修道服
迎えの車両で基地へと移動。
その最中に目に映った、傷付いた人々と街並みに、一行は――――一部を除いて――――心を痛めた。
「今戻りました」
「お帰りなさいませ、隊長」
若い男性副官を筆頭に隊員らが敬礼する。
「彼はオラフ=ピータック中佐。第六部隊の副隊長です」
「オラフ=ピータックであります」
「よろしく頼む」
「中佐、何か変化はありましたか?」
「はっ、両者間共に依然争いが続いております。ベルガ地区、シュルトツィア地区、共に被害は拡大し、重軽傷者も多数」
そうですか、とズィードは肩を落とした。
「戦闘の意思の無い市民の避難と保護を最優先に。武装した市民は、抵抗するようであれば制圧を。この状態が長く続いているという状況です」
「私たちは怪我人の治療を。行きましょうヴィクトリアさん」
「はいはい」
ソフィアがヴィクトリアを連れて出ていった後、ノクトは窓の外に目を向けた。
基地は両地区を観測出来る位置に建てられており、時折怒号や砲撃の音が聞こえてくる。
「命令してくだされば、今すぐにでも静かにしてきますよ」
ひょこっと横から顔を覗かせるツルギを無視し、これからについての話を始めた。
「目下の急務は、内紛の停止。そして白貴王国の侵攻を徹底させることだが。何か意見がある者は聞かせてほしい」
「全員を無力化させればいいだけです。足の一本……では物足りないので、両手両足を斬ってそれで終わりです。白貴王国の方々は、殲滅してもいいんですよね?」
いいわけがあるか、とノクトが睨む。
「国境無き奉仕者は魔導帝国だけでなく、他国でも広く活動している。きっかけはどうあれ、それを害してしまったとなれば、白貴王国以外の国々にも、我が国を突く理由を与えてしまうことになる」
「第一に考えるべきは和平でしょうな。賠償については上が話をするでしょうが、そのためにも、侵攻軍は最小限の被害のみで撤退させ、話し合いの場を設けるための下地を作らねばなりますまい」
「そのとおりだ。くれぐれも北王国の時のような勝手はするな」
「了解です」
ツルギは頬を膨らませて抗議の意を示した。
「白貴王国軍の侵攻状況は?」
ギャリングの問いにオラフが答える。
「現在国境から二十キロほど離れた地点で陣形を整えているようです」
「目と鼻の先ですな。いつ攻撃を仕掛けてきてもおかしくない」
「市民には避難勧告を出していますが、聞き入れる者はほとんど……。少しでも早く市民を安全な場所に避難させたいのですが」
「いざというときは暴徒鎮圧用の麻酔弾を用いてでも、というのが我々の考えです」
頭を悩ませるノクトたち。
そんな時、ふあぁ……とツルギがあくびをした。
「斬ってはいけないというなら、私がここにいる意味は無さそうです。席を外しますので、用があれば呼んでください。行きますよリゼさん」
「はいっ」
「待て。勝手はするなと言ったはずだ」
「個人的な用です。騒ぎになるようなことはしませんよ。私は敬虔な主の信徒なのですから。では、ごきげんよう」
右脚のブックホルダーを撫で、会釈を一つ。
エリザベートを引き連れて部屋の外へと出た。
「まったく……」
「相変わらずの豪胆ぶりですな、ハッハッハ!」
「笑いごとじゃない。……まあいい。ひとまず、ベルガ教とシュルトツィア教に戦闘停止を呼びかけよう。話はそれからだ」
「聖堂には私が案内を」
「よろしくお願いします。アンカー中佐、共に来い」
「心得ました」
ノクト、ズィード、ギャリングの三人が戦地へ赴こうとする一方。
ツルギたちは依然、基地の中にいた。
「リゼさん、荷物を」
「かしこまりました」
空き部屋の中でバックパックを広げる。
取り出したのは何の変哲もない修道服だ。
「少し直してもらいましたが、問題は無さそうですね。袖を通すのは久しぶりです」
「ブルー様のシスター姿……うっ、尊すぎて鼻血が」
「バカなことを言ってないであなたも着替えなさい」
「は、はい。これで聖堂に潜り込むというわけですね」
「ケルヴィース聖堂はベルガ地区の外れ。余計な波風を立てては、ノクトさんに叱られてしまいますから」
質素な装いに身を包むツルギに、エリザベートはうっとりとした眼差しを向けた。
「そういえばブルー様は教会で育ったのでしたね。よくお似合いです」
「それらしい真似事をしていただけです」
言いながらベルトを締め直し帯剣する。
「修道服に帯剣というのは、不釣り合いというか、背徳的というか、いえ背信的……では?」
「いいんですよ。今は平時ではありませんし。それにベルガ教は、主を守る盾として破戒僧も位置づけられていますから」
ツルギは髪を束ねると、首にロザリオをかけた。
「ブルー様はベルガ教の信徒でしたか」
「たまたま拾われたのがベルガ教のシスターだったというだけです」
「だけ、ですか」
「含みのある言い方をするじゃありませんか」
「いえ、そんなこと、はッ」
一突き。
ツルギはエリザベートの喉に剣を立てた。
「たかが奴隷の分際で、私の領域を暴こうなど烏滸がましい。死にたくなければ口を出さないことです」
「こぽッ……フフ、フフフ……あひゃあ、変なブルー様ぁ。私は、死なないのにひぃ」
エリザベートの魔術、堕天使の血は、堕天使系の中でも呪いらしい魔術。
熱愛、狂愛、愛の形はともかく、対象を好いている限り死ぬことはなく、苦痛の全てが快楽に変わる。
どんな仕打ちを受けようと、彼女のツルギへの思いは変わらない。
「好きな人を知りたいなんてぇ、当たり前のことじゃあ、ありませんかぁ」
ツルギは剣を抜くと、左の拳を顔面に放ち、頬骨と歯を数本砕いた。
これ以上は話すだけ無駄と、エリザベートの手に錠をかける。
「褒めてあげますよ。どんな目に遭おうと、本当にその思いが変わらないのであれば」
その目は冷淡で、光は無く。
されどエリザベートは、ぞくっと下着を濡らした。
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