煌めき
修道院領には、大小合わせ計二十一の地区が存在し、聖堂の数は優に百を超える。
尤もそれらは宗教戦争が激化していた時代の名残であり、管理が行き届かなくなった今では半数以上が廃墟と化し、もしくは宿や浮浪者の溜まり場など何らかの目的で利用されている場合が多い。
ケルヴィース聖堂もその一つ。
朽ちて屋根から落ちた十字架と、ひび割れたステンドグラスが寂寥を漂わせていた。
「こうなると貧民街と何ら変わりありませんね……きゃっ?」
言いつつ歩を進めようとして、人の気配を感じたツルギは瓦礫の陰にエリザベートを引っ張った。
「どうされましたか?」
「あの連中」
「今入っていった男の人たちですか?」
「先頭の男は金のロザリオを下げていました。あれを身に着けられるのは、枢機卿以上の位。そんな高位の神官が、わざわざこんな廃墟に」
「もしかして……」
二人の考えは一致。
ツルギは剣を抜くと辺りを撫で、自分たちの気配と音を斬った。
「あのブルー様、最初からこうして移動すれば、こんな変装をせずともよかったのでは」
「何があるかわからないのに、貴重な魔力と体力を消費出来ませんよ」
聖堂の窓から中の様子を窺う。
「変ですね。誰もいない」
確かに入っていったはずの男たちの姿が消えていた。
聖堂に忍び込み、二人は辺りを探索する。
すると、祭壇の陰に地下への階段を見つけた。
「聖堂に秘密の部屋とは、どことなく淫靡な雰囲気を感じますね」
「実際そういうコトをするための場所なのでしょう。行きますよ」
階段を降りるにつれ、埃とかびの匂いが強まり、エリザベートは口元を手で覆った。
「ブルー様は平気なのですか?」
「貧民街に比べればマシです」
暗がりを進むと蝋燭の灯りが見えた。
分厚い鉄の扉が重苦しく並ぶ懲罰房。
その中の一つ、独房の小窓から男が声をかけている。
「どうですか? 気は変わりましたか?」
警戒の一切を緩めてしまいそうになるほど柔和な口調が響く。
一方、独房からは何一つ返事が聞こえない。
「あなたは我々に武器を造る。それだけでよいのです。薄汚いシュルトツィアの家畜共を一掃出来るような武器を。そうすれば、あなたに不自由はさせません。我々と同じ階級を、我々と同じ衣食住を与えましょう。どうでしょう、いい返事を聞かせてはもらえませんか?」
甘言、されど返事は無く。
男は額に青筋を立て扉を蹴り、グワングワンと耳障りな音を響かせた。
それから、小さく息をついて従者に命令する。
「三日間、食事を与えないように。ああ、それから立場をわからせてやりなさい。しっかりと骨の髄まで」
男は燭台を手に、一人元来た通路を帰っていった。
残された男たちは下卑た笑みで独房の鍵を開け、ぞろぞろと中へ足を踏み入れた。
――――――――
少女の一族には特に秀でた才能があった。
武器職人としての才能である。
祖は鉱石掘りに始まり、地に愛された血統は、金属が望む形を本能で理解したという。
アルレシュミット……代々腕利きの職人を輩出してきた一族は、ある代を以て表舞台から姿を消す。
「もう自分の作った武器が誰かを傷付けるのは見たくない」
当主、ハンス=アルレシュミットの言葉である。
そしてここに、アルレシュミットの才能を受け継いだ少女が。
「へへへ、悪く思うなよ。これは枢機卿の、いや主の御心だ」
暗く狭い部屋に閉じ込められ、飢餓を強制され、暴力を与えられる。
この世の絶望に濁った目は見た。
「たっぷりと折檻してやるからなぁ――――――――あ?」
自分に手を伸ばそうとした男が、頭から股まで一直線に二等分される様を。
「な、なン――――――――」
「誰、ギャアアア!」
一人は首を刎ねられ、最後の一人は戯れに両腕を斬り落とされ、その少女に蹴飛ばされて壁に叩きつけられた。
「か弱い少女に悪戯だなんて、主はさぞお嘆きでしょう。ですが安心してください。祈りましょう……どうかその穢れた魂が、主の元に召されますようにィィィ!!」
再度、少女は光を宿した目でたしかに見た。
狂気に満ちた笑みを。
盛大に返り血を浴びながら、尚も煌めく一本の剣を。
輝きに当てられ気絶する瞬間まで。
今日は2話も投稿してしまいました。
当方、百合好きです。
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