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猟犬の牙《シリウス》

 帝国軍はそれぞれ第一から第七の隊に分けられている。

 それぞれの隊には主題(テーマ)が掲げられており、第一部隊が課せられた主題(テーマ)は主に最前線での戦闘活動。

 つまり、最も戦闘行為が頻繁な隊ということになる。

 しかしそれはけして命を軽視されているというわけでなく、最前線においての活躍を最も期待された、強さに秀でた集団ということだ。

 無論、帝国軍発足から今日に至るまで、士官候補生及び新兵が第一部隊に配属されたという事例は無い。


「聞いたか? 例の話」

「ああ、うちに新人が配属されるってあれだろ? 噂の人斬り姫」


 トレーニングに励む兵士たちがそんな話に興じた。


「お前見たことあるか?」

「食堂で何回か。陶磁人形(ビスクドール)と見間違いそうになるくらいの美人だぞ」

「美人ってお前な。まだガキだろ」

「軍に入隊してる以上、年なんて関係ねぇよ。ガキだろうが何だろうが、第一部隊(うち)じゃ強けりゃ道理が通る。歓迎してやろうぜ」

「ありがとうございます、先輩方」


 割り込んできた声に素振り中の兵士たちが驚愕する。


「ごきげんよう。本日より帝国軍第一部隊に配属となりました、ツルギ=ヴォルフラムです。年は十五。好きな食べ物は厚切りのお肉と大きなケーキです。よろしくお願いいたします」


 突然のことよりも、あまりにも丁寧で可憐な所作に一同は沈黙した。

 さながら貴族。でなければ皇族を思わせる気品。

 しかしそんな彼女に臆すことなく、眼鏡の男性が近付いた。


「ツルギ=ヴォルフラムだったな。不躾は本当らしい。目上の者に対して敬礼も無しとは。士官学校ではそんな当たり前も学ばなかったか?」

「……? ちゃんと学びましたよ? 一週間で退学になってからはずっと実地研修でしたが、一応。敬礼とは相手を敬う礼のことでしょう? 敬うべき方にはしますよ? ええと……」

「ブライン=ベルトホルト中尉だ」

「ベルトホルトさん」

「……ヴォルフラム中将閣下の娘だか何だか知らないが、そのような色眼鏡で見るつもりは一切無い。よく覚えておけ」

「ええと、色眼鏡って……それ、偏光眼鏡(サングラス)ではありませんよね? そういう冗談ですか? すみません、よくわからなくて」


 困り顔で首を傾げると、男は顔を真っ赤にして怒りを露わにした。


「とりあえず私の部屋に案内していただけますか? 相部屋は気を遣うので一人部屋でお願いします。荷物は第七部隊の宿舎を間借りしていましたので、そこから運んでください。歓迎会は……」

「貴様……ふざけるな!!」


 怒り心頭に、持っていた木剣を振りかざす。

 対しツルギは振り下ろされる木剣を掻い潜り、近くの兵士から木剣を強奪した。


「正当防衛……」


 その瞬間ツルギは清楚とはかけ離れた邪悪な笑みを返した。

 顔面に鋭い蹴りを放ち、怯んだところへ続けざまに体勢を低めて足を払う。

 

「いいですよね、正当防衛ですから……いいんですよね、斬っても!!」

「ひっ?!!」

「斬り、ます、ねっ!!」

「そこまで」


 すんでのところで木剣が止まる。

 あと数秒声が遅ければ、眼鏡のつると薄皮が斬れる以上の惨事となっていただろう。

 ブラインは白目を剥き泡を吹いて気絶した。


「私闘は軍規違反だ。ベルトホルト少尉、ヴォルフラム二等兵、共々今日中に反省文を提出しろ」


 皆が一様に姿勢を正し敬礼するその女性は、世間の関心を一手に引くであろうほどの端麗な容姿であった。

 将校以上しか着用を許されない黒の外套には金の刺繍。

 戦争に於いて多大な成果を、または国に潤沢な利益を挙げた者にのみ授与される星の勲章と合わせ、それは帝国選りすぐりの猛者、一等星将(アストラル)の証である。

 ただならぬ威圧感を纏うこの女性こそ、一等星将(アストラル)の一人。

 弱冠十九歳という若さで猟犬の牙(シリウス)の称号を与えられた二つ名持ち(ネームド)

