堕天使の剣
「き、様ぁ、……!!!」
グレゴリーは歯が砕けそうになるほど強く食いしばり、エリザベートを睨んだ。
顔を真っ赤にエリザベートに襲いかかろうとするが、ツルギによって止められる。
「ダメですよよそ見なんて!! 私がいるのに!! 次そちらに向いたらぁ、女王陛下の安全は保証しませんよぉ!!」
「あああああああ!!」
「は、母上!!!」
「い、痛いぃ!! やめてぇ!! 助けてグレゴリー!!」
「ちょっと強く腕を握っただけですよ。うるさい口ですね。ブルー様の気分を害すと、その口切り刻んでしまいますよ?」
純粋な笑顔にサーシャは身を凍てつかせた。
「ロマノグリアさんも、ブルー様の言うことをお聞きください。でないと腕と足を順番に折ります」
「……っ!! 何をしている貴様ら!! 我が母の窮地を救わぬか!!」
グレゴリーが一喝し兵士たちが剣でエリザベートを突き刺す。
しかし、それで終わる。
倒れもせず、死にもせず。
傷を負う度に恍惚とした。
「あっはぁ……気持ち、いい……!!」
迸る快感にヨダレをたらすエリザベートを見て、グレゴリーは畏怖に苛まれた。
呼吸を抑えツルギがエリザベートに指示を出す。
「すぅ、ふぅ……リゼさん。そろそろ」
「はぁい。さあさあ、女王陛下。先ほど教えた言葉を口に」
「ひっ、ひぃっ!!」
「さあ」
ガタガタと歯を打ち鳴らして怯え、今にも足を竦ませそうなサーシャに、エリザベートは舌打ちして顎を鷲掴みにした。
開いた口に手を突っ込み、舌を引きちぎらんとばかり強く挟む。
「ほら言いなさい!! この口でぇ!! こんな簡単なことも出来ないんですか女王陛下のくせにぃ!! 言えって言ってるんですよほらほらほらァ!! 言え言うんですよ言えぇぇぇ!! でないと私がブルー様に怒られてしまうでしょう!! 私にィ!! 恥をォ!! かかせたいんですかぁ?! あぁあ?!」
「ひ、ひい、ひいはふひいはふ……!! おえぁいあからおおははいへふぁはいぃ……!!」
「フフッ、最初からそうしてくださればいいのに」
涙で化粧が落ち、すでに女王としての威厳は無く。
サーシャは奮えながら言葉を紡いだ。
「わ、私……北王国女王サーシャ=ロマノグリアは……王子グレゴリー=ロマノグリアと、魔導帝国軍、第一部隊……ツルギ=ヴォルフラムの、決闘を認め……決闘に敗北したとき、北王国の全てを、魔導帝国に捧げ、支配下に置かれる、ことを……誓います……!!」
「な――――――――」
「そぉれぇとぉー?」
エリザベートが小さく耳打ちする。
「けっ、決闘に敗北した際!! グレゴリー=ロマノグリアを廃嫡とし、お、王家より……つ、つつ、追放することを、ここに宣言、します……!!」
動揺が渡る中、ツルギとエリザベートだけが満足そうにした。
「母上!! いったい何を!!」
「ゴメンなさいグレゴリー!! けど、けど、こうするしか……!!」
「重畳です」
ツルギはポケットから小さな端末を取り出して見せた。
「しっかりと録音させていただきました。聞いてのとおりですノクトさん。この戦いは向こうの女王陛下が定めた正式な決闘。言質が取れた以上、誰が誰を相手にしようと咎められませんよね」
「貴様……最初から……」
ニコッと笑い改めてグレゴリーに振り返る。
「さて、何者でもなくなった……いえ、今から何者でもなくなるただの最強の戦士さん。早くやり合いましょう。もう疼いてしまって」
ツルギの言葉を遮るように大剣が振られる。
剣一本で受け止めたツルギの眼前には、今にも切れそうなほど血管を浮かび上がらせたグレゴリーの顔。
「我が母を愚弄するに飽き足らず、我が祖国を貶めようとは……その罪万死に値するぞ小娘ぇ!!!」
「そっちの事情などどうでもいいんです。あなたに求めるのは、ただ一つ。私の愉悦のために……斬られてください」
「大天使の腕!!」
怒りをそのまま顕現したかのような岩の巨人が、ツルギ目掛けて拳を振り下ろす。
深く陥没した大地の底にツルギの姿は無い。
肉片になったと確信したグレゴリーはニヤリと口角を上げたが、
「まさかこれが奥の手なんて言いませんよね」
巨人の肩に乗って自分を見下ろすツルギに気付き、言いようのない恐れを抱いた。
「ちゃんと出してくださいね、全力。この飢え……満たしてくださいね不壊の盾さん!! 研ぎ澄まされよ――――――――堕天使の剣ァ!!!」
巨人の首を落とし、胴体を両断する。
もう誰もこの人斬りを止められない。
これが国同士の戦争か?
