英雄の頂《ベテルギウス》
黒塗りの高級車が二台、屋敷の前で停まる。
途端に場が慌ただしくなり、軍人たちは列を作り固唾をのんでその瞬間を待った。
「敬礼!」
まず最初の車からロマンスグレーの男性が。
アレクサンダー=ヴェルトリーチェ……帝国軍最高権威元帥にして、魔導帝国における軍事力の統率者である。
続いて皇帝アルバート=ヴェルトリーチェ、その後ろから華美なドレスで着飾った女性が。
「あれがエルメンガルト皇后殿下」
思ったより普通ですね、とツルギはさしたる関心も無さげに視線を他所にやった。
次の車からは第二部隊隊長のレーヴェが先に降り、第一皇女ディアナの手を引いた。
それから第一皇子マテウス、最後にエリザベートが登場する。
エリザベートは隊列の中にツルギの姿を見つけ表情を明るくしたが、ツルギは退屈そうにあくびをするだけ。
隊列の先で、皇族への挨拶に胸に手を当てる車椅子の女性が。
「ようこそおいでくださいました、皇帝陛下」
「うむ」
「この度は平素より祖国のために尽力する皆様を称え、ささやかながらこのような席を設けさせていただきました。どうぞごゆるりとお過ごしくださいますように」
「殊勝な心遣いに感謝する」
当たり障りのない会話を皮切りに、慰安パーティーは幕を開けた。
用意された豪華な料理に舌鼓を打ち、ビンテージものの美酒や銘酒を浴びる。
バックミュージックは、コンサートを開けばチケットが即完売する人気の楽団。
今日という催しだけで、一般市民数百人あまりが生涯に稼ぐ金額を優に超えるだろう。
「せっかくのパーティーなのに、皆お話ばかり。ノクトさんも挨拶に回ってしまいましたし。料理が冷めてしまいますよ、はむ……むぐむぐ……まぁ、おいしい」
「ツルギお姉ちゃんっ!」
料理を堪能していると、背後に衝撃を受けた。
「フラン。来たんですね」
「うんっ! 見て、キラキラ!」
「ステキなドレスですね。よく似合っています」
「エヘヘ」
着飾ったフランの後ろから更に二人。
「やあツルギ君」
「おじ様。遅刻はいただけません。陛下は先にお見えですよ」
「出掛けに少々手間取ってね。なに、私のような一軍人が遅れたところで誰も気には留めないさ」
「フフフ、ゴメンなさいねツルギ。私の支度が遅れてしまったの」
「あいも変わらずおキレイですね、おば様」
シルベスターの腕を借りる、白杖をつき両目を眼帯で覆った女性、ロザリー=ヴォルフラム。
シルベスターの妻であり、書類上ではツルギとフランの母に該当する人物である。
「いやだわこの子ったら。お世辞ばっかり上手くなって」
「事実を口にしているだけです」
「たまには家に帰ってらっしゃいな。あそこはあなたの家でもあるんだから」
「寮での暮らしもなかなかに快適でして。つい足を向けるのを怠けてしまうのです。とはいえ、今はフランがいるから寂しくもないでしょう?」
「何人いたってあなたが私たちの娘であることに変わりはないでしょう。ねえ、あなた」
「ああ、そうだね」
「……善処いたします」
ツルギはロザリーに対し頭を下げた。
「では、我々も挨拶に回るとしよう。ツルギ君、フラン君を見ていてくれ」
「了解しました」
「また後でね。久しぶりなんだもの、たくさんお話しましょう」
「はい」
二人は並んで人の輪の中に消えていった。
「ふぅ……まったく」
「お姉ちゃん、ロザリーさんのこと嫌い?」
「いいえ。こんな私にも良くしてくださっていますよ。ただ」
私には合わないだけで……とツルギは言葉を喉の奥に留めた。
「ただ?」
「何でもありません。それよりここの料理はおいしいですよ。あなたもいただきなさい」
「うん! おいしそうなのがいっぱい! どれから食べようかなぁ!」
フランは目を輝かせて辺りを見回した。
その目に捉えているのが料理ではないと知ると、ツルギは小さな頭に手を置いた。
「わかっていますねフラン。食べていいのは」
「お姉ちゃんが決める!」
「料理だけなら好きなだけ構いません。お皿に乗る量を行儀良く食べなさい」
「はーい!」
パタパタと忙しなく料理を取りに行くフラン。
それを見送るツルギの元へ、一人の男性がやってきた。
「君がツルギ=ヴォルフラムだな」
「まぁ。モグモグ……これはこれは」
ツルギよりも頭一つほど高い背。
特段筋骨隆々しているというわけでもないが、一本芯の通った立ち姿からは日々の鍛錬のほどがよく窺われる。
「ごきげんよう元帥閣下。閣下自ら私のような木っ端軍人に声をかけてくださるなんて。光栄の極みです」
「こうして直に話すのは始めてだな。なるほど、噂通りだ」
敬礼どころかお辞儀の一つせず、料理を口に運ぶ。
そんな無礼を咎められるかと思ったが、拍子抜けをくらいツルギはキョトンとした。
「特別血の匂いが濃い。人斬り令嬢の名は伊達ではなさそうだ」
「フフ、染み付いた血は落ちませんから。ですがそれは、祖国のために戦ったという誉れです」
「ハッハッハ、思ってもないことを言うな。取り繕う必要など無い。軍人は強ければいい。そこに野心や欲が有ろうと、結果的に国のためになるならばそれは正義足り得る」
「クスクス、軍務を取り仕切る方の言葉とは到底思えませんね」
「力は何よりの証明だ。中には君の悪行を非難する者もいるが、それは大局を見据えぬ愚か者だ。気にする必要は無い」
ツルギは知り得るアレクサンダーの情報を脳内に浮かべた。
歴代の皇家の中でも群を抜いた武闘家。
恵まれた才能を持ってて、皇族に産まれながら新兵の頃から戦場を駆け巡り、数多の武勲を打ち立ててきた生粋の軍人。
第一部隊隊長を務めた経歴を持つ一等星将。
「英雄の頂……その名に相応しい磊落ぶりです」
「軍に、国に不利益を齎さぬ限りは何をしようと赦そう。今後も励むといい。ただ先日の北王国の一件程ともなれば、一度は私に話を通してほしいものだが」
「ありがたいお言葉、しかとちょうだい致しました」
ツルギが敬礼しようとした瞬間、冷たいものが彼女の首に添った。
腕、胴、足、頭……合計五つの剣閃。
それら全てを斬り弾くツルギの剣。
両者の間のイメージにはコンマ数秒の誤差も無く、アレクサンダーは快活に笑い、ツルギもニコリと小首を傾げた。
「戯れにもならぬか」
「抜いてくだされば口実が出来たんですが」
「君が一等星将でないのが残念だ。一度手合わせをしたかった」
「推薦してくださればいつでもお相手いたしますよ」
「君の研鑽に期待しよう」
アレクサンダーは肩に手を置き、激励を一つし去っていった。
ああ、いけない……ツルギは疼く手を押さえ、背後から飛びかかりそうになるのをグッと堪えた。
「こんなお遊びの場で斬ってしまうなんて、もったいなくていけません」
そんな震えた声を耳にした者がたった一人。
「楽しんでいらっしゃいますか?」
主催者カタリナ=グローテヴォールは、ニヤついたようにも見える笑顔を貼り付けた。
三月なのに寒いですね。
当方は絶賛喉をやっております。
そう、風邪です。
皆様もお気を付けください。
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