 ノクト=(シリウス)=ミューラー。

 第一部隊を率いる大佐だ。


「ヴォルフラム二等兵」

「はい」

「入隊に当たっての面談だ。執務室まで来い」


 面談と聞いてツルギは一拍考えてから、


「手合わせなんかもあったりするのでしょうか」


 的外れなことを言って周囲を困惑させた。

 

 


 当然そのような激しい展開は待っておらず、ツルギは退屈そうな面持ちでノクトの前に鎮座した。


「ツルギ=ヴォルフラム、十五歳。十三歳で帝国軍に兵役。士官学校に入学するも暴力事件を起こし退学。その後実地研修と称した遊撃により各隊に参列。各地で戦果を挙げている。間違いは無いな」

「はい、そのとおりです」

「異色の経歴だな。正式に隊に配属される前に、確認戦果が千に届く勢いとは。熟練の兵でもそうは居ない。しかし入隊試験を受けていないにも関わらず軍属となっている以前に、そもそも帝国軍の兵役が認められるのは十五からのはずだが」

「おじ様がいろいろと図ってくれました。ちょっと早い社会勉強というやつです」

「ヴォルフラム中将の娘という話だったな」

「私は貧民街(スラム)の出身の孤児なので、義理のが頭に付きますけど。五つの時に教会に拾われ、十一でおじ様に引き取られ養子の縁組みをしていただきました」

「そうか。ツラいことを思い出させた」

「とんでもありません。おかげで私は今こうして軍人になっているのですから。全ては主の思し召し。感謝を絶やしたことは一度たりとてありません」


 ノクトは笑顔を絶やさないツルギを、尚も値踏みするような目で見た。


「その外套は? 外套の着用は将校以上しか認められていないはずだが」

「カッコよかったのでおじ様におねだりを。どうですか? 我ながら似合っていると思うのですが」

「外套、スカート、ブックホルダー……制服の改造も軍規違反だ」

「僭越ながら大佐、おじ様曰く女性の服装は手放しで褒めるべき、だそうですよ。服を褒められて悪い気をする女性はいないとのことです。容姿端麗な割にそっちの方は奥手でいらっしゃいますか?」

「貴様は軍属であるという意味がわかっているのか」

「といいますと?」

「一人が規律を乱せば全体の指揮に関わる。それが命を重視することにも繋がる。貴様が誰の娘であろうと、どのような人生を歩んでこようと、私は貴様を特別扱いしない。肝に銘じておけ」

「それはダメです」


 変わらない朗らかな笑みのまま、ツルギはノクトの言い分をピシャリと却下した。


「満腹。睡眠。休憩。服装。これらとその他幾つかの自由はおじ様の権限で与えてくださっているので、ミューラー大佐といえど侵害することは出来ません。もしも私からこれらを取り上げようとしたら、それだけで処分が降されてしまいます」

「ここは暖かい家庭ではない。お嬢様ごっこなら他所でやることだ」

「フフッ、ミューラー大佐はご冗談がお上手なのですね。私はべつにお嬢様ごっこをやりたいわけではないんです。私は、斬りたいからここにいるのです」


 胸に手を当てる、そんな単純な動作が気品に満ちていた。

 ただし貼り付いた笑みには狂気が満ちていたが。


「ところで大佐、私からも一つ質問してもよろしいでしょうか」

「なんだ」

「次の任務はいつですか?」

「……当面の出撃命令は無い」

「嘘はいけません大佐。主の教えに背く行いです」


 ツルギは目、耳、鼻と順に指を差した。


「微かな瞳孔の動き、不整脈、匂い。それら全てが私に嘘を知らせます。嘘は通じませんので覚えておいていただけると助かります。それに間も無く出番が来ることでしょう」


 そのとき、部屋の扉がノックされた。

 入ってきたのは眼鏡をかけた女性軍官だ。


「入れ」

「失礼いたします」

「どうしたモルガン中尉」

「はっ。只今司令部より出撃要請がありました。東共和国(ラルバジスタ)軍が魔導帝国(ヴェルトリーチェ)に向けて進軍を開始。直ちに出向しカーティス中佐率いる分隊と合流。これを制圧せよとのことです」


 ノクトはあまりにタイミングが良い命令に訝しみツルギに眉毛を寄せたが、当のツルギは涼しい顔で立ち上がった。


「さぁ、参りましょう大佐。楽しい楽しい戦争の時間です。主の導きがありますように」

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[一言] 屈託のない笑顔が想像できる
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