エピローグ
「娘というのは何人居ても華やいでいいものだね」
報告を受けたシルベスター=ヴォルフラムが言ったセリフである。
フランの身請けが確定したのは報告の数日後。
迅速な手続きによって養子縁組、戸籍の偽造、登録を含む諸々が完了した。
フラン=ヴォルフラム、九歳。
赤ん坊の頃親に捨てられ孤児となり、以降貧民街の教会で育てられる。
魔術師としての才を見抜かれシルベスターの義理の娘、並びに養女ツルギの義妹となる。
大まかにであるが、ツルギが養子となった経歴とほぼ同じであった。
「次は孫でも増えるのかな」
「どうでしょう。子どもは授かりものですから」
「確かにそうだね。フラン君だが、平時は私の家で預かろう。家内の了承も得ている。あれは大層子ども好きだからね」
「ありがとうございます。おば様が面倒を見てくださるのであれば安心です」
「君にも会いたがっていた。仮にも親子だ、いつでも顔を見せに来るといい」
「おじ様とおば様にはこれ以上なく良くしていただいていますから。ところで、平時と仰いましたね。有事の際はフランをお使いになるということですか?」
何か問題があるかね?とシルベスターは微笑んだ。
それに対するツルギの答えはノーである。
「元々運用出来なければ始末するはずだったんだ。それがコミュニケーションを取れるとなれば話は変わってくる。未だかつて例を見ない魔術師。戦力にしないのは損失だろう。表立って前線に立たせるわけにも、異端としての存在をつまびらかにするわけにもいかないが。彼女についてヴィクトリア軍曹は何か言っていたかね?」
「そうですね。まあ何やら口やかましく騒いでいたような気がします」
――――――――
「始末しろって言ったんだけど? 人の話聞いてんの? ねぇ、おいメスガキ」
檻の向こうでグレーテルは不機嫌そうにしかめっ面をした。
「始末の度合いは言っていなかったので」
「不要な子は世界に存在しちゃいけない。完璧な愛する子以外はゴミ。価値なんて無い。ちゃんと殺せよ人殺し。何のための剣だよ」
「斬るのは私だけの自由です。誰にも侵害など出来ません。ましてや檻の中で喚くだけの狂人などに」
「イキがんなよ人斬り令嬢。改造すよ?」
「そのままお返します狂乱令嬢さん。わかっていないのかもしれませんが、あなた程度の首ならいつでも斬れるんですからね。フフッ、心配しなくてもあなたがご執心の不要な子もいずれちゃんと斬りますよ。真っ赤に熟したその時に。では、ごきげんよう。次は陽の光の下でお会いしましょう」
踵を返しその場を去ろうとしたツルギに、グレーテルは苦虫を噛み潰したような顔をして吐き捨てる。
「わかってないのはお前だ。不要な子の意味を理解してない。なんであたしがあれを始末しろって言ったと思ってんだ」
「失敗作だからでしょう。産まれたばかりのあの子を制御不可と判断したのは早計でしたね。それとも感情の欠落の方でしたか? 残念ながらフランは」
「バカが」
グレーテルはツルギの推測を一蹴した。
「あれを創ったのはあたしだぞ。知性、能力、成長……そんなもんを把握しきれないって本気で思ったの? あたしが完全と言えば何でも完全で、不完全と言えば完璧に不完全だ。あたしは伊達で愛する子なんて名付けないし、簡単に不要な子って名付けることもしない」
「不要な子と名付けたのには意味がある……そう仰りたいのですか?」
「すぐにわかる。忘れるなよメスガキ。あれは人間でもなければただの魔術でもない。世界の理に当て嵌めれば割を食うのはお前だ」
「その時は、いえ……そうなる前に斬るだけです」
あくまでも自らの欲求のままに、ツルギはグレーテルの言葉を一笑に付したのであった。
科学も魔術も剣の前では等しく斬っていいものの対象だと。
――――――――
「彼女は近々釈放の予定だ。その時は仲良くやるんだよ」
「永久に檻の中に閉じ込めておいた方が世のため人のためですよ」
ツルギの言い草にシルベスターは小気味よく笑った。
「そうもいかないのが一等星将だ。有能とは得だね」
「フランが起こした貧民街の事件については」
「我々が何もせずとも自然に終息するだろう。あそこはそういう街だ。いや、ここはそういう国だ、かな」
「いつもどおりということですね。あの街で何が起ころうと、人は変わらず日々を謳歌する」
「幸運だったね。もしも彼女が君の古巣にちょっかいをかけていたら、今頃貧民街は瓦礫の山と化していただろうから」
