エピローグ
「何なの? あの小娘は」
エルメンガルトはワイン入りのグラスを傾けると、慰安パーティーで自分の楽しみを台無しにした少女に苛立ちを露わにした。
「きゃっ!」
傍付きの侍女にグラスを投げつける。
服がワインで汚れ、切った額からは血が流れたが、エルメンガルトは喚く様がうるさいと下がらせた。
「随分と憤ってらっしゃる様子で」
「私が訊いているのよ。訊かれたことだけ答えなさい」
「彼女はツルギ=ヴォルフラム。シルベスター=ヴォルフラム中将の義娘で、戦場では知らぬ者無き稀代の剣士。人斬り令嬢と呼ばれる貧民街出身の平民です」
それを聞いてエルメンガルトはわなわなと震えた。
「貧民街……? 平民……? そんな下々のゴミが、私を……? いや……いやぁぁぁぁぁ!!」
髪が乱れるほど頭を掻き毟り、爪が食い込むくらい肩を抱く。
あってはならない事態にエルメンガルトは羞恥し、そして怒りに眉間に皺を寄せた。
「あの小娘の首をここへ持ってきなさい!! いいえ生ぬるいわ!! 皮を剥いで内臓を貧民街にばら撒いてやりなさい!! ゴミの分際であんな目で私を嘲って……許さない……許さない許さない許さない!!」
「ハハハ、ご冗談を。おれに彼女をどうこうなど出来ませんよ。おれの弱さは折り紙付きですからね。彼女とまともに相手を出来るのは、まあ一等星将くらいでしょう」
「ならば誰でもいいわ!! 適当に仕向けて小娘を殺させなさい!!」
「無茶を言わないでいただきたいものです。一等星将の私闘は禁止されています。そう簡単には動かすことは出来ませんよ」
「なら!!」
「まあ、戦場でならば。何が起こるかわからないでしょうが」
男が発した言葉に、エルメンガルトは再び表情に高貴さを宿した。
「たしか、修道院領での内紛は、今は落ち着いていたわね」
「第六部隊の尽力あってのものです」
「内紛なんて何がきっかけで再燃するかなんてわかったものじゃない。そうよね?」
「そうですね」
そのとおりです。
男は柔い笑顔でそう返した。
――――――――
後日。
「ブルー様、例のものをいただいてまいりました!」
ジェラルミンケースを運んできたエリザベートの腕がぐしゃぐしゃに折れているのを一瞥したが、ツルギは大きな反応を見せなかった。
「あなたでもそうなるんですね」
「はい、さすがにビックリしました。気持ちよすぎて少し漏……いえ、なんでもありません。カタリナさんはこれを手にしても平然としていたのに」
「同じ堕天使系でも、この刀にとっては優劣があるということですか。バカバカしい。刀が人を選ぶなんて」
テーブルの上に置かれたケースに手を伸ばす。
瞬間、おぞましい魔力がツルギの全身を撫でた。
濃密で濃厚な死の気配に包まれながら、ツルギはそれをも越える鋭い殺気を刀に向けた。
「従いなさい」
すると、刀は途端に死の気配を消失させ、借りてきた猫のようにおとなしくなった。
「可愛げがあるようで何よりです」
ケースを開けて露わになる錆びた姿。
鞘すら色褪せ、今にも風化しそうなそれを手にすると、ツルギは、ねだっていたテディベアをもらった子どものように口角を上げた。
「フフッ。ああ、やはりキレイですね。ひと目見たときからずっと、私のものにしたいと思っていたんです」
クルクルと軽やかに小躍りする様を見て、エリザベートは少女らしく胸をときめかせた。
「ブルー様があんなに喜んで……はぅ……♡」
「なんですか薄気味悪い顔をして。斬りますよ」
「むしろ!!♡」
無視。
「あなたに名前を付けてあげないといけませんね。無銘だなんて可哀想ですから。刀らしく日出処国に由来した……空の名前を付けましょうか、花の名前を付けましょうか、ああ……迷ってしまいますね」
「でしたらブルー様と私の名前をもじり、ブルーリーゼというのはどうでしょう!♡」
無視である。
「この先じっくり考えましょう。この刀で何を斬ろうか……フフッ、楽しみですっ」
軽く素振りをしたとき。
パキン、と軽い音が鳴った。
「ほぇ?」
ツルギはこれ以上なく間抜けな声を出して、床に落ちた折れた刀身に呆けた。
これにてEpisode:4は完結となります。
また次回、お会いできることを祈ってm(_ _)m
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