雪の向こう
「無理、か」
「ワハハ、無理はさすがに失言でしたかな?」
「いや。中佐ほどの者が言うのならばそうなのだろう」
「如何せん、戦は決闘とは違いますからな。武器、環境、健康状態……条件次第という前提は省かせていただくとして、大佐の魔術とロマノグリアの魔術では相性が悪い」
「大天使の腕……大地を操る魔術か」
「大天使系の中でも最も剛健であり膂力に長けた魔術。その硬さは私の腕を容易に千切るほど。かと言って、大佐の大天使の翼が誇る速さと鋭さが劣っているというわけではけしてありませぬぞ」
わかっている、とノクトは手の平の上で風を渦巻かせそれを握った。
「魔術に優劣は無い。属性を司る大天使系も同じだ。魔術の強さは才能、肉体、意思、想像力……つまるところ魔術師本人の練度で差が出る。ロマノグリアは四十を超えていたか。半生にも満たない私が劣るのは道理だ」
「些か謙遜が過ぎるのは言いますまい。しかし、彼奴は間違いなく一等星将と同列です」
「中佐ならば奴をどう討つ?」
「一度破れ逃げ帰れただけでも儲け物ですが、そうですな。彼奴も人間である以上は生命活動が必須。籠城を強いた上で北王国の食料の供給を断ち飢えさせるのがまず初めに思い浮かびますな」
「随分とのんびりした根気の要る作戦だ」
逆を返せばそんな作戦に縋るほど侵攻が困難であることを指しているのだが。
言ったギャリングでさえ笑った。
「おかしなことを。戦争とは根気比べでしょうに」
「違いない」
「では、大佐ならばどのように攻めますかな?」
ノクトは口元に手をやり思考を巡らせた。
「私なら」
「ブルー様ならどのように攻めますか?」
「斬る以外の選択肢などありません」
「さすがですぅ」
「ですが、斬るための下準備なら」
「下準備とは?」
「ノクトさんの風の魔術で北王国に毒を撒いたり、空から爆弾を投下したりですかね」
「まぁ」
自分で言ってすぐに却下した。
「これでは斬る前に大半が死んでしまうので好ましいやり方ではありませんけれど」
「そうですね……。ブルー様の目的はそのロマノグリアという方ですし」
確信を以て言うエリザベートにツルギは微笑む。
「何故そうだと?」
「い、いえ。ブルー様の性格……といいますか。ブルー様は最初からロマノグリアさんを斬るために、お父様に北王国の侵攻の話を持ちかけたのでは、と……」
ニコニコとエリザベートの頭を撫でた。
「浅い付き合いながら、よく私のことを理解していますね。少しだけあなたが可愛く見えましたよリゼさん」
「ブ、ブル、ブルー様……」
「実際そのとおりです。私の目的は北王国最強の戦士だけ。雪に覆われた国土に興味なんか錆ほどもありません」
では何故アルバートに話を持ちかけたのか。
もとい、けしかけるような真似をしたのか。
答えは明白だ。
大義名分。
斬ってもいい理由が欲しかったからにすぎない。
「私は軍人ですからね。独断で戦争を仕掛ければ処罰は免れないし、この腕に仕込まれた装置がどうあっても邪魔をします。ですが、陛下の命令ならそうはいきません。戦争なら何を、誰を、どれだけ斬っても許されるんです。フフッ、だから戦争って好きなんですよね」
「ブルー様は、その、何物にも何事にも縛られない方かと存じておりました」
「縛られませんとも。命令違反なんて覚悟の上ですよ。けれど命令を聞けば次があるんです。斬ってもいい機会と理由が舞い込んでくるんです。ちょっと環境を整え、お行儀よくしているだけで。私は人を斬るのに労力は惜しみません。あなたも小間使いとして、そのあたりは肝に銘じておいてください」
「は、はいっ。かしこまりましたっ」
「それにしても……最強だなんて、斬ったらどれだけ楽しいのか。考えただけでワクワクしてしまいます」
