」

「では、ノクトさん個人としては?」


 ドン、と大きな音が一つ。

 ノクトはツルギの背後の壁に手をついた。

 

「おとなしくしていろ」


 声に怒気を含ませるも、あっけらかんとするツルギに辟易し、ノクトはそのまま去っていった。


「怖いねノクトお姉ちゃん」

「あの人は怒った顔が可愛いんですよ」

「変なの。怒られて嬉しそうにしてる」

「……?」


 本人に自覚は無かったが、ツルギの頬には若干の赤みが差していた。

 

「……高圧的に迫られるのが好きなのかもしれません」


 間の抜けたことを考えたのは、しばらくしてからのことであった。






 その後、基地の隣に併設された病棟に向かう。

 傷付いた兵士たちを横目に、件の少女の元へ。


「ブルー様、おかえりなさい」


 抱きつこうとするエリザベートを躱し、少女が眠るベッドの横に立つ。

 各所に包帯を巻かれ、腕からは点滴の管が伸びていた。


「これでは話どころではありませんね」


 そう呟いたとき、病室のドアが開いた。


「ツルギさん。戻ったんですね」

「今しがた。ソフィアさん、彼女の容体は?」

「かなり衰弱しています。私の魔術で怪我は大方治癒しましたが、ぁ」


 不意にソフィアの身体が前のめりになったのを、ツルギがそっと受け止めた。


「ご、ゴメンなさい。私ったら」

「魔術の反動ですか」

「は、はい。私の智天使の愛(ラグエル)は、傷を癒やし体力を分け与えることが出来るのですが、体力と魔力(マナ)の消費が著しくて、あまり乱用が効かないんです」


 それでも百人単位で治癒することが可能というのだから、彼女の魔術の技量の程が窺える。

 

「こんなに大胸筋に栄養を蓄えていそうなのに」

「い、いえ、あの、これはらくだのコブではないので……コホン、今は点滴による栄養補給をし様子を観察します。安静にすれば一週間ほどで目を覚ますかと」

「一週間……」


 とんだお預けを食らった気分で、ツルギはがくりと肩を落とした。

 それから、ふと固まり、俯いたまま口角を上げた。


「ソフィアさん、あれはなんでしょう?」

「あれ?」


 窓の外に視線を向けさせた一瞬、目にも映らぬ早業でソフィアの髪を数本失敬した。

 

「すみません。ノクトさんが裸で奇妙なダンスを踊っていると思いましたが、見間違いだったようです」

「何と見間違えたんですかそれ……。では、私はこれで。彼女の安否に関しては任せてください。私の前では誰一人死なせたりしませんから」


 フンス、と細い腕でポーズするソフィアに、


「よろしくお願いします」


 ツルギは可憐に微笑んだ。

 それから、


「フラン」


 影の中にソフィアの髪を落とした。


「食べなさい」

「もぐもぐ……んーんーんーんー!♡」


 フランは影からひょっこりと上半身を出すと、髪の毛を咀嚼しながら目をウルウルさせて歓喜した。

 飲み込むのが惜しそうに、ゆっくりゆっくり味わって。


「すっっっごいおいしいー!♡お姉ちゃんお姉ちゃん、今のもっと!♡もっと食べる!♡」

「ダメです」

「随分反応が大きいですね。やっぱり魔術師は味が違うんですか?」

「違うよ! 普通の人はお肉!って感じだけど、今の人はお砂糖と蜂蜜とジャムをたーっぷりかけた山盛りのお肉!って感じなの!」


 二人は揃って微妙な顔をした。


「まあ、味どうこうに興味はありません。フラン、魔術の方は?」

「うん大丈夫! 使えるよ!」


 フランはベッドの少女に向かって手を翳した。

 すると、淡い蛍光が漂い少女の身体を覆った。


智天使の愛(ラグエル)……治癒の魔術を手に入れられたのは幸運ですね」


 堕天使の月(ベルゼビュート)は喰らった相手の能力を得ることが出来る。

 それが髪の毛一本、血の一滴でさえ。

 無尽蔵の食欲は、そのまま無限の容量。

 喰らえば喰らうだけ、フランの力は強大になる。


「そんなに便利な魔術なのに、私の力は使えなかったんですよね」

「奴隷ちゃんはおいしくないからイヤッ」


 フランはエリザベートにそっぽを向いた。

 どうやら堕天使系(ネフィリム)は食べてもおいしくなく、また能力も使えないらしい。

 実際フランがエリザベートの右腕を丸かじりしたときには、あまりのまずさに吐き戻したほど。


「私のことはお義姉ちゃんって呼んでくださいよ。可愛い義妹なんですから」

「イヤッ。奴隷ちゃんは奴隷ちゃんっ」

「いい子ですねフラン」

「ああんブルー様ぁ……」

「フラン、そのまま治癒を続けなさい。リゼさんはフランの付き添いを。何かあれば呼んで――――――――」


 ツルギが少女に背を向けたとき、ふと動きが止まった。

 見れば少女の手が鞘を掴んでいた。


「起きたのですか?」

「……いえ、無意識に手を伸ばしたようです」


 エリザベートでさえ触れれば手が壊れた妖刀を鷲掴みにする。

 それも無意識下で。

 アルレシュミットの血は想像以上に期待出来そうだと、ツルギは少女の頭に手を置いた。


「はやく起きてくださいね。待っていますから。私も、この子も」

 お読みいただきありがとうございます!

 今後の展開にご期待ください!


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