夢
「結局斬ってしまうなんて。これじゃ隠密の意味がありませんよ」
バラバラになった死体を見下ろしながらエリザベートが息をついた。
「死人に口無しです。だいたい、姦淫に手を染めるような背教者など生きている価値はありません」
「ブルー様はそこのところオープンではありませんでしたか?」
「セックス自体は尊い行いです。そこに一方的な快楽があるのがいけないというだけで」
「無理やりも案外趣深いかもしれませんよ」
とまあ、まだ乙女な二人の会話である。
「さて」
「彼女、気絶してしまいましたね。ろくに食事も与えられていないようですし、怪我も酷いです。早急に治療の必要があるかと」
「連れ帰ってソフィアさんに看てもらうとして、その前にここの後始末ですね」
「放置して帰ればすぐに騒ぎになるでしょうからね。普段見かけない二人のシスターのことも」
内紛の火種が増えようが、アルレシュミットという目的を果たした以上、ツルギに関心は無い。
むしろ人斬りの機会が増えることを喜ばしく思うだろうが、それよりもツルギは自分にとっての利を選んだ。
「どうされますか?」
「今はアルレシュミットの保護を優先します。あなたは彼女を連れて今すぐ基地に戻り、おじ様に連絡を取りなさい。ここにフランを派遣するように。それからソフィアさんに治療の依頼を。身元は伏せるように」
「かしこまりました」
「ああ、それと一応もう一つ連絡を」
「?」
少女を背負ったエリザベートの気配を再び斬り、シルベスターへ繋がる直通のコードを伝達する。
エリザベートはツルギとの別れを惜しみつつ、急ぎ地上へと戻っていった。
「一時間ほどでしょうか」
魔術を使用した反動もあったのだろう。
ツルギは懲罰房の扉に背を預けて座り込み、そのままスゥッと眠りについた。
かび臭い嫌な空気にほんの少しの懐かしさを覚えながら。
――――――――
「お前は悪魔の子よ!!」
そう涙ながらに叫ぶ女と、それに寄り添う男。
手には食器用のナイフ。
足元には両羽を斬られた小鳥が息絶えていた。
お皿の上のお肉は斬っていいのに、なんでこんなに怒るんだろう、と。
少女は純粋無垢に疑問を浮かべ、そして捨てられた。
「おいでなさい」
暗い闇の街の片隅で、飢え痩せ細った少女に、修道女は手を差し伸べた。
けして裕福でなく、清貧を美徳と呼ぶような慎ましいものであったが、少女にとって教会での暮らしは、何事にも代え難い時間であった。
主の教えを受け入れ、遊びに出た娼館では世間を学び、自分と同じ境遇の友を得た。
そんなささやかな幸せは、少女自らが破壊した。
「キレイ……」
教会の中を掃除していた時のこと。
少女は儀礼用の剣を見つけてしまった。
彼女の本能がそれを見つけるに至ったか、もしかするならば剣が彼女を呼び寄せたのかもしれない。
剣を愛し、剣に愛された少女は、――――――――
「こんなキレイなもので自分を斬ったらどうなるのかな」
白銀に輝く刃の美しさを、自らの身で知った。
「アハ、アハッ、アハハハハハ!! 痛い痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――――――――!!!」
壊れた……否、少女は産まれながらに壊れていた。
自分を斬ると痛いから他の人を斬ろう、と。
道徳も倫理も欠如しているほどには。
悪魔が貧民街を震撼させたのは、片腕を失って四半刻もしない内……まだ魔術が覚醒すらしていないときのことだった。
斬って、斬って、斬って、斬って、斬った。
目に映る全てを。
「いやっ、助け――――――――」
「来るな、来るなぁ!!」
さながら獣。
身体の使い方を誰に学んだわけでもないが、少女には不運にもセンスがあった。
人を殺す……もとい、斬るセンスである。
「ァハアァァァァ!!」
誰でもいい。
剣が届くなら誰でも。
痛みに悶え、快感に狂っても、少女は楽しくて仕方なかった。
死者六十四人……重軽傷者百十五人……老若男女の血で街が地獄に変わろうと、少女は気絶する最後の一瞬まで、人を斬ることに命を燃やした。
貧民街の悪夢。
貧民街史上最大の殺戮は、住民を恐怖のどん底に突き落とし、少女の存在を深く脳裏に刻みつけた。
「あれは、鬼だ……」
子鬼……誰が初めに呼んだかもわからない字である。
少女は忘れない。
耳に残る悲鳴、むせ返る血の匂い、肉の感触、恐怖と軽蔑の視線。
「あなたはもう、ここに居てはいけません」
言いようの無い孤独感も。
ツルギの過去を一部描いてみました。
今後の展開にご期待ください。
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