「ブルー様ならきっと勝てますっ」
「そうですね。ノクトさんが素直に私と氏を戦わせてくれるのなら」
「一個人としてなら、ロマノグリアにはツルギ=ヴォルフラムをあてがう」
「ほう?」
「仮定の話だ。性格に問題はあれど、個としての戦闘能力は第一部隊の中でも群を抜いて高いからな」
「たしかに、ヴォルフラムのセンスは卓越しております。しかし、口を挟んで恐縮ですが大佐」
「勝利条件が違う、と言いたいのだろう」
ギャリングの言葉の先を読み、ノクトは続けた。
「我々の目的は殲滅でなく、侵攻による降伏。あくまで北王国を属国とし、国の機能はそのままにすること。ロマノグリアを倒すことと北王国を崩すことは同義ではない」
「左様です。むしろ王子であり国の守護の要であるロマノグリアの首を取れば、後の国交にも影響を及ぼすでしょう。我々が遂行すべきは彼奴の撃破ではなく無力化。それを踏まえると」
「ツルギ=ヴォルフラムは適任ではない。戦争という名目を与えられた以上、奴が殺戮に走るのは目に見えている」
「ワッハッハ。人斬り令嬢ぶりは健在ですか」
「だからこそ問題だ。私は第一部隊隊長としてロマノグリアに奴をあてがうつもりはない。戦争に人斬りの出番など無いのだからな。貴殿も妙な気心を持たないことだ」
「仮にも教え子。共に戦場を駆けるのは誉れであったのですが。致し方ありません。問題はヴォルフラムがそれを良しとするかどうかになりますが」
「奴は承諾せざるを得ない」
ノクトは嵌めた指輪を触った。
魔力を込めればツルギの義手に内蔵された装置に反応して強い電気ショックを起こす、ツルギが暴走したとき用の鎮圧のための策だ。
これがある限りツルギは命令に従わなければならない。
「奴がそれだけ物わかりがいいなら、だが」
ポツリと呟きふと外を見やる。
「雪が止んだな」
「一服でもしに行かれますか。議論で火照った身体を冷ますのにちょうどいい」
「そうだな」
冷気を存分に孕んだ風に身をかじかませながら二人はタバコの先に火を灯した。
「大佐がタバコを嗜むとは」
「友人の忘れ形見だ」
「カーティス中佐ですか。惜しい人物を亡くしました」
「……ああ」
語らず。
口から出るのは煙だけ。
「暗いな。北王国は目と鼻の先だというのに」
「彼の国は未だ電力に頼らず蝋燭の灯りで暮らしておりますから」
「文化水準が低く、暮らしの要の大半は漁業に支えられた細々とした国。なのに落とせない」
「手強いですぞ」
「それでも勝つしかない。我々はそういう生き物だ」
と、凄まじい烈風が一陣。
まるでノクトの敵意に反応したかのように。
「この距離でこれだけのプレッシャーを発するのか」
「恐ろしくも最強とは怪物の異名ですからな」
二人が北を見据えると、背後から本来ありえるはずのない突風が吹き荒んだ。
先ほど以上の殺気を含んだそれ。
二人は揃って振り返る。
「……怪物は、わりかしどこにでもいるから恐ろしいんだ」
高く聳えた砦の上で、少女が外套をはためかせていた。
「どうなさるおつもりですか? ブルー様の予想では、ミューラー大佐の指揮でロマノグリアさんと対峙するのを阻まれるとのことでしたが……」
「それがノクトさんの指示なら従います。けれど、何が起こるかわからないのが戦争ですから」
向こうが私を選ぶのなら、それは仕方のないことなんですよ。
ツルギはプレッシャーの先、雪の向こうに構える戦士に身体中の血を滾らせた。
「その首……絶対に、私が斬りますからね」
鞘から抜き払った剣が夜に軌跡を描いた。
書いてて楽しいです。
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