誰かが胸の内に秘めた言葉である。
時代錯誤も甚だしい一対一の決闘。
それで国の進退が決まるというのだから気が気でないだろう。
だがしかし、それを口にする者はいない。
決闘というにはあまりに常軌を逸していたから。
「おおおおお!!」
魔術師同士の戦いは、兵器と兵器の衝突にも匹敵する。
常人の理解の範疇にはけして収まらない。
地形が変わるほどの岩の砲撃。
槍の乱射、隆起した地面で挟み込む……軍隊さえも一瞬で壊滅するであろう攻撃の波、そのどれもが斬られて沈んだ。
「そうそう!! その調子です!!」
身体能力の限界を斬ったツルギの動きは捉えきれず、また万象を斬る魔術は堅牢な魔術さえも斬り伏せる。
ツルギによって魔術の限界を斬られ、普段以上の力を発揮するグレゴリーを以てして、ツルギには何一つ届かない。
「こんな、ことが……!!」
自信が。
自尊と忠誠が。
愛国心が。
全て斬られていく。
その揺らぎは動きに、そして魔術に色濃く表れた。
「どうしましまぁ?! 鈍い鈍い!! それでも最強ですかぁ?!」
ツルギがグレゴリーの限界を斬ったのには二つの理由がある。
一つはノクトたちを窮地に立たせることで自らの出撃理由を作ったこと。
もう一つは言わずもがな、自身が愉しむためである。
養殖された強さではあるが、たしかにツルギは満足して熱量を上げた。
「アッハハハハハァ!!」
「ぐぉあああ!!」
が、熱されたものはとかく冷めやすい。
どんなに強さを底上げしても自分の脅威になり得ないものは斬り応えが無いとばかり。
大剣を握る両腕を斬り飛ばした辺りで、狂気じみた笑顔が鳴りを潜めた。
「……はぁ」
この程度ですか、と。
落ちた腕を踏みつけながら、傷口を押さえ呻くグレゴリーを見下ろし、あろうことか丸くなった背に腰を下ろした。
「期待外れもいいところ。ステキな国ですね北王国とは。この程度で最強を名乗っていいんですから。手放しで持て囃されるのはさぞ心地良かったことでしょう。ですが早く立っていただかないと。あなたほどの立派な戦士が無様に膝をつく姿、国民の方々にお見せしてもよろしいのですか? ……ああ、そうか。そういうことですか。わかりました。まだ焚べる薪が足りなかったんですね。だから奮えないと。なんだ、そういうことなら早く言ってくださればいいのに。リゼさん」
「はいっ」
「女王陛下に魔導帝国の偉大さを教えてあげてください」
「かしこまりました」
命令を受けたエリザベートは、地面にサーシャを組み伏せ馬乗りになると、ドレスを破いて背中を露わにした。
そして、手持ちのナイフの先で肉を抉った。
「あ゛ァァァァァァァァァ!!!」
「動かないでください。手元がズレて……ああほらもう、失敗してしまいました」
「やめてぇぇぇ!! 痛い痛い痛い!! イヤぁぁぁぁ!!」
「ここをこうして……こうで、こうでしたっけ?」
誰も止められない。
引き剥がせない。
頭を撃っても首を刎ねても動き続ける怪物は、サーシャの背中に帝国の紋章を彫り終えてようやくサーシャの上からどいた。
「ふぅ。多少差異はあるでしょうが、我ながらいい出来です。ねぇ、女王陛下」
「ああ、あァ、あぁ……!!」
「ブルー様に感謝を」
「ひぎ、いい、あぅ……!!」
「ブルー様にぃ!! 感、謝、をォォォ!!」
「あああ、ありがとうございますありがとうございます!! ありがとうございますありがとうございます!!」
血が滲む雪の上で、うわ言のように感謝の言葉を呟き続けるサーシャに、グレゴリーは憤怒とも悲哀ともつかない表情を浮かべた。
「なん、たる……所業、を……!!」
「ねえ、不壊の盾さん。あと何人に同じことをすれば本気になっていただけますか?」
グレゴリーは目を充血させるほど怒り狂い、技も魔術もかなぐり捨て、残った力を振り絞りツルギに噛みつこうとした。
「その気迫、よしですっ」
鬼気迫る最期に敬意を。
「全能にして崇高なる偉大な主よ。猛りし肉の生贄に、永遠なる魂の救済を」
刃は静かに首を通り過ぎた。
しばらくの間、斬った快感に蕩けた。
迸る快感に身が痺れるのを覚えながら、ツルギは止まない火照りに浸った。
「女王陛下、先の約束……忘れないでくださいね」
「グレゴリー……ああ、グレ、ゴリー……」
エリザベートは倒れたグレゴリーの頭に縋り付くサーシャにさしたる興味を示さず、呆然とする北王国軍に向いた。
「これにて魔導帝国と北王国の長きに渡る戦争は終結しました。今後、あなた方は我々の統治下置かれることとなります。ですが安心してください。我らが陛下は寛大な御方。あなた方を隷従させることはないでしょう。怒りと不敬を向けない限り」
穏やかながら圧を含んだ口調。
皇族の一員であることを感じさせる振る舞いは、北王国に恐怖を植え付けた。
「北王国の皆様、どうか喝采を。魔導帝国の一員となった感謝と感激をその口で唱えてください。惜しむことがございませんよう」
本人の意図としては、国でなくツルギ本人への称賛を十二分に含んでいたが。
当然北王国の面々は容易にそれを口に出来るはずがなかった。
動揺や憤り、様々な感情が彼らを縛――――――――
「喝采を」
どこまでも澄み渡るかのような、小さな小さな声。
極寒の吹雪よりも冷たいそれが耳に届いたとき、彼らは自然と声を上げていた。
「――――――――んざい」
「魔導帝国……」
「万歳……!!」
「万歳!! 魔導帝国万歳!!」
「万歳――――――――!!」
誰もが行方知れずの感情に異様さを抱きながら、指摘も咎めることもせず。出来ず。
たった二人の手によって戦争は終わりを迎えた。
北王国の完全降伏。
そして不壊の盾、グレゴリー=ロマノグリア元王子の死を以て。
百合チートとは毛色が違いすぎるなって、書いてて思います。
けど、ね。
これくらい頭がおかしい娘の方が魅力的というかね。
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