数拍を置いて、そうですね、と。
「第一貧民街の事件を解決しても我々の功績にはならない。あの子も暴れるならこちら側でやってくれればよかったんだが」
「ようやく知性が本能に勝ってきたということでしょう。知能テストも問題はありませんでしたし。もうしばらくは様子を見るのが賢明かと思います」
「ふむ。では、そのようにしよう。ツルギ君」
「なんでしょう?」
「いやなに、一応言っておくのが務めかと思ってね。妙な気を起こして同情しないようにと」
ツルギはクスッと口元に手をやった。
「ノクトさんにも似たようなことを言われました。おかしいことを。同情も愛情も、剣の前には等しく無価値ですよ」
「ハハハ、君には愚問だったね。今後とも励みたまえ」
左手で敬礼。
ツルギは軽い足取りで退室した。
「ままならないものだ」
一人静けさが満ちた部屋で、シルベスターはそう呟いた。
休養日でなくとも関係ない。
他の隊員が訓練中であろうと、ツルギにはカフェでマシュマロ入りのホットチョコレートを楽しむ余裕がある。
尤もただのサボりではなく、待ち合わせのためでもあった。
「ツルギお姉ちゃんっ」
テラスに座るツルギに、フランが手を振って駆け寄る。
勢いよく抱きついてくるフランを受け止め頭に手を乗せた。
「髪を整えたんですね。似合っていますよ」
「エヘヘ。可愛い?」
「ええ、とても。付き添いごくろうさまです、リゼさん」
「とんでもありません」
「フラン、何か食べますか? ここはケーキがおいしいですよ」
「ケーキ食べる!」
「リゼさん、フランと私の分を注文してきてください」
「あの、私は……」
「注文が終わったら帰っていいですよ。いつまでもサボっていては軍人らしくありませんから。あとお会計だけ済ませておいてください」
「はい……」
ツルギの隣に座るフランに羨ましそうな視線をやりトボトボと背を向ける。
不憫ながら、その厳しさを甘受するエリザベート。
彼女の偏愛は相当なものであった。
「おじ様の家は慣れましたか?」
「うんっ。ロザリーさんのミートパイね、すっごくおいしいんだよ。今度お姉ちゃんも食べにおいでって言ってた。今度一緒にお買い物も行くんだよ」
「おば様は優しい方です。迷惑をかけてはいけませんよ。それから遊んでばかりも結構ですが、お勉強もしっかりとすること」
「うんっ」
しばらくして、リゼが注文していったケーキが運ばれてきた。
果物とクリームがふんだんに乗った色鮮やかなものだ。
「お待たせいたしました」
「わあ、おいしそうっ!」
目をキラキラさせて自分を見てくる小さな女の子に、店員は思わずクスッとした。
「ごゆっくりどうぞ」
何とも微笑ましい、可愛らしい。
店員は和んだ心で給仕に戻ったが、その後ろからフランが手を伸ばしていたのには気付かなかった。
「フラン」
音も立てずに誰にも見えない速度で、ツルギがテーブルのナイフをフランの喉元に押し当てる。
「行儀が悪い妹ならば要りません。何度も同じことを言わせないでください」
「ゴメンなさい……」
と、フランはしょんぼりした顔で手を引っ込めた。
「だっておいしそうだったから……」
フランはおいしいを知り、食の楽しみを知った。
肉、魚、玉子、野菜、好き嫌いは無く何でもおいしく食べられるが故に、辛酸苦汁もまた美味であると理解した。
そう、目に映る全てがおいしいの対象なのだ。
全てが。
「普段の食事にはどうこう言いません。食べたいものを食べたいだけ食べることを許しましょう。ですが、人間に関してのみは私が決めます。フラン、これは命令です。食欲に負けて破るのは自由……ただしそのときは、それが最後の晩餐になることを覚悟しなさい」
「うん、わかった。お姉ちゃんの言うとおりにする」
「いい子です」
喉元からナイフを離し、一口大にケーキを切り取る。
ナイフで刺したそれをフランの口元へと運んだ。
「心配せずとも、ちゃんと食べさせてあげますよ。この世界は、そういう戦争に恵まれている。主は私たちに幸福を与えてくれてるのですから」
ケーキをパクリ。
フランは口の中に甘味を満たし思う。
(主っておいしいのかな?)
これにて今章は完結となります。
お付き合いいただいた皆様に感謝を。
また次回の更新にてお会いしましょうm(_ _)m
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