狂愛
「というわけで、本日から第一部隊に新しい仲間が加わることになりました」
「リゼ=シュヴェールト二等兵です。よろしくお願いいたします」
ノクトはひどく頭を悩ませた。
突如シルベスターから第一部隊への新人の配属が届いたこともそうだが、その新人が名前を偽り、眩しい金髪を黒く染め、左目に眼帯を付けただけの皇女なのだから仕方ない。
「何の冗談でしょう」
エリザベートはニコニコ微笑むばかりで何も返さない。
「ツルギ」
「辞令は下りています。彼女はおじ様の遠縁に当たる方で、予てより兵役することが決まっていました。おじ様から、くれぐれもよろしく頼むとのことです」
「承諾出来るわけがない」
「巡礼から帰って以降、レーヴェさん以外の隊長に顔見せはしていないと聞いていましたが、案外わかるものですね」
「……ああ、まあな」
ツルギが言うとノクトは視線を逸らした。
「とにかく上からの命令なので。これからよろしくお願いします、ノクトさん」
「貴様は悩みのタネばかり舞い込ませる」
「ちょっと迷惑をかける部下の方が可愛いでしょう?」
「黙れ」
「あんまり冷遇すると可哀想ですよ。まあ入隊は茶番ですが、陛下の印璽が押された書状付きなので、大佐の一存では突っ撥ねることは出来ません。賑やかになったと喜んで受け入れるのが吉かと」
「しかし……エリザベート殿下」
「リゼとお呼びください。身分についてはどうか他言無用で。こうして直接お会いするのは初めてですね、ミューラー大佐」
「ええ。お目にかかれて光栄です。事情はわかりかねますが、これは殿下の……シュヴェールト二等兵の希望ということでよろしいのですね。そこの馬鹿者に何か無理強いされたといったことは」
「敬語も不要です。無理強いだなんてとんでもありません。ブルー様こそ私の指針。私に生を与えてくださる唯一無二。お傍に仕えることが至上の喜びです」
「……重ねて事情はわかりかねますが、であるなら言及はいたしません。一上官、一兵士として、今後よろしくお願いいたします」
恭しく一礼するノクトを見て、ツルギはポンと手を叩いた。
「では挨拶も済んだということで。私は他の皆にリゼさんを紹介してきます。今度歓迎会をやりましょうね。ノクトさんの幹事で」
「私にそういうことは期待するな。やるなら自分たちで勝手にやれ」
二人揃って部屋を出るときまで、ノクトがエリザベートと視線を交わすことはなかった。
突如決まった配属であるため、しばらくの間はツルギと同室になったエリザベート。
幸運であると言わんばかりに、彼女は部屋の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「最年少で一等星将になるなんてどれほど強面の方なのでしょうと思っていましたが、優しそうな方で安心しました」
「可愛いんですよノクトさん。からかい甲斐があって」
「まあ。ブルー様にそう言わせるなんて。私嫉妬してしまいそうです」
「ご勝手にどうぞ。それはさておき」
軍帽と外套をベッドに放り、ツルギは振り向きざまにエリザベートの首を刎ねた。
「ああっ」
転がった頭は恍惚の表情を浮かべたが、ツルギはそのまま頭を踏みつけ頭蓋を軋ませた。
「勘違いしないでください。あなたなど眼中にありません」
「ブルー、しゃまぁ……」
「いつでも斬れるだけの肉人形に恋をしろなんて土台無理な話だと、そうは思いませんかリゼさん。あなたが私に好意を抱くのは勝手ですが、恋が実るだなんて幻想は早いうちに捨てるのをオススメします。ああ、そうすると魔術の効果が消えるのでしたか。難儀な呪いを授かりましたね。好かれもしない相手を好きになるだなんて」
頭を軽く蹴ると、エリザベートは再生した身体でツルギの足元に這いつくばった。
「呪いだなんて滅相もありません……この力のおかげでブルー様とお近付きになれたのですから。これは運命……世界の大いなる意思に他なりません。恋が実るだなんて大層な願いです。私はブルー様のお傍にいられれば、それだけで幸せです」
ツルギの白い脚に頬ずりし、次に義手に服の上から舌を這わせる。
「はぁ、はぁ、この命はブルー様のために。ブルー様の命令で生かしてくださいませ……。斬ってくださいませぇ……。私はぁ、ブルー様の奴隷であることを誓います……身も心も、血も純潔も……全て全て全て全て全て……あなたに捧げます……」
「気持ち悪いです」
頰に殴打を一度。
見えない速さで剣がエリザベートの両腕を通り過ぎる。
しかしそれすら彼女には快感。
極上の快楽。
「アヒャ、アヒャヒャヒャア! 気ィん持ちいいいい! 愛っ、愛しておりますぅ! ブルー様ァァァ!!」
唾液を撒き散らして天井を仰ぐエリザベートの怪物じみた姿に苛立ち、ツルギは腹に蹴りを見舞った。
苛立ちの理由がエリザベートの狂乱に自分を重ねたためというのを、自覚していたかどうかは定かではない。
横たわるエリザベートの下腹部を踵で強く押しながら、ツルギは見下して言った。
「あなたの役目は私の小間使いです。奴隷というならせいぜい捧げてください。使えないと判断したらいつでも捨てます。それと、私の傍に在るつもりなら剣の鍛錬は欠かさないでくださいね。いくらでも斬っていい相手なんて、そういるものじゃありませんから」
エリザベートは胃液と涙で顔と床を汚しながらもツルギへの愛を口にした。
「かしこまりました。全てブルー様の御心のままに」
歪な関係が結ばれた三日後のこと。
アルバートが北王国への侵攻を宣言した。
ヤバい女がヤバい女を好きになったというだけのことです。
この先の展開もお楽しみいただけますようにm(_ _)m
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