第一部隊
銃を向ける。
それだけなら軍人にとって日常茶飯事ともいえる行動だ。
まして訓練なら尚の事。
だが、銃を構える五人は銃身がブレるほど怯えていた。
「どうかしましたか? 新兵の皆さん。まだ銃の扱いには慣れていませんか。情けないとは言いません。その怯えは大事なものです。慢心、初心、自尊心、大事なことを常に思い出させてくれる。忘れてはいけませんよ。それを踏まえた上で、さぁ引き金を引きましょう」
怯えているのは銃にか、はたまた銃口の先で佇む新兵ですらない士官候補生の少女にか。
「や、やはり無理だ! 無防備な人に銃を撃つなんて!」
「訓練ですよ? あなた方のでなく、私のですが」
「こんなのが訓練なものか!」
「いいから言われたとおり撃ってください。仮にこれで私が死んだとしても、あなたたちには何のお咎めもありませんから」
「し、しかし……」
「早くしないと、私の訓練対象があなた方になりますよ?」
十数メートル離れた位置から発せられる殺気に、新兵たちは身を竦ませた。
そしてその内の一人が半狂乱気味に引き金を引いた。
最初の一発は少女の足元へ。
あと数センチ銃口が上がっていれば間違いなく身体に命中していたが、少女は身動ぎ一つしなかった。
「次外せばあなた方を斬ります」
本気の目。声。
新兵たちは意を決して銃を撃った。
が、少女に当たることは無く、その全てが斬り落とされた。
銃声と着弾にほとんど誤差は無いにも関わらず、最小限の動作のみで銃弾を捌いていた。
やがて銃弾が尽き、新兵たちがへたり込む横を悠々と通り過ぎていく。
「お疲れ様でした。最後の方は良い狙いをしていましたよ。また次回よろしくお願いします」
剣を鞘に戻しタオルで汗を拭っていると、眼鏡をかけた男性が話し掛けた。
「ヴォルフラム士官候補生」
「ライザーさん。ごきげんよう」
「閣下がお呼びだ。至急執務室へ」
「わかりました。シャワーを浴びたらすぐに」
コンコン
「入りたまえ」
「失礼いたします」
執務室でツルギを待っていたのは、補佐役のライザーともう一人、椅子に腰掛ける片眼鏡が似合う白髪の男性だった。
「久しぶりだねツルギ君。息災のようだ」
「おかげさまで」
「また大きくなったね。ついこの間まではこんなに小さかったのに」
「セクハラですか?」
「君相手にそんな冗談を言える強者は知らないよ。コーヒーを淹れようか。バウムクーヘンでもどうだい? それともワインがいいかな」
「閣下、未成年及び勤務中の飲酒は見過ごせません」
「ハハハ、それもそうだね」
「お気持ちだけ受け取ります。それで、呼び出されたご用件は?」
「先日の北王国の尖兵隊の撃破についてだよ。相変わらず見事な立ち回りだったみたいだね。帝国軍に多くの猛者在れど、単独で中隊を壊滅させられるのは君を含めて片手の指で数えられるほどだろう。いや、剣一本でともなると君くらいか」
「恐縮です、おじ様」
ツルギは上官相手に砕けた笑顔を見せ、左の手で敬礼した。
「その呼び方は大変可愛らしいのだけどね。職務中は中将、もしくは閣下と呼ぶように」
「フフッ、失礼いたしました閣下」
「よろしい。尤も捕虜を一人も連れて帰ってこなかったのは見過ごせないが」
「襲われたので斬りました。正当防衛です」
「ふむ、そうかね。ならば構わないよ」
ニコニコと微笑む上官の態度を、横に立つライザーが訝しむ。
「それとハッセル=ガフ少佐の件だが」
「……? どなたでしたっけ?」
「君にイチモツを斬り落とされた男だよ。軍法会議を開け、あの愚か者を処刑せよと喚いていたようだ。うるさいので無視しておいたよ。元々金で地位を得たただの弾除けだ。居ようが居まいが変わらないからね。君は何も気にする必要は無い」
当のツルギ本人はキョトンと、何のことかわからないといった様子。
男を再起不能にしたことなどとうに記憶の片隅から抜け落ちていた。
「さて、君が兵役して何年になるかな」
「十三の時なのでもう二年が経ちました」
「十五か。早いものだ。ようやく兵役が認められる年になった君にプレゼントがある」
「ケーキですか?」
「もっといいものだ。ツルギ=ヴォルフラム士官候補生。君の配属先が決まった」
それを聞いた瞬間、ツルギは物凄い勢いで上官に詰め寄った。
「本当ですか?! 本当に本当に?! 嘘だったら怒っちゃいますよ?!」
「嘘なんてつくものか。君は本日より第一部隊の預かりだ。階級も今日付けで二等兵に。少々口利きはしたが、君の実力が上層部に認められた結果でもある。胸を張って行っておいで」
「はいっ! ありがとうございます! おじ様に主のご加護がありますように!」
ハグを一度。
ツルギは逸る気持ちを抑えきれず、部屋を飛び出て第一部隊の兵舎に向かった。
「あれがツルギ=ヴォルフラム……帝国の人斬り……なんというか」
「軍人らしくはないね。それにまだまだ子どもだ。ああいや、君が触れたいのは狂人の部分かな」
「し、失礼いたしました! ヴォルフラム中将閣下の御息女に対して!」
「ハハハ、構わないとも。軍属に親も子もあるものか。とはいえ、やはり親心だろうね。娘というものは可愛くてたまらない。尤も私に見えている彼女と、君たちが見えている彼女では大きな差異があることも否まないが」
シルベスター=ヴォルフラムは後ろ手を組んで窓の外を見やった。
「あれは野放しにしている方が危険なんだよ。軍という鞘に収めていなければ、彼女は何を斬るかわからないのだから」