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SWORD of C 〜 帝国の人斬り令嬢《ブルートザオガー》は心ゆくまであなたを斬りたい  作者: 無色
Episode:3

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29/70

食欲

 魔術師を襲う。

 本人にその意図があったわけではない。

 たまたま食べたのが他の人間より芳しく、他の人間よりも瑞々しそうで、美味そうであったと、それだけだ。

 刻まれた本能がそうさせた。

 突き詰めれば"それ"に魔術師という知識すらありはしないというのに。

 また"それ"は本能的に自らが弱者であることを悟った。

 強大な力に怯えるまま巣を飛び出し、暗い闇が跋扈する街へと逃げ、小さく身を潜めた。

 空腹に耐えきれなくなるまでは。

 この暗い街にもとてつもなく美味しそうな気配があったが、弱者であるが故に近付かず、手頃に食べられる人間だけを襲った。

 そして、"食べてもいい"のだと覚えた。

 ここには餌がたくさんある。

 食べても尽きない空腹のまま、"それ"は街を彷徨い、やがて見つけた。

 ボロ布に身を包んだ弱い人間。

 普通の人間よりも美味である魔術師の気配だ。

 美味しそう、美味しそう、美味しそう。

 食欲に突き動かされるようにゆっくりと近付く。

 惜しむらくは片腕と片足が千切れ可食部が減っていることだが、多少の差異は些末なことだと。

 "それ"は大きく口を開けた。


「見ぃーつけたァァ!!」


 同じくして、暗闇の中から飛び出したツルギもまた大きく口を歪ませた。

 突風の勢いで地面を蹴り、"それ"目掛けて剣を突き出す。

 剣はボロ布に包まれた人間ごと壁を陥没させたもの、"それ"は人間離れした動きで回避。

 優に数メートルを一足に跳び、建物の屋上からツルギを見下ろした。


「グルル……グルルル……!!」


 食事を邪魔された恨みに唸りながら。


「存外速いですね。見くびりました」


 剣を引き抜き払うツルギの横で、エリザベートが倒れる。

 そんな彼女の腹にツルギは蹴りを見舞った。


「いつまで休んでいるつもりですか。さっさと起きなさい」

「はい♡」


 片手と片足、それに貫かれた部分が再生する。

 囮として使われぞんざいに扱われて尚、彼女の愛は留まることを知らない。


「しかし、まさか"あれ"が……」

不要な子(ハニー)の正体だとは、ですか。べつに驚くことでもありません。なにせ、あの頭のおかしい人が作ったものなのですから」

「作った……"あれ"を……。いえ、"あの子"を……?」

「グルルル……」


 二人が見つめる先で、真っ黒の毛並みの狼が吠えた。


「ァオーーーーーーーーン!!」






『人生はトライアンドエラー。失敗と犠牲の上に、医療と科学は成り立つんだよ』


 グレーテルが言ったその言葉を思い出し、黒狼を見上げながらツルギはバカバカしいとほくそ笑んだ。


「あの人もジョークを言えるくらいには人間味があるということでしょうか」

「ブルー様?」

「なんでもありません。手筈どおりにあれを処分します」

「了解しました」


 黒狼は逃げない。

 目の前の餌を前に腹と喉を鳴らした。

 か弱い女性二人が如何に人間の目には異常者に映ろうと、自身の目にはご馳走にしか見えないのだから。

 故に黒狼は無策に跳んだが、逆にツルギたちの思考を鈍らせた。


「正面から……」


 空を駆けるわけでも、物語よろしくに炎を吐いたりもしない。

 ただ大きく口を開けて喰らいつくのみ。

 そんな無闇な突進が当たるはずもなく、受けてやる道理もないツルギは、身をよじって躱し黒狼の腹に蹴りを入れ吹き飛ばした。


「弱い……?」


 拍子抜けしたエリザベートは、高まった緊張が身体から抜けていくのを感じた。


「少しは期待しましたが、蓋を開けてみればこんなものですか」

「どういうことですか? ブルー様……」

「これがコソコソと祝福落ち(エーゼル)のみを襲った理由ということです。純粋に戦闘力が欠如しているからこそ魔術師を襲えなかった。本能なのか思考した結果なのかはわかりかねますが」

「ですが今は」

「私たちが侮られたか、そうでなければ抗えなかったのでしょう。自らの食欲に」


 グルルル……唸り声にも似た腹の音が響く。

 口からはヨダレを垂らし、赤い目は飢餓に血走っていた。

 

「この狼がヴィクトリアさんが造った……しかし、ブルー様。気掛かりなことが」

「待ちなさいリゼさん。どうやら、拍子抜けには早いようです」


 ツルギが肌を刺すような殺気……そうでなければ食い気を浴び口角を上げる。

 視線の先の黒狼は身を一度震わせた。


「グルルル、グルルル……!!」


 黒狼は自分が強いとも弱いとも思わない。

 自身を突き動かすのは食欲のみ。

 しかしこの姿では満足に喰うことが出来ない……ならば、形を変えればいい。

 より多くを喰えるように身体を大きく。

 より一度に喰えるように口を増やす。

 黒狼は自身を怪物と化すことで、食欲の化身を体現した。

 全長約五メートル。

 首に、脚に、身体に、尾に牙を剥いた口を開いた異形に、ツルギはただ高揚する。


「ああ……いい、いいですね。斬り応えがありそうじゃないですか。やれば出来る……なら最初からそうしてくれればいいのに。ああ……高まってきました。これだけ昂らせて期待外れなんて……どうか勘弁してくださいねェェェ!!」


 異端たる自身が怪物を更なる怪物に変えたことなど知る由もなく。

 久しぶりの更新となります!

 

 更新は不定期ですが、どうか皆様に楽しんでいただけますようにm(_ _)m

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「少しは期待しましたが、蓋を開けてみればこんなものですか」 「どういうことですか? ブルー様……」 「これがコソコソと祝福落ちエーゼルのみを襲った理由ということです。純粋に戦闘力が欠如しているから…
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